熱の夏空
浮き上がるような暑さを、束の間、忘れた。
少年といえるような歳ではなかった。日々という区分の中で、薄れて小さくなっていくなにかを胸のうちに抱えながら、私は日差しの街を歩いていた。額に湧き出てきた汗が目蓋を避けて横に、それからもみ上げを伝い滴り落ちる。また小さくなった。
なにがあった訳でもない。商談と呼ぶには台本的に過ぎたやり取りを、私という大根役者は見事に読み上げ、町工場の社長という男は私よりいくらかマシな演技で返答した。必要なのはお互いの肩書きと交わした書類であって、名演ではないのだ。窓から偶さかに入るそよ風だけが、私の心に触れる欠片だった。
車が横を通り抜けた。最近の車は、静かすぎる。
終演は十三時半だった。どうです食事でも、と気のない表情で告げた社長に、お断りとして述べた次の仕事とやらは勿論嘘だ。微かに緩んだ口元を見るに、アンコールを望んでいないのは私だけではなかったのだろう。
ハンバーガー・ショップは、当然町工場から離れた場所を選んだ。万が一にも再会があっては困る。
ハンバーガーとアイスコーヒーは、うんざりするほどに馴れ親しんだ味がした。三百円。四百円まで使うと舌が飽き始めることも、とっくの昔に躰が覚えている。それでも、三週間に一回のペースで私は三個目のハンバーガーに手を出し、舌を飽きさせるのだ。それをしなければ毎日をハンバーガー・ショップで済ませかねないほどに、奴は私の日々に食い込んでいる。
ハンバーガー、コーヒー、ハンバーガーハンバーガー、コーヒー。いつも通りの順番で口をつけて始末してから、店を出た。後ろ髪を引くのは冷房の涼しさぐらいなのも、いつも通りだった。
それが大体、四十分ぐらい前の話だ。
今の私の視線は電池切れの秒針よろしく、一点を指してまるで譲らなくなってしまった。
食事を終えた私は街の傾きに流され始めた。ハンバーガー・ショップの店内から見た街は推進力に満ち溢れているようだったが、それはやはり幻想で、熱は私の胸のうちのなにかを薄く汗に込めていった。褪めていく。調節機能は働き過ぎるのだ。
不意に、私は街から零れ落ちた。いや、街ではある。高層ビルという囲いの一ヶ所が途切れたのだ。遮る物を探して、私の視線は地を這い、浮き上がり、遠くなっていく。
山。風に掻き混ぜられ緑が溢れそうになっている。輪郭は稜線、その外側。なにかが白く波しぶき、それから、失せ物のような青が微視的に深く沈んでいく。はぐれた千切れ雲がようやく私の秒針を動かした。
圧倒されていた。それがなにに対してなのか、わからなくなり始めている。全能に似た錯覚が一瞬だけ別の形を持ち、わからず、しかし満足感だけが私の中に落ちていた。
ビルの間から風が吹き渡り、汗が引いていく。熱も、胸のうちのなにかも引いたかもしれない。それがどこか、不快でも無味でもなくなっていた。