第8話:ゴーレムの朝は早い
今回から新章です。
4~5年の時間経過により、若干性格が変わっているキャラがいるかもしれません。悪しからず。
今日も、東の空から日が昇る。ゴーレムの朝は早い。早いっていうか、眠らないから朝も夜もない。しばらく前まではその個性を活かして、夜泣きするミラの対応は俺の仕事だった。
なんだか懐かしい。
瞑想を行っていた場所から静かに動き出し、近くの小川へ水を汲みに行く。底の泥が混じらないように気を付けながら桶を一杯にして戻ると、今度はかまどへと向かう。
このかまど、というか食事場は俺の自信作だ。石練成の魔法を惜しみなく使い、各種調理器具に加えてベンチやテーブル。さらには雨天でも問題ないようアーチ形の屋根まで設営してある。
かまどに火を入れて料理の準備をはじめる。枯草を焚きつけにして火を熾すのも、もう慣れたものだ。火の魔法を使えればもっと簡単なのだが、残念ながら今の俺は土属性。
四天王なら、一番初めに倒された挙句。
「ふふふ、アイツは我等四天王の中で最弱。人間ごときに倒されるとは魔族の面汚しよ。」
などと、無体なことを言われかねない。
そんな馬鹿なことを考えながら、石の鍋に水を入れて火にかける。沸いたところでモルモラのブロック肉と野草、それに岩塩の欠片を放り込んだ。
間髪入れずに蓋をする。
ちなみにモルモラは水辺に棲む体長40~60センチほどの生き物で、見た目は毛だらけの小さなカバだ。
正直、入手に一番苦労したのは岩塩で、これは片道5日ほどの距離にある別の山から大きな結晶を持ってきたのだ。
俺が、一人で。あれはなかなか寂しい旅だった。
俺が過去の苦労に思いを馳せているうちに、リヨンとミラが目を覚まして小屋から出てきた。二人とも髪がボサボサ。
リヨンの髪が黒で、ミラが赤であることを除けばお互いにそっくりだ。格好も同じような寝巻の袖なしワンピースだし。
「二人ともおはよう。」
「おはよー、ロク。」
「おはよう、ろく」
ミラが俺たちの子供になってから、既に5年以上が経過している。
その間に、俺も魔声環の制御と人語を習得し、ミラとも普通に話せるようになっていた。
二人とも、俺の挨拶に応えると桶のところで顔を洗う。やっと、ミラの両目があいた。
「リヨン、鍋の方の仕上げとパンの用意を頼む。」
「りょーかい。ミラ、お皿とフォーク出してくれるかな。」
「はい、ママ。」
「ありがとね。ミラがいい子でママはウレシイよ。」
キャッキャとじゃれあうリヨンとミラ。今日も仲いいな。
ミラはリヨンを「ママ」と呼んでいる。サリーさんとピンクさんはそれぞれ「名前+ママ」で、ドリさんは「じいじ」。ホルンちゃんは「ねえね」でガラードンは「さん」づけだ。
俺は、そのまま呼ばせている。本当は「パパ」とか「お父さん」で覚えさせようかと思ったのだが、結局現状に落ち着いた。別に呼び方を覚えさせるのに失敗したわけじゃない。本当だ。
二人がじゃれあっている間に、俺はフライパン代わりの石板をかまどの上に出しておく。
それが熱くなる間にリヨンがドングリの粉と鳥の卵などを混ぜ合わせてタネを作る。パンと呼んでいるが、具のないお好み焼きか厚めのクレープが近いだろうか。
石板に油を塗ってその上にタネをオン。
焼いてる間もリヨンはじっとしていない。
かまどの隅に動かされていた鍋を開けると短剣でブロック肉を取り出し、まな板の上に載せて一口大にカット。再度鍋に投入し、次は味見をしながら岩塩と野草を加えて味を調える。
残念ながら俺には味覚がないので、細かい味付けができない。超絶不器用だから、肉を一口大に切るのもリヨン任せだ。
まあ、人間ではないので、どうしてもできないこともある。
リヨンも作業は全部足で行ってるし。
パンが焼けたところで食事の始まりだ。石の皿にモルモラのスープとドングリパンを盛りつけてテーブルにつく。
食べることはできないが、俺も食卓にはつくことにしている。食事時のコミュニケーションは大事だと思うからだ。
「ミラ、今日もドリさんのところへ行くのかい。」
そう尋ねると、ミラはコクリと肯いた。ドリさんにはその広大な知識を生かしてミラの家庭教師をしてもらっているのだ。
「ふぁい、ふょうふぁひょ。」
おーけー。とりあえず、口の中が空っぽになってからもう一度答えてくれ。
「うん、今日もお昼までおべんきょう。」
「今は何を教えてもらってるんだ。」
「えーと、さんすうとよみかき。それとまほうをすこし。」
「そっか、今日は用事もないし、私も教えてもらいに行こうかな。」
俺とミラの会話にリヨンも加わってきた。
コイツはミラがドリさんに勉強を教えてもらうようになってから、ちょくちょく授業に参加しているのだ。ミラと一緒にいたいのが半分、母親としてリヨンよりバカではいけないと思っているのが半分といったところだろう。
「やったー。今日はママもいっしょだ。」
無邪気に喜ぶミラ。本当にうちの子は天使だぜ。
「魔法も教えてもらってるらしいけど、ミラは魔法を使えるのか。」
人間は魔力が少ないから、道具や魔法陣がないと魔法は使えないって話を昔聞いたんだが。
そんな疑問から出た俺の質問に、ミラは鼻息荒く胸を張った。
「できるよ~。ちょっと見ててね。」
そう言って席を立つとチョコチョコと食事場を出ていくミラ。「まだ、ご飯の最中だぞ。」と言いながらも、俺とリヨンも後を追った。
ミラは少しの間キョロキョロとあたりを見回すと、ちょうど良い物を見つけたのか。森の入り口に生えた一株の草の前で立ち止まった。
俺たちの方を振り返り、ちゃんと見ていることを確かめた後で、手を掲げ呪文を唱える。
【いとしずけきみどりのせいれいよ。わがこえにみみをかたむけ、わかきいのちにかくべつのじひを。伸びゆく若木】
少し舌足らずだが、なかなか堂に入った精霊魔法の呪文。見ていると緑一色だった草が一つの蕾をつけ、しばらくして花を開かせた。
「わー、すごいよ。ミラ、やっぱり私の娘は天才だわ。」
親バカをいかんなく発揮するリヨン。両の翼でミラの頭をなでまわしている。
なるほど、少ないとはいえ人間にも魔力はあるのだから、慣れればちょっとした魔法は使えるのかもしれない。
「本当にすごいぞ。まだ小さいのに大したもんだ。」
俺も誉める。ミラは本当に嬉しそうで、こっちまで嬉しくなってきてしまう。
そんなあたたかな空気の中で俺たちは残りの朝食を片付けた。
『それで、相談てのは何なんだ。』
ガラードンが尋ねてくる。そのわきにはサリーさんが座っている。
朝食が終わって、ミラたちと別れた俺はデモンズゴートの岩場に来ていた。
「実はミラのことなんだが、最近ちょっと悩んでてな。」
『なんだ、なにかあったのか。』
相談内容がミラのことと聞いて、ガラードンの顔にも真剣さが増す。
「いや、なにかあったっていう訳じゃない。最近は気候も良くて病気もしてないし、ミラは素直ないい子だし。ただな」
『なんだよ。はっきりしないな。』
いい加減、焦れてきたガラードンの様子に俺も覚悟を決めた。
「実は、あの子に人間の友達を作ってやれないものかと思ってるんだよ。」
『?!、おまえ、そりゃ』
ガラードンは何かを言いかけたが、考え込むように首をひねって沈黙した。代わりに口を開いたのはそれまで静かに話を聞いていたサリーさんだ。
『なるほど、確かにミラちゃんの友達はホルンをはじめ、デモンズゴートばかり。ミラちゃんは人間ですから、人間の友達も必要だと考えるロクさんの気持ちは分かります。』
『それは分かるが。しかし、そんなことが可能なのか。』
ガラードンの疑問はもっともだ。先日、ドリさん&ピンクさんにも同じことを言われたし。
魔物に対する人間の警戒心は強い。それは一時期人間の友達を作ろうとしていた俺が一番分かっていた。
「でも、このままこの山の中で一生を過ごすのがミラにとって良いとは思えないんだ。もちろん、なにがあってもアイツは俺たちの娘だが、それでもいずれは人の間に戻っていけるようにしてやらなければならないだろう。」
それに、ミラの父親のこともある。
ミラの母親たちを襲った賊の存在は気がかりだが、もう5年も経つ。たとえ何か陰謀があったとしても、ある程度はほとぼりも冷めているだろう。
ミラの父親が生きているのなら、なんとか会わせてやりたい。
もちろん、慎重に行うつもりだが、人里でなら何か情報が得られるかもしれない。
『うむ、お前が本気なのはわかった。今は名案が思いつかんが、心にはとどめておいて何か方法を思いついたらすぐに知らせよう。』
『ええ、私たちもミラちゃんのことはホルンの妹の様に思っておりますから、真剣に考えさせていただきます。』
「ありがとう。よろしく頼む。」
結局、その日は結論が出なかったが、ガラードンとサリーさんの心強い言葉を貰って俺は岩場を後にしたのだった。
ミラに人間の友達を作ってやりたい。
俺のその願いが天に届いたわけではないだろうが、事態は数週間後に思わぬ進展をした。
おめでとう! ミラは
ヨウジョに しんかした!