第6話:負けられない戦いがそこにはある
今回も短いです。
聖樹の森のはずれ、大小の岩が転がる荒野で、2体の魔物がその巨躯に戦意を満たして向かい合う。
激突の予感に風さえも吹くのをやめ、鳥も声を潜めて辺りを窺っている。
いつにない緊張感が周囲を満たしていく。
『あなたー、がんばってー。』
『とうしゃま~、がんばれぇ~!』
「ロクー、負けんなよー!!」
「だぁ~。」
突然、のどかな応援の声が響き渡った。声の主は順番にサリーさん、ホルンちゃん、リヨンとミラだ。
訂正しよう。荒野のごく一部にはいつにない緊張感が漂っていた。緊張感の源は向かい合う二体の魔物。
つまりは、俺とガラードン。
周囲を取りまく緩い空気にも関わらず、俺たちの目に甘さは一切ない。
男には決して負けられない時っていうのがあるものだ。
事の発端は些細なことだった。
元々、俺とガラードンは組手というか模擬戦闘のようなものを定期的にやっていた。
群れの長として強さが必要なガラードン、自己鍛錬くらいしかやることのなかった俺、利害は一致していたのだ。
今日もそのつもりでガラードンが俺を誘いにきた。俺も二つ返事で了承したのだが、ここでリヨンが興味を示した。
普段なら「へぇー、行ってらっしゃーい。」で済ますのに。
多分、退屈だったんだろう。気が付けばサリーさんなどのガラードンの家族も加えて俺たちの組手を観戦することに決まっていた。
愛妻と愛娘の前で無様は晒せないガラードン。
俺もリヨンはともかく、ミラに良いところを見せておきたい気持ちはある。
これは、負けられない戦いだった。
『それでは、はじめっ!!』
審判役、ガラードンの息子のオヅノくんの掛け声で戦いの火ぶたは切られた。
先に動いたのはガラードンだった。
『行くぞ、ロク!【轟く蹄】【岩砕く角】』
デモンズゴートの固有魔法を二つも発現させ躍りかかってくる。蹄と角の強化、さらには双方に共通する肉体強化がダブルで掛かる。
真正面からぶつかれば大ケガ確実。しかし、俺は遅さに定評のある岩石精だ。機動力じゃ、なおさら勝負できない。
「おおおぉ!!【硬化】」
俺も固有魔法で全身を強化してガラードンを迎え撃つ。真っ向勝負、望むところだ!
唸れ剛腕!!とばかりに右腕を打ち下ろす。が、俺の拳は空を切った。
いくら肉体強化を行ったガラードンとは言え、あのスピードで方向転換は不可能なはず、となれば。
「上か!!」
叫んだ時には、既にガラードンは俺の頭上を飛び越え、背後に着地するところだった。ご丁寧に空中で半回転の上、ひねりを加えて角をこちらに向けている。
ヤバイ。背中をとられた。
慌てて振り返ろうとするが、激しい衝撃が脇腹に突き刺さる。
き、効く~。そのまま数メートル押し込まれてしまうが、何とかこらえて腰を落とす。
万が一、かちあげられてしまえば、そのまま身動きの取れない空中で強烈な突き上げを何度も受ける羽目になる。
そう、某格闘漫画の必殺技「ハ〇ケーンミ〇サー」の様に。
だが、このままじゃジリ貧だ。力と力の衝突の後、一瞬訪れた均衡に俺はすかさず呪文を唱えた。
【母なる大地の精霊よ。我が願いを聞き届け、宿敵を打ち砕く槌となせ。石槌隆起】
次の瞬間、ガラードンの立っていた地点に墓石のような形の巨大な石柱が地面を突き破って現れた。
もちろん、前振りの必要な精霊魔法を黙って喰らうガラードンではない。呪文を察知するや距離をとっていた。
だが、それも想定の範囲内。石柱によって俺の姿を見失ったガラードンを見下ろして俺は策の成功を予感した。
そう、俺自身も【石槌隆起】の射程に入っていたのだ。石柱に打ち上げられ、その上端に乗る形になった俺は狙いをつけると上空からガラードンに襲い掛かった。
『上か!!』
今度はガラードンが叫ぶ番だった。さすがの俺も声をあげながら襲い掛かる間抜けはしなかったのだが、地面に生じた影で攻撃を勘づかれた。
身をよじり何とか回避するガラードン。
「甘いぞ!!」
まだ、俺のターン!!
重量のある岩石精の体を受け止めた地面が大きくひび割れ陥没する。
これで、足場が悪くなりガラードンの機動力は減じたはず。さらに奴はまだ俺の射程内で、体勢をわずかに崩している。
「これで。終わりだ!!」
渾身の右を繰り出す俺。ガラードンも覚悟を決めたのか、最後の突進をかけてくる。
激しい衝突音があたりに響いた。
もうもうと巻き上がっていた砂埃がおさまったとき、荒野に立っていたのは一人だけ。
そう、俺だ。ガラードンは白目をむいて気絶している。
だが、俺も無傷という訳ではない。最後にガラードンの角と正面からぶつかった右の拳には大きなヒビが走っている。
土槌隆起を自分で受けたこともあり、胴体にもダメージがある。
見ようによっては俺の方が重傷かもしれない。
『勝負あり。』
審判役のオヅノ君が俺の勝利を告げる。しかし、その声はなぜか申し訳なさそうだ。
まあ、そんなことより今はミラだ。見てくれていたか、俺の勇姿を。……あれ?
その時、初めて俺は事態の異常さに気が付いた。
ちょっと訳が分からない。あまりのことに頭が状況の理解を拒否したがっている。
「オヅノ君、チョット聞いてもいいかな。」
『なんでしょうか。』
返答しながらも、オヅノ君は決して目線を合わせようとしない。
「観客は?」
『えーと、母たちは「ここにいると石などが飛んできたりして危ないから帰ろう。」と言って早々に帰りました。』
「マジかよ。」
今日一番の衝撃に、俺は膝から崩れ落ちた。
ぼちぼち、物語を動かしていきたい今日この頃。