第78話:ロクの計画
【母なる大地の精霊よ。我が願いを聞き届け、心念じるところを形と成せ。岩練成】
翌日の昼間。俺は生首ゾンビの前にひざまづき、呪文を唱えていた。
一晩中の移動の後、午前中に瞑想を行い、魔力は十分に取り込んだ。
まあ、十分と言っても、勇者にやられる前には遠く及ばないのだが。
岩練成で作っているのは生首ゾンビの体だ。
地面から円柱状の石を作り出し、そこから手足を伸ばす。軽い方が取り回しはしやすいだろうと考えて、中身は空洞になっている。関節は作っていない。石で出来たマネキンだ。
首もしっかり固定した。
うん、出来は悪くない。ただ、やっぱり気持ち悪いな。
気持ち悪いので、顔には石で作った仮面をつけさせる。のっぺらぼうじみたシンプルなものだ。
再度、見直して、必要なものを確認。
その後の数日、俺は作戦の準備と瞑想による魔力と体の回復に努めた。
「準備」を具体的に言うと、野営中のキャラバンから大きめの布を1枚くすねたり、生首ゾンビを川で洗濯したり、キャラバンから油を少々くすねたりした。
キャラバンには本当にすまないことをした。今は反省している。
布は石の留め具を作ってフード付きの外套に、油はバッサバッサの生首ゾンビの髪の毛をなんとかまとめるのに使った。
アレだ。ジェル、ワックス、あるいはポマード、整髪料的な使い方だ。
元の大きいサイズなら難しかっただろうが、幸か不幸か、今のサイズになって器用さは上がっている。苦労はしたがなんとかなった。
その作業の間に気づいたことが2つ。
1つ目、生首ゾンビは元は何らかの獣人の死体らしいこと。半ばでちぎれていたから気づかなかったが、頭に只人とは形の違う耳があった。
とはいえ、何の獣人かは分からないし、そもそもうめき声をあげるだけなので何獣人だろうと特に意味はない。
2つ目、どうやら生首ゾンビには魔力を吸収する性質があるらしいこと。
これは生首ゾンビを装着したままの状態で石マネキンの微調整を行った時に気が付いた。
岩練成を唱えたところ、僅かに魔力が吸い込まれたのだ。
大したことはない量だったことに加えて、その後しばらく唸り声をあげることがなくなったので、静かにさせるために定期的に与えるようになった。
そんなこんなで準備が整った。
いよいよ、計画を実行に移すことに決めた俺は日没を待って行動を開始した。
生首ゾンビが石マネキンにがっちり固定されていることを確認。さらに仮面とマントをきっちりつけさせて肩に乗せる。
今、俺の体のサイズは2m50cmほどまで戻っている。この数日間の瞑想で魔力を回復し、さらに意識的に周囲の岩石を取り込むことで可能な限り体を大きくしたのだ。
まだ、以前のサイズには遠く及ばないが、体の中に空白を多くとったハリボテ方式を採用したおかげである程度のボリューム感を出すことに成功した。
さらには左肩近く、背中側にドリンクホルダーのようなくぼみを作り、そこに生首ゾンビが収まることで、かなり激しく動いても落ちることはないようにしている。
生首ゾンビの髪の毛は赤茶色だ。石マネキンも人間の少女くらいの、もっと言えばミラくらいのサイズで作った。
傍目には仮面をつけた赤毛の少女がゴーレムの肩に乗っているように見えるはずだ。
その格好のまま移動し、事前に目星をつけていた丘の上に陣取る。
眼下には森の中を通り抜ける街道が見える。
森の木々に加え、街道自体がカーブしているため見通しは悪い。
しかし、高所にいる俺からはそこを通るコルダ車や旅人が彼らの掲げる灯りによって把握できた。
焦らずに、機会を待つこと2~3時間。
ついにチャンスが訪れた。
前後に人が途絶え、コルダ車が1台だけ近づいてくる。出来るだけはやく森を抜けたいのだろう。少しスピードが速い。
『よし、行くぞ』
自分を励ますように声を出し、出来るだけ素早く、かつ静かに丘を駆け下りる。
そのまま、街道に向かって一直線。
東西へと伸びる街道を、南北に横切る形。
見通しの悪いカーブの先、コルダ車とちょうど鉢合わせするように飛び出した。
ぶひひぃいいいいん。
突然あらわれた魔物に行く手を阻まれたコルダがいななきを上げ、車両が軋みをあげて止まる。
「キャァアアアアアアアッ」
乗客の女性のものと思しき悲鳴が上がる。
俺も岩石なりに演技をする。あたかも想定外の遭遇にビックリしちゃったという風を装うが、通じたかどうかは怪しい。
なんせ、岩だから。
コルダ車は街と街を結ぶ乗り合いのモノだったらしい。小口の商人らしい男、恋人らしき二人組や親子連れ。
子供の目から、思わず顔を逸らす。ミラの小さいころを連想してしまったのだ。
待ってましたとばかりに護衛役の傭兵がとび出してくる。槍を持った男と、盾と剣を構えた男。それに弓を持った男が1人。
戦士2人とレンジャー1人といったところだろうか。
「な、こりゃ、ゴーレムってやつか?!」
槍使いがこちらを見上げて声をあげる。驚いてはいるが、冷静さは失っていないよう。
「初めて見るが、間違いないだろうな。ドゥラ、お前は客を逃がせ。」
リーダーらしい、盾と剣の年かさの戦士が油断なく身構えながら指示を出す。
それを受けて、レンジャーの男が乗客に避難を促し始めた。とるものもとりあえず、という様子で逃げ出す客たち。
俺はどうしたもんかというように視線を彷徨わせながら、さりげなく左肩の生首赤毛ゾンビを強調する。
「なんだ、ありゃ女か。」
リーダー(仮)がそうつぶやく。
よし。ノルマはクリアした。あとはどうやって自然にこの場から立ち去るかだ。
コルダ車のブレーキ性能があまりよくなかったせいで、思ったよりコルダ車および傭兵との距離が近い。
サイズが増した分、スピードはないので、今いきなり背を向けるとボコ殴りにされそうだ。
念のため、【硬化】をかけておく。
「コイツ、なにか魔法を使いやがった。」
「チクショウ、やる気か!?」
ゲッ、逆効果。
槍使いとリーダー(仮)が一層やる気になって、じりじりと間合いを詰めてくる。
俺たちを睨み付ける眼光が鋭い。
やるしかない。と、腹をくくった俺はやおら右手を振り回した。
殺したりする気のない大げさなだけの攻撃。二人の傭兵はそれを機敏にかわす。
落ち着いた動きだ。年齢もやや高めで、熟練の匂いを醸し出している。
盾と剣を持ったリーダー(仮)が右側面から突っかけてくる。俺はとっさに裏拳の要領で右拳を振るう。
「ぐぅっ!!」
鈍い音。傭兵の呻き。しかし、衝撃は軽い。盾で受け、衝撃をうまく逃がしたのだろう。
それを理解すると同時に、脇腹に槍兵のえぐり込むような攻撃が突き立てられた。
『がぁッ』
死角からの攻撃に思わず声が漏れる。無骨な槍が岩を削るが、それはごく浅い。
硬化が効いている。俺は、内心で安堵した。
【母なる大地の精霊よ。我が願いを聞き届け、心念じるところを形と成せ。岩練成】
間髪入れずに魔法を唱える。対象は俺自身の体。肩のあたりが動き、生首ゾンビが岩によって完全に覆われる。
生首ゾンビの体、石マネキンも岩の覆いと同時にしゃがむように動かす。この辺りの動きは何度も練習した。不審には思われまい。
ゴーレム&赤毛の少女の組み合わせは印象付けられたはず。
激しい動きで首が捥げたりする前にしまった方がいい。
さっきの槍の一撃、剣兵とのコンビネーションがこの傭兵たちの十八番のハズ。
未知の相手に出し惜しみするような馬鹿でなければだが。
それが完璧に決まったが、俺には深刻なダメージはない。つまり、この傭兵たちの通常攻撃に俺に有効打を与えるものはそうそうないということだ。
あとは、魔法石などの特殊な武装を使わせる隙を与えなければ、俺が負けることはない。
自分たちの形勢が悪いことを、傭兵たちも察したのだろう。距離をとり、こちらを窺うような構えになる。
俺も、別に人を殺すことが目的ではない。下手に動いて隙を作らない方が都合がいい。
結果、俺と傭兵の間にジリジリとしたにらみ合いの場が形成される。
ずいぶんと長く感じられた均衡。それを破ったのは俺でも、ましてや傭兵たちでもなかった。
均衡の崩壊をもたらした物。それは、後方より近づいてきたもう1台のコルダ車だった。
見晴らしの悪い道を抜けた先に魔物の姿を見つけ、車輪が軋みを挙げて停止する。商人か何かのコルダ車か。護衛の傭兵がバラバラと降りてくる。
願ってもないタイミングだ。不意の闖入者に、俺はさも狼狽したような風を装うと傭兵たちから大きく距離をとる。
そのまま踵を返すと一目散に林の中へ逃げ込んだ。
思った通り、傭兵たちは追ってはこなかった。彼らの仕事はあくまでコルダ車の警備。魔物退治ではないのだから、当然と言えば当然だ。
【母なる大地の精霊よ。我が願いを聞き届け、心念じるところを形と成せ。岩練成】
足を止めた俺は、岩のカバーを解除して生首ゾンビを地面に降ろしてやる。
『なんとか、上手くいったな。お前もごくろうさん』
そうつぶやきながら、一応のねぎらいに少し魔力をくれてやる。
生首ゾンビはもごもごとなにか呻いた後、静かになった。
なんとか、上手くいった。
とは言え、まだ最初だ。これから俺は北へと進む。スサノ砦の近辺を迂回しながら聖樹の森へと向かって。
もちろん、道中で今日と同じようなことを続けながら。
狙いは1つ。ミラとリヨンの追手をこちらに引き付けること。
時に目撃され、時に旅人を襲いながら移動すれば,間違いなく俺たちの情報は広まる。魔物と赤毛の少女の情報が、だ。
スサノ砦近くの宿場町で得た情報では、追手は南の方角を捜索しているらしい。
それは、おそらく的外れな行動ではないのだろう。きっと二人は南へ向かっているのだ。
だから、俺たちの目撃情報が意味を持つ。砦で目撃されたとおりの魔物と赤毛の少女。
その情報を無視できるはずがない。
ちょうどいいことに、この数日は俺も砦から南下してきていた。ココから北上すれば、一旦は南へ逃れたミラが新たなゴーレムとともに本拠へと帰ろうしているように見えるだろう。
すくなくとも、追手の一部。上手くいけば、全てを引き付けられる。
希望的観測も混じっているが、足手まといにしかならない状態で漫然と合流を目指すよりも、2人のためになるはずだ。
とうの昔に日は沈み、月が出ていた。その下を、俺は北に向かって歩き出した。
もちろん、当面の相棒、生首ゾンビも肩に乗せて。