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第3話:初めてのオフロ

今回は若干、短いです。

 ガラードンの根城からの帰り道。

 お腹がいっぱいになってウトウトしていた赤ん坊が、再び泣き始めた。


 今度は動揺する暇もなくリヨンが言う。

『ウンチだけど、どうする?』


 さて、どうするか。着替えもないし、そもそもお尻を拭くモノもない。

 この世界の人たちは一体、どうやっているんだろうか。


 どうしたものか。思わず空を見上げれば、赤い夕焼けが目にとびこんできた。

 もうこんな時間か。


『そうだ、もう風呂にしよう。』

 俺はそう決めた。

 お尻も体も服もオムツもまとめて洗ってしまえばいいだろう。


 数分後、俺たちはガラードンの根城の南西、岩だらけの河原にいた。

 一見ただの河原だが、俺たちのすぐ横からはモクモクと湯気が立っている。

 そう、温泉が湧いているのだ。


 俺が以前、源泉の周りを岩で固めたので、いまは小ぶりな露天風呂のようになっている。

 とはいえ、お湯の温度はかなり高いからそのまま入るようなことはできない。


『久しぶりのお風呂だ~!!』

 リヨンが泣いてる赤子をあやしながらもテンションを上げてるのもそれが理由だ。


 つまり、誰かに水を引っ張って来てもらって温度を下げないと、リヨン一人では風呂に入れないのだ。

 誰かと言いつつ、そんなことをするのは俺しかいないのだが。


 普段は水浴びをしているらしい。


 そんな様子を横目に見ながら、俺はバスタブを作ることに決めた。

 これから毎日使う予定だからちょうどいいだろう。

 地面に両手を着き、精神を集中する。


【母なる大地の精霊よ。我が願いを聞き届け、心念じるところを形と成せ。石練成(ストーンクラフト)


 呪文を唱え終えると大地がかすかに光り、石の湯船が地面からせりあがるように姿を現した。

 サイズは縦2メートル弱、横1メートル強で角は丸くなめらかになっている。


 俺はさらに2度呪文を唱えると洗面器と大きな桶をそれぞれ作り出した。


 桶でまず源泉のお湯を湯船に満たす。

 それが済んだら今度は川の水で温度を下げてやる。

 温度の具合を見るのはリヨンの役目だ。

 どうもゴーレムの体は丈夫な分だけ鈍感で、いわゆるいい湯加減が分らないのだ。


『ん~、おっけー。ちょっとぬるいけどいい感じ。』

 リヨンのゴーサインが出たので、俺は水を足すのをやめて桶を下に置いた。


『とりあえず、この子のお尻をきれいにしよう。服を脱がせてやって、汚れてるものは後で洗うから河原に、汚れてないものは濡れないとこにでも置いとこう。』


『りょーかい。』

 リヨンは元気よく返事をすると、平らな岩の上に赤ん坊を置いた。

 その横の岩に自分も腰かけると鉤爪のついた足で器用に服を脱がせ始めた。


 まずはおくるみ。青いやわらかそうな布だが、汚れてはいなかったので近くの木の枝にひっかけた。

 コルダ車のところで拾ってきたペンダントも一緒だ。

 続いて産着とオムツだが、オムツはもちろん、産着も少し汚れていたのでこちらも洗うことにする。


 洗面器にお湯を汲み、赤ん坊のお尻のあたりにかけてやる。

 うむ、綺麗になった。


 ていうか、お前は女の子だったんだな。

 ここにきてやっと赤ん坊の性別が判明した。


 と、ここでリヨンがもう待てないとばかりに口を開く。

『私もお風呂入りたいよ。ロク、早く服を脱がして。』


 まず、誤解のないように言っておきたいのだが、今の台詞に特段の深い理由があるわけではない。

 ハルピュイアは個体差こそあるが基本的に両手の代わりに翼が生えている。

 構造的に服の着脱が困難なのだ。


 それじゃあ、野生のハルピュイアはどうしているのかというと。

 なんのことはない、基本全裸らしい。理由はいくつかある。


 まず、メンタルが基本的に野生動物寄りのため服がなくとも気にしない。

 次に、種族的に雌しか存在せず他種の雄との異種間交配で子供を作る性質上、扇情的な格好はむしろ武器になるのだ。


 ちなみに異種間交配の一番のお得意様は他ならぬ人族である。

 発情期などがなく、1年中交配可能なのが大きな理由だ。

 そのため、ハルピュイアの恰好も人族の雄向けに進化したのだ。(と、ドリさんが言っていた。)


 出会ったころのリヨンもあられもない格好をしていて俺の度肝を抜いたものだ。

 もっとも、高まるもののないゴーレムの体だから、なにがどうなるということもなかったのだが。


 しかし、いくらなんでもはしたない。

 そう思った俺は服を用意し、半ば懇願するようにしてそれの着用を義務付けたのだった。


 そのリヨンの服だがチューブトップは背中側、スカートは左右の側面が紐で編み上げてサイズが調整できるようになっている。

 靴紐みたいに紐を交差させていって、一番上で二本の紐を二股の木製のピンで固定しているのだ。

 俺の手では蝶結びが出来ないがための苦肉の策だ。


 俺は親指と人差し指でつまむようにして、スカートとチューブトップからピンを引き抜き、次にそのピンでひっかけて紐を緩めてやる。

 リヨンが少しくすぐったそうに身をよじらせると二つの衣類が足元に落ちた。


 下着?そんなものはない。


「さあ、お風呂だよ~。気持ちいいねえ。」

 赤ん坊に話しかけながら、湯船につかるリヨン。


 両腕の柔らかな羽根で赤ん坊の全身を優しく洗ってやっている。

 普段なら羽根が汚れると言って絶対やらないだろうが、どうも急速に母性本能に目覚めているようだ。


 そこで、ふと思ったのだが温泉というのは赤子的にはどうなんだろうか。

 毒ではないはずだが、刺激が強いとかそんなことにはならないだろうか。


『あんまり、長く浸からせてもよくないかも知れない。洗い終わったらその子は出してしまおう。』


『え~、こんなに気持ちいいのによくないわけないよ。』

 リヨンはそう口をとがらせるが、一応了解してくれた。


 二人が風呂に入っているうちに、服に名前がないか確認することにした。

 洗濯もしてやらなければならないし。


 まずはおくるみに使われていたバスタオル大の布。指先でつまんで広げてみる。

 柔らかそうな生地に細かな刺繍が施されていて、一見して高級品であることがわかる。


 顔を近づけまじまじと見てみるが、どうやら名前の類は書いてないようだ。

 この世界の文字を知らないので、見落としている可能性もあるが。

 代わりに丸い紋章が真ん中に刺繍されていた。


 続いて産着とオムツだが、産着はハッキリ言って本命だ。

 さっき脱がせたときにちらっとソレっぽい刺繍を目にしていたのだ。


 二つの衣類をお湯を張った桶に入れて優しくもみ洗いをしてやる。

 今の俺の力では少し加減を誤るだけでボロ雑巾になってしまうだろうから、慎重に行う。


 洗い終えたら両の掌でプレスして水気を切ってやる。

 オムツはそのまま木の枝にひっかけ、産着はおくるみと同じように観察する。


 やはりあった。

 産着の左胸のところ、読めないので定かではないが英語の筆記体かアラビア語みたいな形の文字らしきものが刺繍されている。

 後でドリさんに見てもらおう。


 いつまでも、「この子」や「あの子」と呼んでいるわけにもいかないし、いい加減、ちゃんとした呼び名が必要だ。


『ロク、この子洗い終わったよ。』

 リヨンがそう言って赤ん坊を差し出してくる。

 落としたり、潰したりしないようにおっかなびっくり受け取ると、ゴツゴツした感触がお気に召さないのか泣き出してしまった。


 ガラードンの所では、潰してしまうんじゃないかと心配され、結局抱かせて貰えなかったが、今回はその限りではないようだ。

 おそらく、さっきのは単にリヨンが抱いていたかったのだろう。ズルいぞ!!


 何気に初めて触ったが、柔らかくてあたたかい。

「ゴツゴツしてるけど、ちょっと我慢してね。」

 そう赤ん坊に笑いかけると、リヨンは呪文を唱えた。


【軽やかなる風の精霊よ。我がもとに立ち寄りて、優しき風を届けたまえ。春の風(ブリーズ)


 あたたかな風の魔法。水気をふき取るタオルがないので、これである程度乾かすつもりだろう。

 リヨンも湯船から上がり、自分の体にも魔法の風を当てている。


 赤ん坊の着替えがないから、汚れてなかったおくるみで身体を包んでやる。

 俺には不向きな細かい作業なので、リヨンが。足で。


 赤ん坊はとりあえずご機嫌の様で俺の方へと顔を向けている。

 あ、笑った。か~わい~。

 正直、猿みたいだけどなんか可愛いな。うへへ。


『ほら、ぼうっとしてないで、私が服着るのも手伝ってよ。』

『あ、はい』


 リヨンに服を着せてやった後(これが相当に重労働だった。なんせ、今の俺は超絶不器用。普段は別に知り合いに着付けてもらっているのだ。)、俺たちは聖樹の方へ戻ることにした。

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