第7話:東方の武人
今回は普段のロク視点ではなく、三人称視点になっています。
グレイス王国の都、インストラ。
その中心、王城の門前に異装の男が現れたのは、ひどく風の強い日の事だった。
城門を警備する衛兵は前方から妙な男が近づいてくることに気が付くと、休憩していた同僚に声をかけた。
ほんの少しばかり年上の同僚は兜を被りなおすと、槍を持って控えの部屋から顔を出した。
「ほう、なんだか妙な格好をしてやがる。この国の人間じゃなさそうだが、何の用だろうな。」
「さあな、だがすぐに分かるさ。あっちが説明してくれるだろうからな。」
男の足取りには旅人にありがちな迷いがない。人ごみの中をまっすぐに城門へと向かってくる。
その様子から衛兵たちは男の目的地は王城であろうと判断したのだが、それは間違ってはいなかった。
まあ、だからと言って近づいてくる男を通してやる気もなかったが。
男が門の前で足を止めた。王城を見て、衛兵たちを見る。値踏みするような視線だった。
衛兵たちも男を見返す。袖が大きく開いた特徴的な装束を身に着け、背中と腰に変わった意匠の曲刀を帯びていた。後ろで結わえられた黒髪が、吹き付ける風に荒ぶるように揺れている。
「グレイス王に用があル。面会させていただこウ。」
率直で、無謀な第一声に衛兵たちは思わず苦笑した。
「王との面会を希望ですか。お約束がございますか。ない場合は身分を証立てていただいたうえで、審査待ちとなります。紹介状などをお持ちの場合はこちらで一旦預からせていただきますが、いかがでしょうか。」
口調こそ丁寧だが、道理を知らない田舎者を馬鹿にする調子が紛れている。
だが、男は気にした様子もない。門番の説明を聞き終えると、肯いた後で、短く言葉を発した。
「火急の用ダ。押し通らせてもらおうカ。」
王宮付けの騎士であるコナーズ・エアのもとに知らせが届いたのは、門前で騒ぎが発生して間もなくのことだった。
門に控えていた衛兵の1人が報告に走り、それを受けた騎士団長ローン・ニックスがコナーズをはじめとした数名を出動させたのだ。
手早く装備を確かめ、控えの間から飛び出せば、扉の外では見知った顔が驚きの表情を浮かべていた。
どうやら扉を勢いよく開けすぎてしまったらしい。
「申し訳ありません。司教様。城門の前に狼藉者が現れたと聞き、駆け付けるところだったもので。」
あわてて姿勢を取り繕い、頭を下げる。相手は王都司教のカタリ・テレーズだった。
ぶつかったりはしなかったようで、ケガはない。
カタリは信仰心篤く、魔法研究でも名を馳せている才色兼備の女性司教だ。
うっかりケガでもさせたら、騎士団の中にもいる彼女の信奉者にどれほど恨まれるかわからない。コナーズはホッとした。
「そんな。こちらこそお邪魔して申し訳ありませんでした。」
そう言って、恐縮するカタリ。コナーズも再度頭を下げると、改めて城門へと足を急がせた。
コナーズが到着した時。男は、城門のわずかに内側、王宮への道の端に立っていた。足元には今しがた叩きのめされたと思しき衛兵たち。
周りをぐるり、槍を持った衛兵に囲まれてなお、男の顔には笑みがあった。
コナーズたちが到着すると衛兵たちの顔にあからさまな安堵の表情が浮かぶ。だが、男を目にしたコナーズは背中に冷たい汗が伝手っていくのを感じていた。
(尋常な使い手ではない。)
腰の剣に手が伸びかけたが、何とか堪えた。相手は剣を抜いていないし、衛兵にも死人はいないようだったからだ。
手加減できる相手でないことは明白で、剣を抜けば、すなわち殺し合いになる。
自分にせよ、相手にせよ、人が死なないに越したことはない。
コナーズの緊張感と同じものを同僚たちも感じたか。両脇に散らばり、それとなく男を包囲する位置に着く。
「その装束。ホムラの戦士と思われるが、一体どのようなご用件か。」
問いかけるコナーズを男が面白そうに見やる。飄々とした態度に反し、一切の隙が無い。
「火急の用ダ。王に会わせて貰いたイ。」
「なるほど。しかし、王は多忙ですぐには面会出来ない。貴公の申し出はこの王宮付き騎士コナーズ・エアが責任をもって上奏すると約束しよう。今日の所は引き上げていただきたい。」
この発言、嘘ではないが本当でもない。
既に騒ぎになっているため、王や宰相、とまではいかずとも上層部には報告がなされるはずだ。その時に、この男の武勇と目的を伝えることぐらいは出来るだろう。
咄嗟に、コナーズはそう考えていた。
しかし、男の返答はにべもない。
「悪いが、そのような言葉を真に受けるほど愚かではなイ。お主、なかなか舌が回るようだが、騎士など辞めて女衒にでもなった方がいいのではないカ。」
「貴様っ!!」
女衒呼ばわりされ、流石にコナーズも剣を抜いた。衛兵たちが道を開けるように、わずかに左右へ動く。男はその様子を目を細めて見ていた。
殺気を纏ったコナーズが1歩踏み出そうとした瞬間、場違いな声があたりに響いた。
「待ってください。その人に剣を向けてはなりません!!」
視線は目の前の男から動かせないが、声で誰かは分かった。
「カタリ司教。どうしてここに。もしや、この男は知り合いですか。」
「けが人でもいるのなら治療をさせていただこうと参りました。それとこの方とは初対面です。」
司教であるカタリは優秀な魔法使いでもある。けが人の治療もお手の物だ。
とはいえ、基本的には戦闘員ではない。百歩譲っても後方支援が精いっぱいだろう。
だと言うのに、カタリは衛兵たちを押しのけると、止める間もなく侵入者の前に立った。
目の前の無法者をまっすぐに見据えると、両の手のひらを胸の前で組み合わせ、頭を小さく下げる。聖職者の礼を行った。
「私はこの王都・インストラで司教を務めております。カタリ・テレーズと申します。背中にお持ちの“神器”の“管理者”とお見受けしますが、よろしければお名前とご用向きをお聞かせ願えますでしょうか。」
堂々と、口上を述べるカタリ。しかし、よく見ればわずかに足が震えている。武器を持った無法者が怖くないわけがない。
一方で、彼女が口にした「神器」という言葉に衛兵たちがざわめく。
不敵な雰囲気を纏っていた男の目が一瞬、わずかに見開かれた。そのまま、カタリのことをまじまじと観察する。
しばしの沈黙の後、男は再び口を開いた。
「一目で見抜くとは、流石はグレイス王国。いや、聖職者なれば、コウロゼン神聖国ということカ。なかなか、侮れヌ。」
半ば独り言のようにつぶやくと、カタリに対して不意に態度を改めた。
カタリにまっすぐ向き直ると、深々と頭を下げる。
「俺はカタナモリのジンカイ。グレイス王に謁見を求めたイ。この度の無礼は謝罪させてもらウ。なにぶん、通常の手続きでは謁見は不可能と思ったためダ。」
「しかし、神器に関することであれば、通常の手続きでも謁見できたのでは。」
「みすぼらしい異国の者が急に神器を持っていると言ったところで、取り合ってはもらえまイ。」
それはそうかもしれない、とカタリは思った。
「神器」とは、既に失われた古代神聖文明。神々の時、その遺産。
適性を示した所有者は人を超越した力を得て「勇者」と呼ばれることとなる。
それは通常、国家レベルで管理・秘匿されるものであり、この男の様に無造作に背負って旅をするものではないのだ。
「それと、俺の用件についてだガ、」
男はそこで言葉を区切ると、カタリを自分の方へと手招いた。
異国の武人の間合いへと入ることに抵抗を感じるカタリだったが、己を鼓舞して歩を進めた。
男まであと一歩の距離まで近づくと、男の方からさらに半歩近づいてきた。カタリも、それを見ているコナーズたちも緊迫した。
男はそんな雰囲気も意に介さない様子で、小さく口を動かした。
カタリだけが、かろうじて聞こえるほどの声だった。
発された単語はわずかに3つ。しかし、それ聞いたカタリの目は驚きに見開かれた。
「どうして、それを。」
答えるジンカイの表情はふてぶてしい。
「未来を覗き見る術をもっているのは、なにもこの国だけではないということダ。それで、どうすル。」
カタリはしばし考えてから、口を開いた。
「まずは宰相と面会していただきます。その時は私も立ち会います。そこで調整がつき次第、国王との謁見がかなうでしょう。
それと、神器は別としても、王宮に入るのですから武器は預からせていただきます。」
カタリの答えを聞いて、ジンカイは顎に手を当てた。髭の感触を確かめるように、少しばかりなでている。
「まあ、そんなところだろうナ。では、案内してもらおうカ。」
ジンカイが肯くと、カタリはコナーズたちに向き直った。
「私は先に宰相の所へ行っております。あなた達はこの方を面会室へ案内してください。」
半ば置き去りにされていたコナーズであったが、カタリの指示には何とか肯いた。
カタリはそれを確認すると小走りで王宮へ戻って行く。
その後姿を見送っていたコナーズにジンカイが声をかけた。
「なかなか、いい女だナ。度胸があって、情が強そうダ。」
先程までの剣呑さはないかわりに、今度は品がない。
コナーズが険しい視線を向けると、男は腰にさしていた曲刀を差し出してきた。
「司教殿に言われたのでナ。しばらく、預けておク。カタナはモノノフの魂。粗末に扱うナ。」
そう言うと、散歩でもするようなゆったりとした歩調で王宮へと向けて歩き出す。
刀を抱えたコナーズは慌てて先に立つ。
その姿を衛兵たちが仲間の手当てをしながら見送った。
ホムラ皇国のモノノフ、ジンカイが王都・インストラに迎えられた翌々日、謁見の間には文武の百官が集められていた。
頭上には巨大なシャンデリアが輝き、壁面の随所に壮麗な装飾が施された大広間。壁際には隙間なく官吏が立ち並び、更なる威容が添えられている。
大陸一の権勢を誇るグレイス王国。その偉大さを各国の賓客に見せつけるための舞台の中央に、今日は一人の男が膝をついていた。
男は異国の装束に身を包んでいた。
袖の大きく開いた着物の前を帯で締めたその姿。
地味ではあるが、元の仕立ては悪くなかったであろう服は、長旅にくたびれて所々擦り切れている。
年は30をいくつか超えたところだろうか、無造作に束ねられた髪は黒々としており、その眼に宿る光も未だ若々しい。
ただ、眉間に深く刻まれた皺が、彼の超えて来た旅路の厳しさを物語っているようだった。
「カタナモリのジンカイ」。数日前に突如として現れた東方の武人。王国が待ちわびた“神器”の“管理者”。
その正面、上座には3人の男女がいた。
3人は空の玉座を囲むように立っている。
そのうちの一人。もっとも玉座の近くに立つのが宰相のビゼール。痩せた顔と雪のような白髪が彼の担う重責を示している。
その眼差しはどこまでも怜悧で、研ぎ澄まされた剃刀を思わせた。
宰相と対になるような形で、玉座に向かって左側に控えているのが将軍・レナード。
彼は内心、舌を巻いていた。
目の前の男のたたずまい。己を取り囲む武官にも、玉座の風格にも気圧されず、ただしなやかにそこにある。
血に飢えているわけでもなく、戦いを忌避しているわけでもない。穏やかに凪いだ湖の深奥に龍が微睡んでいるような。そんなイメージを抱かせた。
自身、ひとかど以上の武人であるという自負はある。さらには、男はすべての武器を手放していて、自分は腰に剣を佩いている。
しかし、それでも、
(容易に切れるものではない。)
そう、思わずにはいられなかった。
一方、玉座を挟んでレナードの反対側、ビゼールの隣に立つ女、王都司教・カタリの関心の中心はジンカイではなかった。
緑色を帯びたつややかな黒髪、しっとりとした大人の美貌を禁欲的な神官衣に包んだ彼女の視線は、遠国からの来訪者を気にしつつも、手前に置かれた台座にどうしようもなく引きつけられていた。
彼女の関心を奪っているのは一振りの刀剣。片刃で湾曲した独特な形状。かの国で使用される「カタナ」によく似ている。
しかし、明らかな差異も備えていた。刀身は燐光を放ち、鞘、柄に至るまで随所に刻まれた高度神聖術式が目の前のものが超常の力を備えていることを物語っている。
「神器」
これを王国にもたらしたが故に、異国の戦士はいま異例ともいえる謁見の場を得たのだ。
カタリは聖職者にしてすぐれた魔法使いでもある。多数の呪具と呪文を駆使して目の前の「神器」の真贋を見極めたのは彼女だ。
ゆえに、この場の誰よりも目の前の神器の超越性、神聖性を理解していた。聖職者としては奇跡性に、魔法使いとしては超魔術性にどうしようもなく惹きつけられてしまっていた。
広間に先ぶれのラッパが響き、奥の扉が開く。文武百官がひざまずく中を、護衛を引き連れた王が進んでくる。
グレイス国王、ガイヤ・グレイス。ゆっくりと玉座に腰掛けた男は静かに大広間を睥睨した。
年相応に恰幅は良いが、どちらかと言えば小柄な体を金糸銀糸で縫い取られた豪奢な衣装に包んでいる。
髪と同じ褐色の瞳から、その感情は読み取ることはできないが、そこから自然と発せられる威圧感は正に王者の風格と言える。
王の許しを得て、官吏が面をあげる。今から始まるのは儀式だ。
神器をもたらした異邦の武人を王国に組み込むための。
神器を王国にもたらすにあたって、ジンカイと名乗るこの武人はいくつかの条件を出し、それを王国は呑んだ。
条件はいずれも些細なことと言って構わないほどのものだった。
しかし、例え貴族の地位、特権を求めたとしても王国は首を縦に振ったであろう。
それほどに、神器の意味は大きいのだ。特にここグレイス王国においては。
王の登場により空気が極限まで張り詰めたその時、典儀官により謁見の開始が告げられた。
本文中では少ししか触れていませんが、ジンカイさんはあくまで神器の「管理者」。
神器に適応して使用できる人ではなく、お手入れする人です。
カタリさんは国教である「聖智教」の王都・インストラにおける実質的なトップです。まだ若いのにエライ。多分、組織内のやっかみとかスゴイはず。
総本山は別にあるので、ポジション的には支社長ってかんじです。
聖職者の地位は、
教皇≧枢機卿≧大司教≧司教>司祭>助祭
となっています。