第10話:イスタ村のハンク
「つまり、お前さんたちは別に俺をどうこうしようとは思っていない。倒れていたから、同情して看病してくれていたと、そういうことでいいんだな。」
だから、さっきから何度もそう言ってるじゃないか。いい加減、くどいよ。
リヨンとミラは飽き飽きして外に遊びにいっちゃったし。俺だってミラと遊びたいのに。
「それで、お前はなんであんなところに倒れてたんだ。言っとくが、つまらん嘘はつくなよ。」
あんまり舐められてもよくないだろう。そう思って少しばかり凄んでみると、男はバネ仕掛けの人形のようにブンブンと大げさに肯いた。
続いて、ペラペラと身の上話を始める。
「ふーん。つまり、お前たちの村で流行っている病気を何とかしようと、言い伝えを頼りに聖樹の葉を探しに来たってことでいいんだな。でも、なんで一人っきりで来たんだ。さすがに無謀だろう。」
俺がそう言うと、男はうつむてしまった。ハンクって名前らしいが、チョット頼りない感じだ。
「それは分かっていたんだが、俺は普段から薬草集めなんかして慣れてたし。なにより、俺の娘も倒れちまって、もう居てもたってもいられなくなって。気が付いたら準備もそこそこに飛び出してきちまったんだ。」
娘か。そこを出されると、俺も弱い。言葉に嘘もなさそうだし、それほど悪い奴じゃない気もするな。
それにしても聖樹の葉か。あるにはあるんだが、バカ正直に言ってしまうと後々面倒なことになるかもしれない。
「聖樹か。残念だがこの辺りでは見たことがないな。」
「ほ、本当か。聖樹は一見普通の樹木と変わらんというぞ。気が付いてないだけじゃないのか。」
「その可能性はある。しかし、この辺りには1年以上住んでるからな。いくらなんでも気が付くと思う。」
それを聞くと、ハンクはヘナヘナとうなだれてしまった。正直、チョット申し訳ない気持ちになる。しかし、うかつに聖樹の存在をバラした結果、聖樹の葉を狙う人間が押し寄せるなんてことになったら目も当てられない。
「聖樹の葉は何枚も必要なのか。」
俺がそう聞くと、ハンクはしょんぼりとしながらも口を開いた。
「いや、1枚でいい。1枚あればそれで聖水が作れる。それで皆助かるはずだ。」
「1枚か。それなら以前の住処で入手したモノが残っている。場合によっては譲ってやってもいい。」
瞬間、男が跳ね起きた。先程までの落ち込みっぷり&怯えっぷりが冗談に思えるほどの勢いだ。
「ほ、本当か。お前、聖樹の葉を持っているのか。頼む。何でもするから譲ってくれ。」
鬼気迫る様子で縋りついてくるハンクの様子に少々ビビる。
しかし、交渉自体は予定通りだ。というか、コイツの目的が聖樹の葉でよかった。俺が用意できないモノだったら交渉は難しかっただろうし、デモンズゴート狙いとかだったら叩きのめさなきゃいけないところだった。
「そうか。なに、別に難しいことを頼むわけじゃない。」
そう前置きして、俺はハンクに条件を提示した。
ハンクはそれを聞いて少し戸惑ったような顔をしたが、それでもすぐに肯いた。
契約成立だ。
数時間後、俺たちはハンクの村にほど近い地点で休憩していた。
リヨンがミラを、俺がハンクをそれぞれ運んだのだが。俺の乗り心地が良くないせいか。ハンクが完全にグロッキーになっていた。
まあ、一刻も早く帰りたいと言ってたからな。多少の揺れは勘弁してもらおう。
「おい、大丈夫か。歩けるか。」
声をかけると、ハンクはフラフラしながらも立ち上がった。
「お、おう。大丈夫だ。さあ、行こう。村の衆が待ってるし、お前さんとの約束もある。」
そう言って歩き出すハンク。顔色は悪いが、足元は案外しっかりしている。俺も続いて歩き出した。
とりあえず俺だけがハンクに同行することにしたので、振り向いてリヨンたちに声を掛けておく。
「それじゃあ、行ってくる。揉めそうに見えたら、先に帰ってくれよ。俺だけならどうとでもなるし。」
「わかった。ロク、がんばってね~。」
ミラがそう言って手を振ってくれる。リヨンも手を振っているが、まあそっちはそれほど重要じゃない。
既に時刻は夕方に差し掛かろうとしている。病気のせいもあるだろうが、ハンクの村、イスタはどことなく活気がなく薄暗く見えた。
もっとも、それも俺とハンクが見つかるまでの間だったが。
ハンクが村に近づき、帰還を告げる。すると、何人かの村人が顔を出したのだが、その全てが驚愕に目を見開いた。
「ま、魔物だぁああああ!!魔物が来たぁあああ!!」
たちまち村は蜂の巣を3つばかり、まとめてつついた様な騒ぎになった。
上へ下への大騒ぎで、ハンクが魔物を連れてきただの。ハンクが魔物だの。ハンクって誰だ。明日って今さ。などと情報が錯綜しまくっている。
挙句の果てに村の男たちが手に手に鎌やら釜やらをもって、俺たち二人を大歓迎。
まさか、ここまでとは。まあ、山でのハンクのリアクションを思い返せばそれほど不思議でもないか。
「み、みんな落ちちゅいてくれ。コイツは悪い奴じゃないんだ。」
ハンク、お前も落ち着け。一部、赤ちゃん言葉になってるぞ。そして、村の皆も落ち着いてくれ。そんな鎌とかじゃ、俺はきっと倒せないぞ。
「こいつの名はロク。力尽きた俺を助けてくれて、聖樹の葉まで分けてくれたんだ。悪い奴じゃない。本当なんだ。」
ハンクが声を涸らして説得するが、村の男たちの反応は芳しくない。「嘘をつけ」とか「お前も魔物が化けているんだろ」などという台詞が投げ返されてくる。
俺はというと、少し驚いていた。村の住人たちの反応にではない。ハンクが思った以上に真剣に俺の弁護をしてくれたことにだ。
てっきり厄介払いの方法を考えていると思っていたのだが、きっと聖樹の葉を恩義に感じてくれているのだろう。
しかし、遅々として進まない話に流石のハンクにも苛立ちが見えてきた。今のコイツの気持ちは俺にもわかる。一刻も早く娘に薬を飲ませたいのに、ここで揉めてるせいでそれが出来ないのだ。
俺は、助け船を出すことにした。
「ハンク、思った以上に皆を怖がらせてしまったみたいだな。すまなかった。俺は帰ることにするよ。早く娘さんに薬を飲ませてやってくれ。」
作戦は失敗ってことになるがしょうがない。別に諦めるわけじゃないしな。
そもそも一回で仲良くなろうって言うのが間違いだったのだ。俺としたことが、ちょっと焦っていたのかもしれない。
また、機会を見つけていけば、いずれは仲良くなれるだろう。
そんな風に自分を納得させて歩き出すと、背中にハンクの声を感じた。
「ロク、すまない。ありがとう。」
俺は右手を上げてハンクに応じた。
まあ、少なくとも一人は友達が出来たわけだ。ミラにじゃなく、俺にってのは計算違いだったが。
そんな具合に失敗したと思っていた作戦だったのだが、話はまだ終わっていなかった。
事態がさらに動いたのは、イスタ村から帰ってきて数日が経ってからのことだ。
「お前、何やってんの?」
俺はその男に聞いた。口の利き方がややぞんざいになってしまうのは、仕方ないことだろう。
「何って、お前。いい知らせを持ってきてやったんじゃないかよ。」
そう言って口を尖らせたのは、先日の行き倒れ男、ハンクだ。
「まあ、その辺は後で聞く。俺が聞きたいのはな。先日、わざわざ村まで送り返してやった男が、どんな料簡でもう1回危険な道を1人で歩いてきたかってことだ。」
それでコイツが獣や魔物に食われても自業自得だが、残される家族はたまったもんではないはずだ。
強力な魔物がうろつくこの世界だが、ある程度の人数がいれば遠出もそれほど危険という訳ではない。(らしい。ドリさん調べ)
知性のない魔物は他の野生生物と同じく縄張りに近づかなければいいし、知性のある魔物はたとえ肉食でも積極的に人を襲ったりしない。
なぜなら、美味くもないうえに、手を出すと大抵の場合は大規模な討伐が行われるからだ。
ゆえに彼らは人の側から過度の干渉を受けない限り、基本的には人間の存在を無視する。はっきり言って、人間の賊の方が危険なくらいだ。
ただ、それも大人数での旅の話。10人の人間を痕跡もなく消すのは大仕事だが、2・3人なら容易になる。1人旅などどうぞ食べてくださいと言わんばかりの行いだ。
まあ、美味くはないらしいから、積極的には食わないかもしれないが。
そんな俺の心配を知ってか、知らずか。ハンクの表情はどこまでも呑気なものだ。
「心配はありがたいが、今日は一人で来たわけじゃないんだ。山の麓までは村の男衆と一緒だ。」
「なんだ、そうなのか。」
どうやら一人旅というのは俺の勘違いだったようだ。麓からここまでも決して安全という訳ではないが、まあ村からずっと1人よりは格段にマシだろう。
俺が話を聞く体勢になったと判断したのか、ハンクが居住まいを正した。
「この前は聖樹の葉をありがとう。おかげで娘も、村の皆も無事に回復した。」
いえいえ、どういたしまして。
「そして、すまなかった。折角、助けてもらったというのに、石を投げて追い払うような真似をしてしまった。どうか許してほしい。」
そう言って頭を下げるハンク。俺はその謝罪を受け入れた。元々、怒っているわけではないし。
「そんなに畏まらないでくれ。いきなり村に押しかけた俺も悪かったよ。それより、良い話ってのはなんだ。」
改めて、俺の方から水を向けるとハンクは得意満面の顔をした。
「言ったろ。村の男衆と来たって。聖樹の葉が本物で、病人が治ったから皆ちょっと考えを変えたのさ。それで、もう一度だけ話を聞かせてもらおうと麓まで来たってわけだ。」
「お、本当か。」
これは本当にいいニュースだ。と、同時に俺の中でハンクの株がまた少し上がる。
いくら葉が本物でも、村の人間が自発的に来るわけはない。
きっと、いや間違いなくハンクが皆を説得してくれたのだろう。つくづく、助けたのがコイツでよかった。
ただでさえ印象は良くないだろうから、できるだけ待たせない方がいいだろうと、俺はリヨンに声を掛けて事情を説明すると、すぐにハンクと一緒に麓へと向かった。
速さは大事だ。「遅いことなら誰でも出来る。20年かければ馬鹿でも傑作小説が書ける」とエライ人も言っていた。
村人たちは麓でキャンプを張っていた。辺りは既に夕暮れのたたずまいを見せているから、今日はここに泊るつもりらしい。
地響きなどから俺が近づいているのが分ったのだろう。総出で出迎えをしてくれる。遠巻きに俺を囲んでいる目に怯えと警戒の色があるが、まあ予想の範囲内だ。
ハンクがほぼ中央にいる壮年の男に声を掛ける。恐らくまとめ役だろう。俺も頭を下げた。
礼儀は大事だ。挨拶と謝礼は忘れないように、ミラにも繰り返し言っている。
「わざわざ出向いてくれてありがとう。俺はロクと言う。見ての通り魔物だが誓って危害は加えないから安心してくれ。」
ハンクが住むイスタ村はハッキリ言って大きくない。陸の孤島のような寒村とまではいかないが、まあ普通にど田舎だ。
とはいえ、さすが顔役というところか。男は表面上はかなり平静に挨拶を返してきた。少しばかり驚いた顔はしていたが、ハンクの時を思い出せば格段の違いだ。
「こちらこそ、この間は無礼を働いてすまなかった。それに、お前さんがくれた聖樹の葉のおかげで皆が助かった。ありがとう。」
男はセロウと名乗った。もともと、交渉事が本業という訳でもないのだろう。俺が謝罪を受け入れると、いきなり本題に入った。
「ハンクからあらましは聞いた。人間の娘さんと一緒に村に来たいということで間違いないか。」
まあ、その認識で間違いないが、ちょっと足りない気がする。
ので、説明を付け加える。そのまま、他の村人も加えての会議が始まった。
この世界に来て、こんなにたくさんの人間と話をしたのは初めてだった。なんだか嬉しい。
結局、話し合いは日が沈むまで続き、俺が住処へと帰ったのは夜中になっていた。
リヨンは夜が弱いし、ミラはまだ幼い。ドリさんも日中の方が元気だ。光合成をしているせいかもしれない。ピンクさんは夜行性だが、パス。
報告は明日だな。