第5話:騒がしい日々
今回、短いです。
最初のうちこそバタバタと忙しなかったが波に乗ってしまえば、たくさんの仲間に助けられての子育ては案外なんとかなるものだ。
とはいえ、平穏てことはない。1日1日が騒動のうちに過ぎていく。そんな慌ただしい毎日だった。
~ある日~
『ドリさん。助けてくれ、ミラの顔になんかカサブタみたいなものが!!』
「きれいにして様子を見てたんだけど、全然治らないの。」
ミラを抱えて駆け込んだ俺とリヨンに、ドリさんは難しい表情で答えた。
「うーむ。ワシも気になっておったのじゃが、原因はわからんな。」
途端に顔色を失うリヨン。
「え、それじゃあ。直せないの?」
しかし、ドリさんは慌てない。
「まあ、待て。原因は分からなくても対処のしようはある。ロク、石で小さな瓶を作って、それに水を汲んで来てくれ。」
俺が言われたとおりにすると、ドリさんは受け取った瓶の中に聖樹の葉を一枚投入。続いて呪文を唱え始めた。
【いと静けき緑の精霊よ。我が声に耳を傾け、その恵みを分け与えたまえ。聖緑の滴】
水と葉が入った瓶がわずかに光を放ったのを確認して、ドリさんが瓶を差し出してきた。
「聖樹の葉から癒しの力を取り出した聖水じゃ。もっとも、ごく弱いものじゃがの。これを日に何度か振りかけてやるがよい。」
『さすが、ドリさんだ。ありがとう。』
「礼はいいから、ワシにもミラを抱かせてくれ。ほら、早くせんか。」
言われたとおりにリヨンがミラを手渡す。
「お~、よしよし。可愛いのう。ミラちゃん。じいじが分るか。ドリアードのじいじじゃ。よしよし、いい子じゃのう。」
ジジイ、キャラ変わりすぎだろ。
~また、別のある日~
「あー!ミラがハイハイしてる。」
リヨンが驚きの声を上げたのはガラードンたちの岩山。サリーさんにミルクを貰った後のことだった。
『本当だ。すごいぞ。初ハイハイだ。』
サリーさんのミルクを飲み終わった後、近くにいたサリーさんの娘、ホルンに興味を持ったのか。寝かされていた場所からホルンの方へとずりずりと移動していた。
『まあ、初めてですか。それはおめでとうございます。』
穏やかな微笑みからそう言ったのはサリーさん。今日も毛並美山羊である。
『なーに、ホルンなど生まれてすぐに立っておったぞ。賢いし、可愛いし、やはりホルンは最高だな。』
初登場時の硬派なイメージはどこへ行ったのか。完全に親バカと化しているのは、お察しの通りガラードンだ。
『おとーしゃま、あまりほめられると、はずかしいでしゅ。それに、わたしはおねーしゃんでしゅから。』
そんなガラードンをたしなめたのはホルンだ。ミラの来る少し前に生まれた子で、毛並はやや桃色がかったクリーム色。ミラとも姉妹のように仲良くしてくれているいい子だ。
黒目がちで確かに可愛いが、やはりうちのミラの方が可愛いだろう。ミルクを貰っている手前、サリーさんの前では言わないが。
そのうち、ガラードンとは白黒つけてやらねばならないな。
~さらに、別のある日~
「あ~、う~」
『よしよし、今日も可愛いなー。そーれ、いないいない、ばー。』
「きゃっきゃ、うぁ~」
なんなの。うちの子、マジ天使なんですけど!?
歯も生え始めて、ミルク以外の食事も始めたし、しばらく前から声を出すことも多くなって可愛さ倍増。
思わずリヨンと猫可愛がりしてしまう。
もう、ハイハイも相当スピーディー。これは将来楽しみですよ。思わず敬語になってしまいますね。
ほら今だって蜻蛉追いかけて行って、木につかまって。
え、立った!?
『お~、立った。ミラが立ったー!!』
「あ、ほんとだ~。ミラ、すごーい。よーし、そのまま歩いておいで。それ、おいでおいで~。歩いておいで~。」
リヨン、それは無理だろう。あ、でも行くのか。いけんのか。
あ~、その場でつぶれちゃったよ。
「よしよし、頑張ったね~。次は歩けるよね。」
泣き出しそうになったミラをリヨンが抱き上げる。
でも、リヨン。次もダメだと思う。
~もっとあとの、別のある日~
その日も、俺たちはミラを猫可愛がりしていた。珍しくサリーさんやホルンも聖樹の方へ遊びに来ていたので、随分とにぎやかな一団になっていた。
事件はそこで起きた。
「あ~、う~、……マンマ、マンマァ」
不意に、ミラが喋った。いままでの意味不明な発声ではない。明らかな単語。俺たちに電流が走った。
最初に動いたのはリヨンだった。ミラを抱き上げて顔を寄せる。
「はーい。ママだよー。ミラちゃん、呼んだー?」
お前何言ってんだ。今まで「ママ」なんて自称していなかっただろうが。そんなに「初めて呼ばれた」という栄冠が欲しいのか。
いや、俺も欲しいが。
『ママなんて照れちゃうわ。確かにミルクをあげたりしてたから、ママと言えなくもないだろうけど。』
『それを言うなら私にも資格があるわよ~。なんたってミラちゃんの服は私の糸で出来てるんだから、ミラちゃんは常に私の愛に包まれているといっても過言ではないのよ~。ね~、ミラちゃ~ん☆』
リヨンの作った流れにサリーさんとピンクさんも乗ってくる。
二人には世話になってるが、ただアンタたちについては人語すら喋ってないから。ありえないから!!
「まったく、何を言っておるんじゃ。いままで誰もママなどという言葉を教えておらんのに話すわけがあるまい。だいたい、サリーとピンクについては人語すら喋れんではないか。」
おお、そうだ。ドリさん、もっと言ってやれ。
「これはおそらく、じいじが訛ったものじゃな。同じ三文字じゃし、妥当な結論といえよう。」
ジジイ、お前もか。さすがに無理があるだろ。
『しょれなら、ネエネのかのうしぇいもありましゅ。わたしとミラちゃんのしまいあいでしゅわ。』
あぁ、ホルンちゃんまで参戦しちゃったよ。この子もいつの間にかシスコン気味の成長してるな。
ふと、目を上げると騒動から一歩外れたところで、突っ立っているガラードンと目があった。
なんか疲れた顔をしているが、きっと俺もあんな顔しているんだろう。
(なあ、ミラは単にお腹すいてご飯って言ったと思うんだけど、どう思う?)
(正直、俺もそう思う。)
俺たちは通常のアイコンタクトではありえない情報量を瞬時にやり取りし、漏れそうになるため息を必死に噛み殺した。
水曜日に番外投稿します。