宮森兄妹
「忠之様、お帰りなさいませ!」
「ああ……吉乃は?」
はあ、今日もいない。最近僕の帰宅時間が定まってないせいか、吉乃の出迎えのない日が続くな。
「何だあ?忠之、第一声がそれってどんだけお姫様が大好きなんだよ」
「チッ、」
まあいいか。今日はこいつが一緒だし、この男と吉乃が顔を会わすのを阻止したと思えば我慢もできるか。
とにかくこいつは……
「あれ?君見たことない顔だね~。いいなぁ、忠之のとこはこんな可愛いメイドさんがいてさ、ねえ君何て言うの?」
「ふえっ?あ、あの、鈴と申します……」
「鈴ちゃんか!名前も可愛いな、ねえ……」
「おい、いい加減にしろ」
そう、こいつは息を吸うように女を口説く男なんだ。軍人のような体躯で短く刈り上げた頭に鋭い眼光を持つこの男は一見硬派に見えるが、中身は完璧な軟派野郎だ。
こんなやつに僕の可愛い吉乃を会わせるなんてライオンの前に兎を皿に乗せて差し出すようなものじゃないか。今まで何とか誤魔化してウチに来させないように画策してきたが…、くそっこの野郎、運転手を騙して先に車に乗り込んでやがって!
「おい克巳、ウチのメイドを口説くなと言ってるだろうが!」
「忠之様…!」
「へいへい、…で?お姫様には会わせてくれないの?」
「会わせるわけないだろうが!お前なんぞ近付いただけで吉乃が孕まされる」
「ひでぇなー!それが親友に言う言葉かよ!流石の俺も近付いただけじゃ無理だぞ」
「言葉のあやだ。だが、日頃の行いを思えば遠からずだろうが」
……?
「なんだ?」
「い、いえっ!」
なんだこのメイドは。まだ居るかと思えばクスクス笑いおって。
「お、お二人は仲がよろしいんですね!」
だからなんだ?お前に関係あるのか?
「そうさ、俺らは学生時代からの大親友なんだよ。何をするにも一緒だったというのにさ、それをこの男というやつは何度頼んでも宝物を見せてくれないんだから薄情な奴だよなー。鈴ちゃんからも言ってやってくれよー」
「宝物、でございますか?」
「そうそう。3年待ってもお許しがでないから、とうとう今日は強行を仕掛けたってわけ」
勝手なことをペラペラとこの野郎。
「忠之様、宝物というのは……」
「関係ない。口を出すな」
「っ!も、申し訳ありません……」
だから何なんだこのメイドは。さっきから普通に会話に参加しているが、一応こいつも主の友人だぞ。少しは自分の立場をわきまえろ。
「まあまあ良いじゃないか。鈴ちゃんもごめんな、悪いけどあとで忠之の部屋に酒持ってきてくれる?」
「おいっ!お前勝手に……」
「この屋敷も久しぶりだし、俺ってば迷子になっちゃうかもな~」
「チッ、」
こいつ、家捜しするつもりだな。そんな事させるか。
「おい、安い酒で良いから適当に用意してくれ。あと、吉乃に絶対に部屋を出ないように言っといてくれないか」
「え…?は、はい、かしこまりました。あ、あの……」
「なんだ、まだ何かあるのか?」
「っ!いえっ、なんでもございません。すぐにご用意します!」
こんな簡単な指示にもすぐ動けんとは、新人といえど出来が悪すぎるな、一応メイド頭に注意でもしとくか。
「ふ~ん。全く罪作りな男だね~」
「何の話だ?」
「べっつに~。さて、じっくりと吉乃ちゃんの話を聞かせてもらおうじゃないか」
それなりに長い付き合いだからわかる。こうなったらこいつは絶対に引かんだろうな。
「気安く名前を呼ぶんじゃない」
はあ、今日は厄日だな。仕方ない、こんな奴でもそれなりに大事な友人だし、適当に相手してやるか。
「おいおい、全部声に出てるぞ。俺、泣いちゃうからな?」
「いい歳の男が気持ち悪いこと言うな。ほら行くぞ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「本日は突然お邪魔いたしまして、申し訳ありませんでした」
「ふふ、いいのよ。こちらこそごめんなさいね、もっとゆっくりお話したかったけど流石にもうそろそろ出なくてはいけないの」
「とんでもありませんわ。お忙しい令子様にお相手していただけただけで嬉しゅうございますわ」
「あら嬉しいこと」
……ん?あれは母さんと、――誰だ?
「どうした?忠之……って、おおっ令子様!」
応接間から出てきたようだが、母さんに客か?その割には随分若そうに見えるが。
「まさか令子様とお逢いできるとは何という幸運!これは是非ともご挨拶せねば!」
全く騒々しい男だな。いつも思うが、一体何をそんなに興奮する事があるんだ?母は若く見えるがもうじき50になるはずだぞ。いくら年増が好みといえど、親友の母親になぜそんな反応ができるんだ?理解できん。
ん?何だ?克己の奴、何で母の客に絡んでるんだ?
「香弥子っ!!なんでお前がここにいるんだ!?」
香弥子?ああ、確か克己の妹だったな。宮森家に寄った際、何度か挨拶はしたことはあるがあまり印象にないな。だが、その克己の妹が母さんに何の用だ?
「忠之様っ!」
はっ?おい、ちょっと待て、意味がわからない。
なんで克己の妹が僕に抱きついているんだ?
「忠之様……早く忠之様にお会いしとうございましたわ」
「えっと、香弥子さん?とりあえず離れてくれないかな?」
無理矢理振りほどく訳にもいかないし優しく言ってみるが、何だこの娘は、ふしだらにも更に体を押し付けてくるではないか。
「香弥子さん、これでは話もできませんから一旦離れてください」
「嫌ですわ!だってずっとお会いできなくて寂しかったんですのよ……忠之様も、寂しかったですか?」
はあ!?おい、克己っ、お前の妹どうにかしろ!頭がおかしいんじゃないのか!?
目で合図するも克己の奴、何頭抱えているんだ!頭が痛いのは僕の方だ!
本当に頼むから離れてくれよ、もしこんな場面を吉乃に見られたら……、
ガシャン!!!
「!?」
ああ、先程のメイドか。驚かすな、吉乃かと思ったじゃ、な、い、か……って、吉乃!?
何て間の悪い……おそらくトレイの様なものを落としたらしいメイドの後ろにいるのは、顔が見たくて仕方なかった吉乃じゃないか!だが、何故今なんだ。くそっ、吉乃には部屋に込もっているように申し付けたはずなのになんでいるんだ。




