第82話:旅立ち
「まあ、こんなところじゃろう。情報が少なくて、判断がつかぬところも多いがな。」
打ち合わせ終盤。ドリさんはそう言って話をまとめた。
『ああ、ありがとう。参考にするよ。』
「あとは、他になにかワシらに出来ることはあるか。」
言われて俺は思い出す。
『あ、そうだった。首なしゾンビの服があれば、ピンクさんに見繕ってもらいたいんだけど。』
これを聞いたピンクさんの反応は速かった。
『まっかせて~☆もう、さっきから気になってたの~♪可愛い衣装がうなってるわよ~ッ!』
ピンクさんが聖樹の幹を駆け上がる。次の瞬間、生首ゾンビの体に糸が巻き付けられ、猛烈な勢いで聖樹の枝の上に釣り上げられていった。
『ア、ぁあアァああぁあアアあ』
首なしゾンビが悲鳴とも歓声ともつかない声を上げて、樹上に消える。
見た目は完全に捕食シーンだ。
『それじゃあ、俺は何か使えそうなものがないか。家を見てくるよ。まだ2・3時間は余裕があるんだよな。』
こう聞くと、ドリさんの表情がきつくしかめられた。昏倒している男たちを指さして言う。
「時間についてはその通りじゃが、家の方は無駄足になるぞ。こやつらが好き勝手荒らしてな。金目のものは持ち去られたし、それ以外は打ち壊されておる。」
無駄足になる。そう言われても、俺は小屋の所まで行かずにはいられなかった。
ミラを拾った後に作り、それから10年以上3人で過ごして来た場所。
そこで俺は立ち尽くしてしまう。
最後に見てから、まだ一月も経ってはいないのに、既に廃墟と化していたからだ。
扉は壊され、家の前には家具や皿などの家財道具がうち捨てられている。脇の方では衣類でも燃やしたのか、大きな焚火の後が黒い影のように地面にこびりついていた。
気が付くと、俺の体は小さく震えていた。
改めて、自分たちが直面している現実を突きつけられた気分だ。
『なんで。俺たちが、一体、何をしたっていうんだ。』
この森と、イスタ村、辺境で穏やかに暮らしていただけだったはずだ。それなのに、罠にはめられ、執拗に追跡され、棲み処も荒らされる。
それほどの報いを受けることを、俺たちがいつしたと言うのだろうか。
「予言とはそういうモノだということじゃろう。聖智教とそこからもたらされる予言はこの国の根幹。つまり、ワシ達の相手はこの国すべてという訳じゃ。」
背後でドリさんが言う。俺は返事をしない。
もとより、返事を期待していなかったのだろう。ドリさんは気にした様子もない。
「しかし、どのような理由があろうが、相手が誰だろうが、お前はミラを守るんじゃろう。打ちひしがれとる場合じゃあるまい。」
口調は穏やかだったが、その台詞は俺に火をつけるのに十分だった。
我ながら現金だが、自分の背筋が伸びるのが分かった。
そうなのだ。ミラもリヨンも、まだ頑張っているはずだ。俺もこの程度でショックを受けている場合ではない。
とはいえ、どうするか。生首ゾンビの装備品に短剣くらいは確保したいと思っていたのだが。
そのことを相談してみると、ドリさんは心配するなとばかりに肯いた。
「それなら、ジャスパーが置いていった荷物を探してみよう。好きにしてよいと言われておるし、何か役に立つものがあるかもしれぬ。」
ドリさんの提案通り、ジャスパーの荷物を漁ってみる。なんだかよくわからないものも多いが、とりあえず片刃の短剣をはじめとしていくつかの道具を確保した。
ちょうどいい鞄もあったので、俺用と生首ゾンビ用でそれぞれまとめておく。
本来の大きさでは手こずったであろう作業も小さくなって器用さが上がった今ならスムーズに済んだ。
もっと早くに気が付いていれば、ここでの生活も少し変わっていたかもしれない。
作業しながらそう言うと、ドリさんがジト目になった。例の岩石精なのになぜ知らない。と、いう表情だ。
久しぶりだからか、なんだか笑えた。
作業が終ったところで、ドリさんが見慣れたものを持ち出して来た。
「これを忘れるところじゃった。お前にしか使えんというのにな。」
それは魔声環だった。
『え、どうして?』
「お前が冬虫禍草と戦った後に、リヨンに言われて予備を1つ作っておいたんじゃ。何かの役に立つじゃろう。持っていけ。」
小型化した俺にはちょっと大きすぎる。腕を通して、肩にかけることにした。首でなくても使えるだろう。
「ありがとう。ドリさん。」
久々の声。自分では出来がよくわからないが、ドリさんはよく出来たとでもいう様に肯いた。
「礼ならリヨンに言うんじゃな。」
分かった。そうする。
作業が終ったところで、糸を伝ってピンクさんたちが樹上から戻って来た。
『お待たせ~♪』
『オまたセ』
着地する首なしゾンビの姿は完全に見違えている。
身に着けている服。形としてはベトナムの民族衣装、アオザイに近い。
上半身をぴたりと覆い、前後にひざまでの長さの垂れが付いている。色は赤墨色、とでもいうのだろうか。赤みをおびた灰色だ。
下半身は同じように細身のズボン。足元は足首から膝下までを紐で編み上げるタイプの革靴。
薄汚れていた髪や顔も洗ったのだろう。清潔になっていた。
『時間はなかったんだけど、ミラちゃん用に用意していたのが着れてよかったわ♪ちょっと大きいけど、平気よね☆』
なるほど、それで袖口を折り返しているのか。
『キに、いッタ』
カクカクとうなずく生首ゾンビ。
短剣などを詰めた鞄を渡すと、礼を言って受け取り、ガサガサとさばくりはじめる。
それをよそに、ピンクさんが真面目な調子で話しかけてくる。
『ロク、着替えの最中にいろいろ彼女の体を調べてみたんだけど、』
『どうでした?数日前に急に喋り出したり、動き出したりで驚いているんだけど。』
『とりあえず、元が獣人、獣人の女のコなのは確実ね。髪は長いし、虫食いになってるけど耳があるし、顎のラインとかも男とは違うわ♪』
よかった。無理やり女装させられたオッサンゾンビはいなかったんだ。
『それで、ここから先は私も確信があるわけじゃないんだけど。どうやら彼女、ゴーレム化し始めてるみたいなの☆』
『ゴーレム化?』
『ええ、そうよ。実際、見てもらった方が早いわね♪』
そう言うと、ピンクさんは首なしゾンビを呼んだ。短時間でも打ち解けたのか。ゾンビが素直に近づいてくる。
『ホラ、ロクもドリさんもこの娘の首筋をみて?』
そう言われ、ドリさんと一緒に覗き込む。
元々、首の接合部は石の台座の上に生首をセットし、俺の岩練成で形状を変化、首の周りガッチリ締め付けていた。
『これは、継ぎ目がなくなってきてる?』
わずかにだが、首の周りを締め付けていた石の輪と肉体の境目がおぼろげに溶け合っている。
俺が見たままの感想を言うと、ドリさんも興味深げに肯いた。
「なるほど、ロクの作った石の体と本来のゾンビの体が癒着しつつあるということか。恐らく、仮面の方もそのうちくっつきはじめるじゃろう。」
『でも、そんなことがありうるのか?』
率直な疑問を口にすると、ドリさんはウ~ムと腕組みをした。
「お前さんが定期的に魔力を与えたことと、その後、瞑想を行っていたことが影響しておるのじゃろう。長い年月の間に、動植物の死骸が石と化すこともあるし、石化の魔法を使う魔物もおる。ありえなくもない。
まあ、実際動いておるんじゃから、そういうもんだと思うんじゃな。」
生首ゾンビは俺たちの用事がすんだと判断したのか、荷物漁りに戻っている。
そちらを見ながら、ドリさんが言う。
「元がゾンビとは言え、一度巻き込んだんじゃ。無責任なことはするんじゃないぞ。」
説教クサイ台詞もなんとなく心地よい。
『ああ、分かってる』
生首ゾンビに目を向けると、新しい鞄を調べ終って、すでにそれを背負っている。
話をして、今後の方針が決まり、ゾンビの服をはじめとした装備も整った。
ここでの用事が片付いてしまったことを、俺は知った。
出発の気配を感じたのか、生首ゾンビが俺のそばにやって来る。反対にドリさんとピンクさんは俺から離れて聖樹に寄り添った。
『準備はいいか。』
『ダイ、じょーブ。』
格好がまともになったおかげで、動きの奇妙さが薄らいでいる。
『二人とも、どうもありがとう。次はミラとリヨンを連れて帰って来るから待っててくれ。』
俺は嘘をついた。
騎士たちに聖樹の場所が割れて、これだけの人数が派遣されているのだ。例え、ミラとリヨンを救えても、俺たちはもうここへは帰れない。
完全無欠のハッピーエンドなんて、もうなくなっていた。
そんなことは二人とも分かっているだろう。でも、俺はそう言ったし、2人も明るく返して来た。
「ああ、待っておるよ。」
『私も☆ミラちゃんとリヨンに可愛い服、たっくさん用意しておくからね♪』
不意に、ピンクさんとドリさんが小さく細く見えて、思わず謝罪が口をつきそうになった。
巻き込んでゴメン。皆の、にぎやかで穏やかな生活を壊してゴメン。
そう言えたなら、どれだけ良かっただろう。
それでも、そんな台詞を二人が求めてないことは、流石の俺でもよくわかった。
代わりに、全然別の台詞を選ぶ。
『それじゃあ、行ってくる。』
「ミラとリヨンを頼んだぞ。」
『いってらっしゃい。気を付けてね』
2人の声を受け取ると、慣れ親しんだ聖樹に背を向けて歩き出す。
最後に一度だけ、振り返る。
手を振るドリさんとピンクさん。その後ろで、聖樹は今夜も堂々と空にその枝を広げていた。