第11話:家族でしょう?
よく朝、俺は朝食を終えたミラとリヨンを連れてドリさんのところへと出かけた。
もちろん、昨日の村人との話し合いを報告するためだ。
俺が村人と話し合いをしたということが伝わっていたのだろう。聖樹の根元にはガラードン、サリーさん、ホルンちゃん、ピンクさん、それにもちろんドリさんと、仲間が勢ぞろいしていた。
『ミラちゃん。それにロクさん、リヨンさん。おはようございます。』
ホルンちゃんが元気よく挨拶してくれる。人間より成長が早いせいで、話していると中学生くらいに感じる。
「ねえね。おはよう。」
ミラがそう挨拶すると、それだけでホルンちゃんはデレデレになった。シスコンっぷりは相変わらずだ。
ミラの方も懐いていて、ホルンちゃんの言葉はなんとなく分かるようだ。人間の声じゃないんだが、姉妹愛のなせる技だろうか。
「ホルンちゃん。しばらく、ミラと遊んでてもらっていいかな?」
大人だけで話し合いたい。と、そこまでは言わなかったが、ホルンちゃんは察してくれたらしい。
『ミラちゃん。今日はねえねと遊びましょう。さあ、背中に乗って?』
仲間ハズレにされると思ったのか。ミラは少し後ろ髪引かれる様子だったが、それでもおとなしくホルンちゃんの背中に跨った。
後ろを振り向いて手を振ってくれる。
「いってきます。」
「ああ、行ってらっしゃい。危ないことはしちゃだめだよ。」
俺がそう言って手を振る。横にいた大人組の皆も手を振っている。盛大な見送りだ。
「さて、早速だが本題に入らせてもらう。」
ホルンちゃんとミラの姿を見送った後。前置きもそこそこに俺は昨日の話し合いの結果と俺の考えを皆に伝えた。皆、真剣な表情で聞いてくれる。
「つまり、村の者たちとしてはお前さんをとりあえず拒絶するつもりはない。お前としては最終的に村と森を定期的に行き来するようにしたい。と、言うことじゃな。」
まとめたのはドリさん。俺は肯きながら、付け加える。
「それで一旦、俺だけで村の近くに行こうかと。ミラと一緒の方が受け入れてもらいやすいかも知れないけど、なにがあるか分らないから。とりあえず、魔物に慣れてもらおうと思って。」
『いいんじゃない?この間のファーストコンタクトがイマイチだったもの。もし、今度もひどい目に遭ってミラちゃんが村を嫌いになったら台無しよ。ロクが少し地ならししておくのはいいことだと思うわ。』
ピンクさんがそう言うと、他の面々も肯いた。
『しかし、ミラちゃんもまだ小さいのに、期限付きとはいえロクさんと離れ離れにするのはいかがでしょうか。』
これはサリーさんの意見。これにも皆が肯いた。しばらく考えた後、今度はガラードンが口を開く。
『それなら~』
そんな感じで会議は進んでいった。
俺が異変に気が付いたのは会議がもう終盤に差し掛かり、あらかた結論が出たころだった。
いや、本当はもっと早く気が付いていたんだが、おそらく本能がそこから目を逸らしていたのだろう。怖いから。
異変の元はリヨンだ。
いつもならこういう場では理屈をものともしない野生の勘にあふれた発言を繰り出す彼女が、今日はやけに静かにしている。
そう言えば、朝からなんか口数が少なかった気がする。俺に対して。
他のやつらは気が付いてないんだろうか。そう思って、それとなく周りを見渡すと、サリーさん、ピンクさん、それにドリさんが意味ありげな視線を送ってきた。
そうですか。気づいてましたか。「ですよねー。」って感じだ。
「…まあ、こんなところだと思うが、リヨン、なにか意見はあるか。」
ためらっていても仕方がない。できる限りさりげなくリヨンに話を振った。
分かっている。全然、さりげなくないのは分かっている。
リヨンは少し下唇を突き出して顔をしかめた後、ぶっきらぼうに口を開いた。
「別に、良いんじゃないの。意見があったら、自分から言うし。」
はい、分かりました。スイマセン。
リヨンは子供っぽいところもあるが、理由もなくこんな素っ気ない態度をとる奴じゃない。となると、俺がなにかした可能性が高いのだが、残念ながら全く心当たりがない。
俺は会議を進めながら必死に考えたが、結局答えにはたどり着けなかった。
「あの、俺。なにかやっちゃいましたかね。」
会議終了後、俺はサリーさんとピンクさんに相談していた。
リヨンはミラたちを探しにすぐに出ていったが、他の面々はまだ聖樹の根元でだらだらしていた。
ちなみにドリさんはわれ関せずの態度。ガラードンはリヨンの不機嫌に気が付いていないようだったので問題外だ。
女性陣二人は顔を見合わせてアイコンタクトを交わした後、俺の方へと向きなおった。最初に口を開いたのはすまし顔のサリーさんだ。
『ロクさん。それは、私たちではなく、リヨンさんに聞くべきかと思いますよ。』
痛いところを突かれて、言葉に詰まった。そんな俺に向けて、ピンクさんも声を掛けてくる。
『何があったか、よく考えて。それで分らなかったらそのまま聞けばダイジョーブよ☆リヨンちゃんは不器用だけど優しいからゼッタイ許してくれるわ♪』
そんな風に二人に背中を押され、俺はリヨンを探すために聖樹を後にした。
リヨンはすぐに見つかった。
森と原っぱの境目にある目立つ木の上。その先の原っぱではミラとホルンちゃんが遊んでいて、どうやらそれを見守っていたらしい。
俺が原っぱに近づくと、ミラが顔をあげてこちらに手を振って来る。
「ロク~。」
それに応えて手を振りながら、リヨンがとまっている木の脇に立つ。もちろん顔はまっすぐにリヨンの方を向いている。
リヨンはチラとこちらを眺めた後は、ことさら興味なさげに視線を戻した。やっぱり、機嫌が悪い。俺は少しの間、その横顔を見ながら考えた。
「なあ、リヨン。俺、なんかしちゃったか。」
考えても分からずに、結局、ピンクさんの言う通りそのまま聞くことになった。
木の上のリヨンに向かってそうやって声を掛けるが、返事はない。でも、俺の言葉をしっかりと聞いている気配は伝わってきた。
「いや、きっと何かやらかしちゃったんだろうな。お前は理由もなく怒るような奴じゃないし。でも、悪い。俺、鈍いから、なんでお前が怒っているのか分からないんだよ。」
そのまま、数秒。原っぱの方からミラの声が聞こえてくる。それに混じって頭上からリヨンの声がした。
「別に、大したことじゃない。」
素っ気ない。でも、そんなに怒っているわけではない声。どちらかと言うと、悲しんでいるような気がする。
「大したことなくても良いから、教えてくれないか。」
そのまま、しばらく待っていると。やがて、リヨンがぶっきら棒に口を開いた。
「ロク、今日の話はすごく大事なことだったよね。ロクがここを離れるってことだから。」
俺は肯く。重要だからこそ、皆を集めて意見を聞いたのだ。
ミラは俺が肯いたのを見ると、視線をミラの方へと戻した。
「ロクが皆を大切に思っているのは知ってるよ。でも、そんな大事なことは皆の前にミラに言うべきだった。私にも言って欲しかった。」
ドキリとした。
確かに、俺が街へ行く。いずれは、ミラもと考えている。
それはミラにとって大きな変化に違いない。ミラのためという気持ちに嘘はないが、それなら一層本人にも話をしておくべきだった。
そして、受ける影響の大きさで言えばリヨンも負けていない。
以前から、可能性だけは伝えてあったが、それはあくまで「かもしれない」という不確定な話だった。具体的な話になった時、二人にはいの一番に相談するべきだったのだ。
俺は自身の迂闊さと無神経を今さら悔やんだ。
「ミラはまだ小さいし、私も頭はよくない。それに、私とロクは別に番ってわけでもない。それでも、」
ミラはそこで躊躇うように言葉を切った。一呼吸をおいて、続きを口にする。
「私たち3人は、家族でしょう?」
かえす言葉がなかった。
調子に乗っていたのだろう。ヒトの友人を得たいという希望がかない、ミラにヒトの社会を見せたいという希望が近づいて、一番大切な人たちのことが見えなくなっていた。
「悪かった。」
深々と頭を下げると、リヨンは小さく鼻を鳴らした。
「ミラにはちゃんとロクから説明しなよ。」
リヨンが涙をこらえている気がして、俺はしばらく顔をあげられなかった。