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第81話:帰郷

 夜の闇に紛れて、俺たちは行動を開始した。

 穴蔵から這い出して、一路聖樹の森を目指す。


 少し距離のある丘の上から様子をうかがうと、山の麓にはたき火と思われる光が揺れていた。離れたところを行き来しているのは恐らく松明だろう。

 拠点として設置したベースキャンプとその周囲で立ち働く騎士や兵士たちの姿が想像できた。


 ぎこちない動きで後についてくる生首ゾンビにその様子を説明し、続いて方針の再確認。

『聖樹にたどり着くよりも、見つからない方が大事だ。状況によってはすぐに引き返すから、くれぐれも慎重に頼むぞ。』

『ワカっタ。』

 生首ゾンビは肯く。


 それはいいが、肯く動作もガクリと首の骨が折れたかと思うような動きでこちらが不安になる。

 普通に歩いているが、どうやって周囲の状況を把握しているのだろうか。

 元々の目はもうないし、そもそも仮面はのっぺらぼうで視界は通らない。


 疑問を抱えながらも歩を進める。姿勢を低くして、岩の影から木の裏へと。遮蔽物を経由していく。

 何度となく、それを続けた結果。騎士たちのベースキャンプを迂回し、山の登り口に差し掛かった。


「ロくッ」

 生首ゾンビの緊迫感のある声に、俺は足を止める。


 岩陰に伏せて息を殺すこと、数十秒。

 やがて、けもの道をかき分けて甲冑姿の男たちが姿を現した。森の中でコルダなどには騎乗していない。徒歩で手には槍や剣を備えていた。

 余裕をもって隠れたおかげで、男たちは俺たちのいることに気が付きもせず、ガヤガヤと音を立てながら去っていく。


 本当に、コイツはどうやって周囲の情報を得ているのか。なんだか、俺よりも鋭いような気がする。

 動きはぎこちなくて、見ていると不安になるが。


 聖樹の場所は俺しか知らないから、俺が先導し、生首ゾンビがついてくる。自然と背後の警戒を任せるようになっていた。


 五感を研ぎ澄まし、ストップ&ゴーを繰り返すことで騎士たちを回避していく。

 ペースも悪くない。悪くないのだが、やはり巨体で好き勝手に駆け回っていた頃の様な速度は出せないのも事実。

 気が付けば、月は大きく西へと傾き、時刻は夜半を完全に過ぎていた。


 夜が明ければ、見つかる危険性が高くなりすぎる。わずかに迷いは生まれたが、見回りの数はそれほどでもなく、行程自体も順調だ。俺はさらに歩を進めた。


 慎重に距離を稼ぎ、ついに聖樹(ドリさん)領域(テリトリー)に到達する。

 聖樹を中心とした半径数百メートルに及ぶエリア。この中なら、ドリさんは好きに姿を現せるし、魔法も使える。何より俺たちが侵入したこともすぐに分かる。

 見慣れた髭づらが現れるのを期待して、数分待つ。


 しかし、ドリさんは現れない。

「ロく、ドおしタ。」

 生首ゾンビが尋ねてくる。こころなしか、戸惑っているような印象を受ける。

俺はちょっと考えてからそれに答えた。


『いや、ちょっと様子を見ていただけだ。進もう。でも、さっきよりさらに慎重に』

『シンちょウ、に。』

 慎重に、とは言ったものの、それからの行程は実にスムーズだった。一度、離れたところを麓へくだって行く騎士を目撃しただけだ。


 しかし、俺の心には不安が募っていた。

 テリトリー内にも関わらず現れないドリさん。近くでうろつく騎士たち。

 もう、聖樹ドリさん本体も抑えられているのではなかろうか。という、心配が消えない。


 それでも前進を続け、ついに聖樹の根元付近まで到達する。

 木の枝葉の隙間から覗いた瞬間、俺は全身から力が抜ける気分を味わった。


 聖樹の根元、そこにドリさんはいた。地面から張り出した根っこの1つに大儀そうに腰かけている。

 問題はその周り。

 武器を手にした騎士や兵士がぐるりと回りを固めている。その上、少し離れたところには天幕も張られて簡単な陣地まで作られていた。


 やはり、すでに聖樹(ドリさん)は捕捉されていたのだ。

 正直、ガックリときたが、ここで休んでいくわけにもいかない。

 俺は生首ゾンビに撤退を指示しようと思い振り返った。


「ロク、そこにいるのは分かっておる。大丈夫だから、出てこい。」

 ドリさんに呼びかけられ、思わずそちらに目を戻す。

 ほぼ同時、ドリさんの周りを固めていたはずの男たちが声も上げずにその場に倒れ伏した。


「こやつらは皆眠ってもらった。安心するがいい、2・3日は首を刎ねられても起きんわい。」

 そうつぶやくドリさんの声は今まで聞いたことがないほど、忌々しげだった。


 呼びかけに応じて、俺と生首ゾンビはおっかなびっくり木の陰から抜け出すと、ドリさんへ近づいた。

 それほど離れていたわけではないのに、何故だろう。見慣れた髭づらが不思議なほどに懐かしい。


『ドリさん』

 思わず名を呼ぶ。

 一方、ドリさんの方は変わり果てた俺の姿に驚きを隠せない様子だった。

「ロク、お前その姿はどうした。ミラとリヨンは一緒じゃないのか。それに、その娘は一体、」


 何から説明したものか迷い、俺は一瞬固まった。生首ゾンビは初対面のジジイに興味がわいたのか、不躾な様子でジロジロ見ている。

 そんな俺たちの様子をみて、ドリさんが口を開いた。


「む、すまぬ。一度に聞きすぎたか。ともかく、もう少し近くにこい。人間はすべて眠らせたし、ピンクにもお前の顔を見せたいでな。」

 そう言って再び根っこに腰掛けるドリさん。


 周囲で眠りこけている男たちを顎で示して言う。

「しばらく前に大勢で乗り込んできてな。道に迷わせるなりして追い返そうと思ったのじゃが、森に火を放つと脅してきおった。」


『でも、こんなことして大丈夫なのか。』

 俺の質問に、ドリさんはフンッと鼻を鳴らす。

「魔法を使ったのはバレるし、詮索もされるじゃろうがな。欲の皮の突っ張った奴らじゃ、聖樹(ワシ)を切り倒すような真似はせんわい。

 まあ、麓の方の見張りに定時報告をせんと増援が来るようじゃが、その報告もちょうど終わったところよ。話をする時間ぐらいはある。」


 もう少し詳しく聞いてみると、現在ドリさんは見張りの兵士の前に常に姿を現していることを要求されているうえ、葉や枝なども提供させられているらしい。

 もちろん、俺たちの侵入は把握していたのだが、行動を起こすのに定時報告が完了するタイミングを待っていたため、すぐには来られなかったとのことだ。


 ひとまず、俺がドリさんの現状を理解できたところで、樹上からピンクさんが現れた。

『ロク~☆無事でよかった~♪え、でも、どうしたのその身体~!?それにミラちゃんとリヨンは??その娘は何なの???』


 相変わらずのハイテンション。これにはさすがの生首ゾンビも引いて……、ヒいてない!?

 夜の闇の中、頭上から突如現れる巨大蜘蛛とか。トラウマ以外の何物でもないだろうに、生首ゾンビはキャッキャとはしゃいでいる。

『クも、かッこいイ~。』


 流石、頭も目も腐っている奴は言うことが違うぜ。

 そう思いながら、俺は口を開いた。

『とりあえず、今日まで何があったかを説明するよ。』


 そう切り出すと、ドリさんとピンクさんが身を乗り出してくる。ついでに生首ゾンビも。

 俺は出来るだけ要領よく簡潔に今日までの顛末を話し始めた。

 と、言っても「何故、襲われたのか」など、俺としても分らないことが多く、説明は所々歯切れの悪いものになった。

 それでも、2人+1は食いつくように耳を傾けてきた。


『……、それでこの生首ゾンビとここまで来たってわけだ。』

 そう話を締めくくると、ドリさんは力なくうなだれた。


「そうか。やはり、父親との面会は罠じゃったか。すまん、ワシが無理にでも止めておれば」

 それに対して威勢よく意を唱えたのはピンクさんだ。

『何言ってるの。私たちは、私たちはミラちゃんに幸せになってもらいたかっただけよ。謝るのは卑怯な手でミラちゃん達をはめた奴らよ。』

「しかし、」

『しかしもカカシもないわ。このジジイ。百歩譲って面会に行かせたのが間違いだったとして、私たちみんなの責任でしょ。ミラはアンタのモノじゃないのよ。』


 ドウドウ、落ち着いてくれピンクさん。

 俺が間に入ると、ヒートアップしていたピンクさんも徐々に落ち着きを取り戻した。

 しかし、ピンクさんが怒っているのを見たのは、初めてだ。オネエ風の人物が切れると怖いと言うのは本当だった。なぜか声も低くなっていたし。

 まあ、これはドリさんにじゃなく、ミラを傷つけた人間に対しての怒りなんだろうけど。


 ピンクさんに一喝されて、気持ちを持ち直したのか。背筋をピンと伸ばしたドリさんが髭をなでながら口を開く。

「とにかく、今はミラたちも無事であると信じて行動するしかあるまい。」


 その台詞には俺も肯く。

『そうなんだ。それで、ドリさんたちの意見を聞きたいと思って。生首ゾンビのおかげである程度、相手を混乱させることは出来たと思うけど、正直手詰まりなんだ。』

「ふむ、まずはミラとリヨンがどこを目指しておるか。が問題じゃな。」


 考え込むドリさん。それに答えを出したのは意外にもピンクさんだった。

『二人は南に向かっているんでしょ。それなら、リヨンの故郷を目指しているんじゃないかしら☆確か、王国南東の海沿いにあるって言ってたわ♪』


 確かに、リヨンは南から移動してきたはずだ。(まあ、ここは北の辺境だから、どこから来ても大体南から来たことになるのだが)

 故郷のことは余り話したがらなかったから、俺も詳しくは聞かなかったが、ピンクさんは俺より話を聞いているらしい。

 別に、悔しくはない。妬いているわけでもないし。


『でも、喧嘩して放り出されたんだろ。今さら、戻れるのか?』

 俺の疑問に、思案気な顔をしながらもピンクさんは口を開く。

『それでも、故郷ってのは特別よ♪こんな状況じゃ、特にね。』

 溺れる者は藁をもつかむと言うし、故郷が特別というのは俺にも分かる気がする。


「ふむ。十分あり得る話じゃ。リヨンの行動範囲はこの辺に限られておるし、他に頼れる者もあるとは思えんからの。

 じゃが、そこも結局は王国の中のこと。どれほど頼りになるかわからんし、そのことはリヨンも分かっておるじゃろう。あれでなかなか、しっかりしておるからな。」


 そう言った後で、ドリさんはより詳細な予想とこれからの俺の計画を提案してくれる。俺はソレを聞きながら、質問を挟んでいく。

 1つ予想外だったのは、ドリさんがかなり王国側の事情を掴んでいたことだ。これは嬉しい誤算だ。

 どうやら周囲をうろつく騎士や兵士から上手く情報を拾っていたらしい。

 打ち合わせはそれほど長くは掛からなかった。

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