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対決

 鈴ちゃんの吐き捨てるように呟いた言葉が胸につく。

 今まで自分の中でだけ思い悩んでいた事を人から、しかも当事者から言われたのだからその衝撃は想像以上のものであった。


「忠之さんが気にかけるのは私のはずなのに!なんで、あんたばっかりなのよ……!!今日だって誤解をとく相手は私のはずだったのにっ!」

「……っ、」


 やはり鈴ちゃんは自分の事をヒロインだと認識している、しかも私より遥かに詳しく内容を覚えているみたい。そして、今日のアレはやっぱり原作にあったエピソードのひとつだったんだ。


「鈴ちゃん?ど、どうして、そんな風に思うの……?」


 それでもまだこんな風に尋ねる私は、ずるいと言われても仕方ない。


「そんなの私と忠之さんは結ばれる運命だからよ!産まれる前から決まってた事なのに……なんで…………」

「産まれる前からって、どういう事……?」


 産まれる前から決まっている?私と同じ様に突然この世界に入り込んだというには言い回しが違うような……?


「しらばっくれないでよ!あんたも前世の記憶があるんでしょ!?」

「前世……!」


 そっちか!……ということは鈴ちゃんは一度死んで、前世の記憶を持ったまま一から鈴ちゃんとして生きてきたのか。


「吉乃なんて登場人物いなかったはずよっ、なのにまんまと神田家に入り込んで!私は原作が始まるまで大人しく待っていたというのに、あんたがどんな手を使ったか知らないけどちゃっかり忠之さんをたらしこむなんてっ、最低っ!!」

「違っ、」

「そもそも障害は宮森香弥子だけだったはずよ!しかも宮森香弥子は忠之さんの婚約者のはずなのに実際はそうじゃないらしいし、どう考えてもあんたが何かしたとしか思えない!」


 鈴ちゃんの中では私は全てを知っていた上で忠之さんに近付き、自分の邪魔をした人間、つまり邪魔物なわけだ。

 鈴ちゃんの立場からしたら確かにそう思われても仕方がない。自分でも忠之さんをはじめ神田家の皆さんに大事にされているのはわかっている。そう考えたら本当に私は最初から運が良かったと言わざるを得ない。


「違うの、私は前世の記憶なんかないよ」

「嘘っ!!」


 興奮状態の鈴ちゃんはお仕着せのスカートを握り締めて音量を気にすることなく叫んでいる。そして私もお茶を用意された席に座ることなく鈴ちゃんと対峙する。


「嘘じゃないの。……あのね、信じがたいとは思うけど前世の記憶がある鈴ちゃんには理解できると思うから、話すね」


 勇気を出すようにひとつ大きく息を吐くと自分の手を握りしめた。


「私は3年前に突然この世界に来てしまったの…………ある少女漫画を読んでいる時にね」

「!?」


 多分鈴ちゃんはこれだけでわかったのだろう。大きく目を見開いて私を見ている。


「な、なんで……、」

「わからない……その当時、全然知らない場所で行く当てもない私を助けてくれたのが忠之さんだったの」


 とうとう言葉も出なくなってしまった鈴ちゃんだったが、忠之さんの名前を聞くとピクッと眉があがる。


「鈴ちゃん、私の事は他の人からどんな風に聞いてる?」

「……ご家族と同様にお仕えするように、と。何度聞いても素性までは教えてもらえなかった……」

「そう……そうね、この世界では私は3年前以前は存在していないから素性も何もないからね。ここでの私は記憶を失った身寄りのない人間なの、だからきっとそんな私に同情して皆さん良くしてくれてるんだと思うの……」


 本当の事を言えないとはいえ、優しい皆さんに嘘をついているのは間違いない。それをこうやって言葉にするとずっと燻っていた罪悪感が存在を露にするのがわかる。


「何よそれ……何なの!?そんな設定知らない!」

「設定……?」


 鈴ちゃんの言い回しに違和感を感じるも、突然彼女の様子が変わった事に恐怖を感じる。


「ふっ、モブがでしゃばってるんだと思ったら、まさかバグだったとはね」

「バ、バグ……って、」

「そういう事でしょ?あんたという異分子が入り込んだ事でこの話は狂いだしたのよ。そうよ、だったらソレを取り除けば元にもどる……そう思わない?」


 そう言って一歩足を踏み出す鈴ちゃんの前で私はピクリとも動けなかった。


「ねえ、 あなた元の世界に大切な人でもいなかったの?」

「大切な、人……?」

「だって私と違って死んでないんでしょ?家族だか恋人だか残してきてるんじゃない?だったら帰りたいと思うのが普通なんじゃない?」

「帰る……」


 なんだろう、鈴ちゃんの言葉に頭の中で警報が鳴り響く。


「ねえ、帰りなさいよ、元の世界に」

「で、でも帰り方なんかわからない……」


 そう、3年前も帰る方法がわからず結局そのまま諦めてしまったんだ。


「そんなの知らないわよ。とにかくあんた(バグ)さえいなくなれば全てが修正されて、忠之さんも私の事を意識するはずなのっ!だからさっさと消えてよ!!」


 滅茶苦茶な物言いに反論したかったが、さっき鈴ちゃんが言った言葉を聞いてから何故か頭が割れるように痛くて何も言い返す事ができない。




『元の世界に大切な人でもいなかったの?』


「痛っ……!!」


 そのまま私は意識をなくした―――。


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