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令子様一人勝ち

 忠之さんの視線はヒロインである鈴ちゃんを越えて、なぜかその先にいる私の姿をとらえており、その大きく開かれたその瞳は酷く焦ったように揺れていた。


「吉乃……っ、」

「香弥子!いい加減にしろ!!!」


 忠之さんが私の名前を呼びながら香弥子様の肩に手を置いて彼女を自分から引き離すと同時に知らない男の人の怒号が響き渡った。


「ちょっ、お兄様っ、離して!」

「この馬鹿者が!自分が何してるのかわかってるのか!?」

「何がいけないんですの!?わたくしは忠之様の許嫁ですのに!」

「……あのなぁ、ちょっとお前黙れ。忠之悪いな、今日はこれ連れて一旦帰るわ。……お姫様にも謝っといてくれな」

「二度と来るな」

「そう言うなよ……って言えないよな、今回は流石に。本当にすまなかった、よく言い聞かしとくから勘弁してくれ」

「うるさい」

「忠之さ……っ、うぐっ!」


 その大きな体の男の人は香弥子様の口を塞ぎなから、引きずるように出ていってしまった。




「吉乃!」


 香弥子様が帰った事で、身軽になった忠之さんは真っ直ぐこちらに向かって歩いてくる。

 でも、私の前には鈴ちゃんがいるけど彼女はどうするんだろう。


「吉乃!さっきのは違うんだ!誤解するんじゃないぞ!」

「忠之さん……」


 だけど、そんな私の危惧など知ったことかと忠之さんはすがるような視線を向ける鈴ちゃんに見向きもせずその横を通り過ぎて私の元へやって来てしまった。


「彼女が言ってた事は嘘だからな!僕にも何の事やらさっぱりなんだから!」

「は、はい、」


 必死で言い訳をする忠之さんが見ているのは私だけ。そんな忠之さんの後ろでは唖然とした表情で振り返る鈴ちゃんがいる。


「いいか、僕と彼女は全くの無関係だからな!わかってるか!?」

「は、はい」

「本当だな!?」


 私が首を縦に振ると、忠之さんは目に見えてほっとした表情に戻った。そして、ようやく安心したのか、いつもの優しい表情に戻った忠之さんはおもむろに何も言葉を発しないままの私の頬にゆっくりと手を添えてきた。


「!」


 その行動にドクンと胸の鼓動が大きく跳ねた。


「良かった、吉乃に誤解されなくてっ……」


 蕩けそうな甘い表情で私を見つめてくる忠之さんに私の心臓はドキドキと更に動きを速める。


 そんな表情で見つめられたら、勘違いしてしまいそうです。

 もしかして、なんて期待してしまいますよ。


「忠之さん……どうして?」

「ん?」

「私に誤解されたら、どうして困るんですか?」

「当たり前だろう?だって、僕はお前の事を……、」


 私の事を……?

 ドキドキしながら忠之さんの言葉を待っていると―――


「なかなか面白い見世物でしたわね」


 笑いを噛み殺しながら、軽やかな声が聞こえてきた。


「…………母さん」


 話の腰を折られた忠之さんはガックリと肩を落とし、顔を臥せながら唸るように呟いた。


「忠之さん、その先はまだ駄目よ」

「……わかってますよ」

「そお?それなら良いけど。あなたにはまだする事が残ってるはずよね?あのお嬢さんのような事がまだあるようですしね」

「??」


 お二人が何の話しをしているのかわからないが、忠之さんは諦めたようにひとつ息をつくとぽんぽんと私の頭に手を置いた。


「吉乃さん、今からお出掛けするからついていらっしゃい」

「は?」

「さあ、行くわよ」

「えっ?ちょ、ちょっと……、奥様!?」


 忠之さんのそばですっかり油断していた私は意外と力の強い奥様に突然腕を掴まれて、今度は私が引きずられるようにあっという間に外へ連れ出されてしまった。

 奥様相手に暴れる訳にもいかず、困って後ろを振り返ると苦笑いを浮かべながら手を振る忠之さんの姿があった。


「あっ、あの、奥様どこへ行かれるんですか!?」

「ふふ、イイ所よ」


 語尾にハートマークが見えるほどキュートな言い回しが逆に怖いですと思ったけど、怒らすともっと恐い奥様に逆らえる訳もなく、とうとう私はすでに玄関前につけられていた自動車に乗せられてしまった。


「ごめんなさいね、吉乃さんは何も悪くないのよ。ただね、忠之さんにちょっとお仕置きしたかっただけなの」

「お仕置きって、なんで……」

「お仕置きというより叱咤激励かしら?とにかく、あの子にはもっと頑張ってもらわないと困るのよね」

「?」

「ふふ、吉乃さんは気にしなくて良いのよ」

「は、はあ……」


 鼻歌を歌い出しそうなほど機嫌の良さそうな奥様だけど、言ってるセリフに不安要素しかなくて、とにかく忠之さんが心配になってしまう。


 そういえば忠之さん、さっきの騒動では鈴ちゃんに全く目もくれなかったけど、どういう事なんだろう。

 てっきり鈴ちゃんの元へ駆け付けると思っていたのに、真っ先に私の元へ来て必死で言い訳までしてくれた。それに、あの時忠之さんは何を言おうとしていた?


 まだ鈴ちゃんが来て間もないから、二人の仲はそれほど近づいていないだけ?それとも――、


 ……ダメ、期待したらその分あとが辛いだけ。


 ほとんど忘れているとはいえ、忠之さんと鈴ちゃんの仲睦ましい絵姿は今でも脳裏に焼き付いている。

 あれ(・・)を壊して、私がそこ(ヒロイン)に取ってかわるなんて考えられない。

 私は結ばれるのはあの二人でなければならない、という強迫観念にも似た思いに囚われているのかもしれない。なぜなら、ここは皆にとっては現実世界だけど、私にとっては現実と二次元の区別が未だについていないから。


 忠之さんに恋い焦がれているのは絶対に揺るぎない事実だけれど、ヒロインの存在を意識した途端にスッと線を引いてしまう。


 どうしたらこのもどかしい感情に決着をつけられるのだろう。


 私は流れる町並みの景色を見ながら、奥様に気付かれないようにそっとため息をついていた。



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