危険な来客
倒れた日から1週間ほど経ったある日のこと、珍しく私にお客様がいらっしゃったという事でビクビクしながら応接間に向かうと、そこにはがっちりとした体型の男性が一人待っていた。
「お待たせして申し訳ありません、吉乃でございます」
ソファーから立ち上がった男性は忠之さんよりも背が高いようで、目線がかなり上だ。
「わたくし宮森克己と申します。こちらこそ突然お伺い致しまして申し訳ありません」
宮森……?ああ、どこかでみた顔だと思ったらあの時香弥子様を引きずって行った人か。あの時は私も少し混乱してたからちゃんと覚えていないけどおそらく香弥子様の身内、多分お兄さんだと思うけど。……でもなんでその人が私を訪ねて来た??
「はじめまして……、ではないのですが覚えていらっしゃいますか?」
「はい、この間お見えになられてましたよね」
「ええ、あの時はお恥ずかしい所をお見せしてしまいました。今日はその際のお詫びを申し上げようと思いまして、恥を忍んでお伺いした次第でございます」
「あ、あの……その、」
謝りにきたと言ってるわりには上空からニコニコしながら見下ろしてくる宮森様の威圧感が半端ない。しかもいつの間に近付いたのか妙に距離が近いせいでさっきから首が痛い。
「そ、そんなお気になさらないで下さい」
気付かれないようにそ~っと後ろに下がって、首が痛くならない程度まで距離を開けてみたが、何でか知らないがこの人は私が下がった以上に距離を詰めてくる。
「いえ、そういう訳には参りません。年頃の娘だというのにあの様な無作法を披露した不肖の妹についてもお詫びさせて下さい。あの時は吉乃さんもご気分を悪くされたでしょう、本当に申し訳ありませんでした」
再び気付かれないように(以下略)。……近い、近いよ!ほぼ初対面の人間の距離感じゃないよ、これ。
「本当に気にしてませんからっ、だからその、少し下がってもらえませんか……?」
真上からイケメンに見下ろされてはいくら相手が忠之さんじゃなくても顔が赤くなるのはしょうがないよね!?
ひきつりそうな顔をなんとか我慢して、やんわり離れろって伝えているのに、この人は聞こえていないのか多少申し訳なさそうな顔をしているものの動こうとしない。
「……吉乃さんはお優しいんですね」
「!!」
かかか、壁ドンされたっ!?
「ちょ、ちょっと……!」
何なのこの人!元の世界でもこんなこと《壁ドン》された事ないのに。しかもここって一応大正時代なんだよね?この時代の男ってこんなグイグイくるの?私は忠之さんくらいしか知らないけど…………あっ、最近結構スキンシップ激しい。しかも美しすぎる家元もいたな、うん。
「何を考えてる?」
(ゾクッ!!)
このタイミングで敬語やめる!?あと耳元で話さないで!!
「この状況で考え事とは随分余裕だな」
考え事?そんなの最近の私の周りのイケメン達の馴れ馴れしさ(忠之さんは除く)ですけど!?
「あ、あの、ちょっと離れて、」
「俺の事ももっと知って欲しいんだけどな」
「~~~!もうっ無理!!」
「グホッ!?」
ハッ!しまった、テンパり過ぎてお客様を殴っちゃった!
「す、すいません!!大丈夫ですかっ!?」
「お、おう……平手は経験あるが女に拳で腹殴られたのは初めてだな……くそっ油断した、結構効いたぜ」
「申し訳ありませんっ!!あのっ!おっ、お医者様呼んできます!!」
「待て待て、」
よっぽど痛かったのかお腹を押さえながらくの字に体を折る巨体を見るにつけいよいよ自分のしでかした事の重大さに青くなり、慌てて医者を呼ぼうと踵を返すも腕を掴まれて引き留められてしまった。
「やめてくれ、女に殴られて医者に診てもらうなんて生き恥晒したくないぜ」
「で、でもっ、何かあったら、」
「ぶはっ、何もねえよ!少しばかり油断しただけだ。それにな、調子にのりすぎた俺が悪い」
だから気にすんな、とニカッと笑う宮森様はさっきまでの紳士的な笑顔よりよっぽどらしくてなんだかほっと安心できるものだった。
「そうですか……あの、手を、」
「ああ、すまん」
掴まれたままの腕を解放してもらうと、私は宮森様からそそくさと距離をとった。
「くくっ、いや失礼、では改めて自己紹介させてもらおうか。俺は宮森克己、忠之とは学生時代からの付き合いだ。どうぞよろしく」
今度は無闇に近付いてくる事もなく苦笑しつつも再度自己紹介してくれた宮森様は大きな手を差し出した。
「あっ、私は……吉乃と申します。訳あって神田家にお世話になっています。よろしくお願いします」
おずおずと突きだされたままの宮森様の手に自分の手をのせた。しっかり握りしめるとぶんぶんと振る様子はまさしくシェイクハンドで、つくづくこの人は良い意味で時代に合わない人だと感じる。
「……普通女性にこの様な挨拶すると怪訝な顔をされるんだが、吉乃さんはしないんだな」
それはそうだ、まだ社会人生活を経験していないとは言っても現代社会で暮らしていれば握手ぐらいする機会はある。
「私も宮森様と一緒で変わり者なんでしょう」
「へぇ~言うね」
皮肉げに口を歪ませるも目は楽しそうに弧を描いている。
「ただちょっと可愛いだけの女の子かと思ったらそうじゃないみたいだし、あんたなかなか面白いな」
面白いと言われても素直に喜べないんですけどね。あと私、女の子って歳でもないんだけど……見えない?それの方がショックだよ。
「どちらにせよ、噂とは全然違うんだな」
また噂……。香弥子様のような小馬鹿にした感じはしないが、自分の知らない所で色々言われてるのはやっぱり気分良くないな。
「気になるか?」
「噂されるほど人目に触れてないんですけどね」
「だからだろ。あの忠之が必死に隠すお姫様が何者なのか、皆興味津々なんだなこれが」
『あの忠之?必死に隠す?お姫様?』ひとつもピンとくるワードがないんですけど。
「……ちなみに噂の内容をお聞きしても?」
「神田の跡継ぎがさる華族のご落胤を囲っているらしい。しかもその方は大層妖艶な美女なんだそうだ」
「ご落胤、妖艶、美女……忠之さんの周りにそんな人がいるんですか?」
「いや、俺が知っている限りいないな」
「じゃあ誰の事言ってるんですかね」
「どう考えても、あんただろ。事実かどうかは差し置いてな」
「……へぇ~」
なるほど。確かに噂とは一人歩きして過大化する物だけれど、これは酷い。合っている所がひとつもないじゃないですか。悔しいけど香弥子様に鼻で笑われたのも頷ける。
「まあ俺は噂の美女があんたみたいな女でほっとしたけどな」
「どういう意味でしょうか」
「だってよ、あんたが噂通りの妖艶な美女だったら俺惚れちゃうかもしれないだろ?そうしたら忠之との友情にヒビが入るじゃねえか。本当良かったよ、そうじゃなくて、」
「なるほど」
「ああ……って、待て待て!」
なんだろう、その通りなんだけどなんかムカつきます。思わず拳を握りしめてもおかしくないよね?
「悪かったって、ほんの冗談じゃねえか。そんなに怒るなよ」
「別に怒ってませんよ。出てきたのが妖艶な美女じゃなくてすいませんね、って思っただけです」
これから私はこの噂を知っている人に合う度にこんな目に遭わなくてはいけないのか。そう思うと、このまま引きこもり生活のままでも良いかもなんて思ってしまう。
「ははっ!だからさっきから言ってるだろ、あんたみたいな女で良かったって」
「そうですか?」
これが宮森様の素なんだろうけど、すっかり口調が粗雑になっているが嫌味な感じがしないのはこの人の性格を顕しているんだろうな。穏やかな忠之さんとどういう友人関係を築いているのか知らないが案外性格が違う方が上手くいくのかもしれない。
「……まあ確かに容姿は多少誇張されてるとして、」
多少ってそれ完全に嫌味ですよね。やっぱり前言撤回してやる、この人性格悪い。
「素性の方はどうなんだ?噂じゃさる華族のご落胤だなんて言われてるけど、本当にそうなのか?……名無しの吉乃ちゃん?」
「っ、…………違う、と思います」
「思う?」
軽い口調はそのままで纏う空気も変わらないのに、目の奥の光が嘘は許さないと言っている。とても気安い雰囲気の宮森様にすっかり慣れていた私は突然の変化に一瞬息が止まりそうになってしまった。
「記憶喪失、なんです」
他に言いようがないから仕方ないとはいえ、やっぱり嘘をつくのは辛い。特にこの人は忠之さんに近い人だからその分罪悪感も募る。
「ああ知ってるよ。忠之は確かにそう言ってたな」
「……そうですか」
「記憶は戻りそうにないのか?」
「……残念ながら」
普通に聞かれているだけなのに責められてるように感じるのは私の中の罪悪感の為せる業なのか。それとも、いつの間にか宮森様の表情が初めに見た余所行きの笑顔に戻っているのに気付いてしまったからなのか。
全てを見抜かれてしまいそうで、内心では恐れおののいている私は顔では平静を装おって、ただこの人から目を離さずに答えるのが精一杯だった。




