第165話:ゴーレムの力は交渉に役立つ
見張りと情報収集を続けると言ってはみたものの、俺自身、この状況をどうにかできる可能性はかなり低いと思っていた。
夜明けまでの猶予期間も事態の打開のためというよりは、変態が持っているかもしれないミラたちの情報を諦めることについて、気持ちを整理する意味合いが強い。
まあ、つまり、半ば以上は白旗・降伏ムードだ。
白旗・降伏ムードだった。のだが、思わぬ形で事態が動くことになった。
きっかけは北の方から村に近づいてきた1台のフス車だ。
行商用と思われる幌付きの荷車を2頭のフスが引っ張っている。
(フス=短い角を持つ4足の獣。コルダよりスピードは遅いが、粗食に耐え、力も強い。)
通常、行商は盗賊や魔物を恐れて複数台でキャラバンを組むものだ。
それが1台きりでとは、なかなか珍しい。
御者台のうえには夫婦らしき獣人の男女が乗っていた。
街の入り口近くでフス車を停止させると、夫の方が御者台から降りる。
続いて荷車から1人、ひらりと軽い身のこなしで降りてきた人物がいた。
「あ」
『エ?』
俺もメロも思わず声が出たのは、その顔に見覚えがあったからだ。
御者台の夫婦の娘だろう。獣人である大きな三角の耳、そして、目元に未だ残る青いアザ。
少し、距離があるがおそらく間違いない。
「あれ、この前助けた」
『うン。リファイスの街デ会ッた娘。』
数日前に、強姦魔達から助けた獣人の娘だった。
そのとき、俺に天啓が来たる。
(あれ、コレはひょっとすると使えるんじゃないか?しかも、失敗しても致命的な事態にはなりにくいのでは)
『ロク、なにカ思いツイたの?』
俺の様子から察したのかメロが尋ねてくる。
「ああ。まあ、一言で言うと、あの子になら事情を話して協力してもらえるんじゃないかってだけなんだけど」
『ふム、クワしく』
そう求められ、説明を続ける。
とは言え、半ば思いつきなので考えながら答えていると、いつの間にかソイソとソルテも加わり議論になっていた。
おかげでかなりの部分まで具体的に煮詰めることが出来た。
まあ、結局はイチかバチかになるわけだけども。
行動開始は夕方。
傭兵や村人達が1日の仕事の終えて、夕飯へとうつる時間だ。
畑仕事などから戻ってくる人の出入りで、村の入り口周辺をうろついても不自然に思われにくいこと。
夕闇のなかなら正体がばれにくいことを考えた結果だ。
見つかりたくないだけなら日没後に行動した方がいいのだが、この世界、特に田舎だと人は日没するとすぐ寝る。
これは老若男女共通で、日没時間≒就寝時間と考えて間違いない。
何故かと言えば、灯りもタダではないからだ。
電気なんてないこの世界、灯りと言えば火。つまり、まきを燃やすことになる。
まきって、集めるのは重労働だし、手頃なサイズにカットしたりと手間がかかる。
かといって、買おうと思えば結構高い。
だから、みんな基本的に日のあるうちしか行動しない。
せいぜい、夕飯の煮炊きに使ったまきが燃え尽きるまでの間、その灯りを頼りになにかしら作業をするくらいだ。
そんなわけで、ユニコーンをひやかしていた村人たちも三々五々家に帰っていく。
獣人一家もフス車を停止させた位置で夜を越すための準備をはじめている。
恐らく、彼らにも日没≒就寝時間の法則が適用されるだろう。
その場合、仮に就寝後に俺が訪問したとして、怪しい人物(魔物)に叩き起こされた彼らはおとなしくソイツの話を聞いてくれるだろうか。
まず、無理だ。
十中八九、騒ぎになる。
起きてる最中でも騒がれる可能性はあるが、それならもう諦めて逃亡するしかない。
さて、そんな風に田舎に行くほど強力に適用される日没≒就寝時間の法則だが、もちろん、例外は存在する。
いわゆる、夜の職業をはじめとした特殊な事情の人たちだ。
例えば酒場や娼館の従業員、捕まえた魔物の見張り番などだろう。
酒場と娼館はこの村にはないようだが(頼めば自家製の酒を売ってくれる家もあるだろうし、身体を売っている女もいるかもしれないが)、最後の1つは存在する。
なにせ、今、俺の目の前でたき火の準備をしているから確実である。
俺は、その様子や、獣人一家の行動を観察しつつ行動開始のタイミングを伺っていた。
と、その矢先に獣人の夫婦に動きがあった。
連れだって、見張り番の傭兵のところへ近づいていく。
何だろうか。手ぶらだし差し入れとかではないようだが。
いや、なにか挨拶か交渉をしているようにも見える。
『ロク、チャンスだヨ。』
おっと、そうだ。夫婦が荷車を離れたと言うことは、直接娘さんと交渉できるチャンスである。
俺は素早くかつ慎重に茂みから出ると、荷車に近づいた。
無論、傭兵からは荷車の幌が邪魔になって見えにくい方向からだ。
獣人の娘さんはこちらに背を向けて、両親と傭兵の交渉の行方を見守っていた。
「こんにちは。いま、よろしいですか。」
「ひゃ、ふぁいっ!」
現在の格好(つまり女装)にあわせた女声で話しかける。
不意をつかれて驚いた娘さんは、すっとんきょうな声を上げつつ振り返った。
夕闇の中、青あざが痛々しい顔をしっかりと確認する。
うん、間違いない。
「こんなところで奇遇ですね。私のこと、覚えていますか。」
「あ、あなたはリファイスの街で私を助けてくれた。良かった。無事だったんですね。」
娘さんは笑顔を向けてくれる。
よしよし、感触は悪くない。
「そちらこそ、元気そうでなにより。あの後は何事もありませんでしたか。」
「はい。ただ、相手の立場によっては面倒なことになるかもしれないってことで、私たち一家だけすぐに街を離れたんです。」
なるほど、それでこのタイミングでこんなところにいるのか。
普通に行商やってたら、まだリファイス近郊にいるはずだから、納得だ。
「そうですか。私達がもっとスマートに立ち回れていたら良かったのですが」
「そんなことないです。私、本当に感謝してて、あそこで助けてもらえなかったら本当、どうなっていたか。」
俺と娘さんがお互いに恐縮し合っているところに、獣人夫婦が戻ってきた。
父親が、見知らぬ訪問者にいぶかしげな顔をする。
「チャウ、どうかしたのか。そちらの方は?」
娘さんが、振り返って答える。
「お父さん。えっと、この人はこの前、リファイスの街で私を助けてくれた人だよ。」
「おお、あの」
その説明を受けて、父親は俺に向けて頭を下げた。
「これは失礼をいたしました。私は狼族のトレバリーと申します。先日は娘が大変なご恩を。」
父親の自己紹介に続いて母親と娘さんも名乗ってくれる。
母親はコギー。娘さんはチャウと言うらしい。
「これはご丁寧に。私はストーナーと申します。」
一応、偽名を名乗る。まだここは王国領。何処に耳と目があるか分からない。
そこから、先ほど娘さん、チャウとやったお互い恐縮し合う流れになったが、割愛しておく。
「いや、本当に親子3人無事でいられるのも貴方のおかげです。なにかお礼できることがあればいいのですが」
お互い恐縮し合う流れから、話が都合のいいほうに転がった。
これ幸いと乗っからせてもらうことにする。
「それではお言葉に甘えて、1つお願いしたいことがあります。」
「なんでしょうか。」
「その前に、私は誓って貴方たちに危害を加えたりしません。ですから、まずは私の話を落ち着いて聞いてください。」
おおげさ、持って回った言い方に3人が少し警戒する顔になった。
彼らに心構えが出来るのを少し待ち、本題に入る。
「まず、私は人間ではありません。犲石精という岩石の魔物です。」
ここでも、素性をわずかにごまかす。
3人の動揺は心配していたほどではない。
おどろいてはいるようだが、声をあげるわけでも、話を遮ってくるわけでもなかった。
やはり、只人より獣人の方が魔物に対しての忌避感が薄いのだろう。
「私は今、はぐれてしまった仲間を探して旅をしているのですが、どうやらあそこで捕らえられているユニコーンが情報を持っているようなのです。どうにかして話を聞きたいので、見張りをかいくぐるのに協力してもらえませんか。無論、お礼はさせていただきます。」
「お父さん、なんとかならない?」
チャウが俺の側に立って言う。
トレバリーはそれを身振りで制止して口を開く。
「協力、というと具体的にはどうすれば?」
「傭兵を排除するとか、ユニコーンを逃がすと言った乱暴なことをするつもりはありません。私が話をしている間、見張りの注意を引きつけてもらうか。お酒か何かで酔い潰しておくか。というところです。」
トレバリーはなるほど、と言うように肯きながら腕を組む。
「お礼、というのは?」
「こちらでいかがですか。」
いいながら、懐から小袋を取り出す。
ほんの小さな包みだが、口を開いて中のものを手のひらに出し、見やすいように差し出してやる。
「これは!」
「わ、」
獣人父娘が小さく声をあげた。
小指の爪のはんぶんにも満たないゆがんだ塊がいくつか。
沈む夕日の残光を受けてキラリキラリと輝きを放つ。
「砂金の粒です。これは前金分。首尾よくことがすめば、もう一袋差し上げます。」
岩石精の能力で身体の一部を変質させたモノ(間違いなく金)だ。
大規模にやると相場とかがエライことになりそうだが、このくらいなら大丈夫だろう。(なお、根拠はない)
「確認しても?」
「どうぞ」
一転して商人の顔になったトレバリーが砂金粒を手に取り、目の高さに掲げてまじまじと観察しはじめる。
そのまま、しばらく重さを計ったりしていたが、やがて納得したらしい。
額に浮いた汗を拭きながら言う。
「このお話、引き受けさせていただきます。」
「いいのですか。少なからず、リスクがあると思いますが」
念押しすると、行商人は自信ありげに肯いた。
「いえ、状況がおあつらえ向きでして、ちょうどいいモノもありますので」
そこで言葉を切り、妻、コギーに向かって小声で指示をだす。
「おい、アレを出してくれ。」
すでに夕暮れも終わりに向かい、手元も暗い。
それでもコギーは別段困るそぶりもなく、品物が満載された棚から目的のモノを取り出してトレバリーに手渡した。
厳重に封をされた小さな包み。
「これはテンガンの薬と申します。」
「テンガンの薬?」
聞き慣れぬ言葉に質問を返せば、トレバリーは解説してくれた。
「ええ、これは酒に混ぜて使うのですが、ソレを呑むと普通の何倍も酔いやすくなるのです。都会の酒場なんかではタチの悪い酔っ払いをさっさと酔い潰すのに使ったりします。」
なるほど、いまの状況にぴったりの薬だ。
日本にあったら悪い男が使いそうだ。大学の新歓コンパとかで。
きっと、「ドリンクにテキーラ混ぜて、女の子を床に転がせばいいんだ。簡単だろ?」とか言うんだ。
(※大学に行ったことのない主人公の偏見です。)
「その薬を入れた酒を差し入れるか何かして、見張りを酔い潰すわけですね。」
確認すると、トレバリーは素直に肯いた。
「ええ、ちょうどたき火を炊事に使わしてもらうのと、夜間に何かあったときは私達も守ってもらうことを条件に食べ物と酒を差し入れる約束を取り付けてきたところなんです。善はいそげ。早速、仕込んでくるとしましょう。」
「なるほど、確かにおあつらえ向きだ。よろしくお願いします。」
いいながら、前金分の砂金の小袋をトレバリーに渡す。
「それでは遠慮なく。確かに、承りました。」
行商人は中身をサッと確認すると、懐におさめた。
その脇では手際よく酒や食料、炊事道具などをまとめたコギーが立ち上がる。
流石に荷車一つで大陸中を股にかける行商人の妻となれば肝っ玉が据わっている。
表情にも立ち振る舞いもまったくもって落ち着いたものだ。
「それじゃ、行ってくるわ」
「ああ、頼んだぞ」
夫婦のやりとりも普段通り、自然体。なんとも頼もしい。
そのまま、見張りのもとへと歩いて行くコギーの背中を目で追う。
一番の難関だった獣人一家の説得には成功し、事態の成否は俺の手を離れた。
後は、事が上手く運ぶのを祈るだけだ。
ゴーレムの力=砂金




