第96話:少女・マイトネ
「あ、あの、岩石精様?」
(ゴーレム様!?)
勝利の余韻の中、聞き覚えのない声に呼ばれ、俺は振り向いた。
視線の先には、俺の背中で激しく揺さぶられたため完全にグロッキー、というか屍と化しているカサンドラと侍女のオソノ。
そして、先ほど悪鬼たちに追われていた少女がいた。
どうやら、俺に呼びかけたのは少女の様だ。
「俺を呼んだのか?」
魔物である俺たちに、普通は呼びかける人間などいない。そう思って尋ねると、驚いた表情こそしたものの、勢いよく首を縦に振った。
「は、はい。助けていただいてありがとうございます。」
悪鬼に追われていた動揺か。それとも俺たちが怖いのか。わずかに震えているが、思いのほかしっかりした声に驚く。
メロなどは動じた様子もなく、お礼を言われてご満悦らしい。
「ケガはしていないか。それと、魔物が怖くないのか?」
俺が尋ねると、少女は微笑した。
「お気遣いありがとうございます。お二人のおかげでケガはありません。あと、魔物はもちろん怖いですが、大地の精である岩石精様は私たちドワーフにとって守り神も同じです。恐れるなど、ありえません。」
(ドワーフ!?)
と、言うことは目の前のこの少女は亜人ということになる。
言われてよくよく見てみれば、普通の人間とは少しばかり様子が違うことに気が付いた。
まずは髪だ。毛の量が多いのか太いみつあみが二本、背中で揺れているが、その色は只人にはない鮮やかな橙色だ。
顔つきから判断すればミラよりも少しばかり年長に思えるが、背は低い。
それだけなら個人差ともいえるが、なんというか、たくましいというか、骨太な印象がある。
太っているわけでもなく、いわゆるトランジスタグラマーに近い体型なのだが、全体にガテン系なパワフル感があるのだ。
なるほど、ドワーフだったのか。それなら、俺たちを怖がらないのも文化の違いということで納得できる。
カサンドラもドワーフにとって岩石精と火炎精は崇拝の対象だと言っていた。
「そういうものか。俺の名はロク。こっちのはメロという。」
自己紹介を行い、続いて疑問に思う部分について質問してみる。
「それで、君はなんであんなところで悪鬼に追われていたんだ。ドワーフってもっと奥地にある、ドワーフヘイムに住んでいるんじゃないのか。」
質問に対して、少女は口にするのをためらう様に眉根を寄せた。
しかし、それも一瞬。次の瞬間には濃い眉と大きな目が真っ直ぐにこちらに向けられた。
「名乗るのが遅くなり、申し訳ありません。私はドワーフヘイムに住まう7氏族の1つ。青い灰族の長・ラザホーズの孫娘、マイトネと申します。」
背筋を伸ばし、かしこまった自己紹介。
つられて、少し居住まいを正した俺に向け、少女、マイトネはさらに言葉を続ける。
「ロク様とメロ様にこうして会えたのも、鍛冶神カナヤゴのお導き。どうか、私の故郷を、ドワーフヘイムを助けるためにお力をお貸しください。」
マイトネが深々と、それこそ平伏せんばかりの勢いで頭をさげる。
突然のことに驚いたが、なるほどカサンドラの言っていたことと合わせて事情が少し見えてきた気がする。
「それはつまり、ドワーフヘイムが悪鬼に襲われているから、その助太刀ということか?」
「は、はい、そうです。何故、それを」
なるほど、カサンドラの予言の力を試すつもりが、騒動に向けて最初の一歩を踏み出してしまっていたわけか。
いや、まあ予想されてしかるべきだった気もする。俺はもっと頭を使わなきゃいけないな。
「分かった、とりあえず話を聞かせてもらおう。ただ、その前に治療をさせてくれ。」
流石に腕がもげたままでは不都合だ。俺がそう言うと、マイトネは恐縮しきり。
「す、スイマセン。気づかず、勝手なことをまくしたててしまって」
小さくなってしまうマイトネに、気にするなと手を振ってから、体の修復を行う。
右腕をつなげ、体中に走ったヒビを直す。体は傷んでいるが、魔力はそれほど使用していないから岩練成の要領ですぐに直った。
メロも右手を自分で直していた。
ピンクさんに貰った衣装が破れてしまったのを気にしている。本気で残念そうだ。
一通りの作業が終ってから、改めてマイトネに向き直る。
「待たせてすまなかった。改めて、俺は岩石精のロク。こっちはメロ。そこでグロッキーになっているのが、自称・予言の巫女のカサンドラと侍女のオソノだ。」
「カサンドラ、本物なんですか?」
まあ、そこ気になるよね。
「俺はある程度信じてもいいと思っている。ドワーフヘイムが悪鬼に襲われていることは彼女から聞いたし、君を助けられたのも彼女のおかげだ。」
「では、すでに私たちに起こったことはご存じなのですか。」
“起こったこと”を思い出したのか。声が沈んでしまったマイトネに、俺は首を振る。
「いや、実はほとんど事情が分からないんだ。カサンドラからはドワーフヘイムが危機に瀕していること、それを助けてほしいとだけ聞いている。
そして、俺は結論を保留中だ。だから、教えてくれないか。ドワーフヘイムに起こっていることを。」
「それについては、私からもお願いいたします。」
横から声をかけてきたのは、さっきまで地面に倒れていたカサンドラだ。
顔面は未だ蒼白。口元についているのは、ひょっとして吐しゃ物の名残だろうか。いや、よそう。俺の勝手な推測で女性の尊厳を傷つけてはいけない。
マイトネと話をしている間ゲーゲー聞こえたのは、きっと気のせいなのだ。
「少し、長くなりなりますが、」
そう前置きをして、少女は話しはじめた。




