Tirami su!
2-3
ハルはよく寝ている。終礼はいつも寝ているような気がする。
「ハルー?行かないの?終礼終わったよ起きてー」
ゆさゆさとハルを揺すると、ぱちりと目を開ける。うん、今日もハルはイケメンだ。
そんなイケメンは朱里を見て微笑む。そして、優しい口調で、朱里の名前を呼んだ。
「朱里ちゃん」
「な、なに?」
寝起きのイケメンの上目遣いに不覚にもときめいた。女子なら絶対落ちる。間違いないよ。
そんなことを1人で考えていると、ハルは朱里の予想もしないことを言ってのけた。
「デートしよう」
「ん?!」
聞き間違いでなければ、このイケメンいまデートとか言った。え、デート?誰が?誰と?
「ほら、早く準備してくださーい」
混乱している朱里をよそに、ハルはカバンをもって歩き始める。朱里も急いでハルの後を追った。
**
やってきたのは最近オープンしたばかりのおしゃれなお店。パフェをメインとしたスイーツの種類が豊富で、女子に大人気だとか。
店内はやっぱり、女の子でいっぱいだった。
「ここのクーポンをもらったの。」
「へぇ、誰にー?」
「知らない女の子」
「うわ、イケメンやばい」
でも向こうはハルのこと知ってたんだろうな、クーポン券くれるくらいだし。イケメンって罪だね。今だってハルがお店に入ったとき若干女の子が湧いたよ。
きゃーって。隣にいて少し恥ずかしくなった。同時に誇らしくもあるけど。
「朱里ちゃんも甘いもの好きでしょ?俺1人で来るのも恥ずかしいし。」
「ハルが1人で来たら戦争起きるよ!」
「なにそれ、俺何者なの」
イケメンだよ!
イケメンが1人でこんなところに来ちゃうと、女の戦いが始まってしまう、そういうものなんだよハル。
なんて考えつつ、メニューを開く。甘いもの好きなら間違いなくテンションが上がる様々なパフェ。よし、後で悠希に自慢しよう。
「いちごパフェ…あ!でもこっちのマンゴーパフェもおいしそうじゃない?ハルハル、どっちがおいしそう?」
「俺はマンゴーパフェ頼むつもり。だから朱里ちゃんはいちごパフェ…ううん、俺はティラミスにしよう」
「うーん、朱里はいちごにする」
「わかった」
そう言うと店員さんを呼んで注文を済ませてしまう。朱里は改めて店内を見渡した。やっぱり女子ばっかり。これって端から見ると朱里たちってカップルに見えるんじゃない…?
顔を正面に戻すと、ハルがとても優しそうに笑っている。はじめてあったとき、ハルがこんな表情をするなんて思っても見なかった。
「ハル、柔らかくなったね」
「だよね。自分でもそう思う」
1年の時のハルはもっと刺々してて、近寄るなオーラを出していた。なにがハルを変えたのかわからないけど、ずっと構い続けててよかったなと思う。
ハルと会ったのは1年の春、たしか梅雨の時期だった。
***
となりのクラスにイケメンがいる。
噂によると、彼は話しかけると鬱陶しそうにするし冷たいし、何事にも興味がなさそうで、いつも1人でいる。…らしい。
「いつも1人でいるとか寂しくないのかなあ」
「どうしたの朱里」
「なんの話だ?」
「となりのクラスのイケメン」
クラスメイトの莉音と悠希の質問に答えて、いちご牛乳を啜った。いや、寂しくないわけない。うーん。
唸ってふと顔をあげると、廊下にイケメンがいた。彼こそが今噂していた隣のクラスの人だ。すごくナイスなタイミング。
「誰か探してる?」
話しかけると、彼は朱里を見た。何も楽しいことがないみたいな、冷たい目をしていた。
「別に」
目をそらして、それだけ言うと、彼は去ろうとした。いや、さっき明らかにこの教室見渡してたよ。用事がないわけがない。
朱里はその人を追いかけて言う。
「大丈夫、お礼にメアド教えてくださいなんて言わないからさ!で、誰探してるの?」
「別に、」
「そんな警戒しなくても食べたりしないって!で、誰探してるの?」
「…楓子。秋月楓子」
彼はあきれたようにため息をついて言った。
やっぱり人を探していたらしい。にしても秋月ちゃんと知り合いだったとは。いつもにこにこしている秋月ちゃんと彼は、正反対のタイプに思える。
「秋月ちゃんならさっき自販機行くって話してたよ。もうちょっとしたら帰ってくると思う」
用事は済んだ。たしかに冷たいし鬱陶しそうにされるけど、この程度なら全然平気だ。朱里はポジティブだからね。
にしても、彼は人が嫌いなのかもしれない。それか、びっくりするくらい口下手か。
「…ありがとう」
でも、みんなが言うほど悪い人じゃないってことはよくわかった。
「どういたしまして!」
**
この間のイケメンが気になりすぎる。
顔が好みなのは置いておいて、あの態度は謎すぎる。 何か事情がありそうな雰囲気。
絶対、悪い人じゃない。なのに人と距離をとるのはどうして?なにか、怖いことでもある?
わからないけど、やっぱり気になる。考えているとふと同じクラスの秋月ちゃんが目に留まった。そうだ、わかんないなら聞けばいい!
「秋月ちゃん秋月ちゃん」
「ん、どうしたの?」
「隣のクラスのイケメンいるじゃん」
「うん?あぁ、晴樹のことかな。夏川晴樹」
彼は夏川晴樹というらしい。
「夏なのか春なのか…」
「季節の春じゃなくて、晴れると書いてハルだよ、だからどっちかといえば夏かな」
笑ながら言う秋月ちゃん。って、そんな話をしにきたんじゃなかった。
「あの人絶対いい人じゃん、なのになんであんな態度なのかなって思って。秋月ちゃん知り合いみたいだから聞いてみた」
「そっか、晴樹に話しかけたの岬さんだったんだね」
どうやら知っていたらしい。もしかして秋月ちゃんは夏川晴樹の彼女で、彼に女子が近づくのが嫌とか、そういうこと!?
だから夏川晴樹は人に冷たい、とか!?
朱里の妄想が加速していると、秋月ちゃんはにっこり笑って言った。
「ぜひ仲良くしてやって。いっぱい話しかけられて嬉しかったらしいから」
「ん、んんん?」
いっぱい話しかけた覚えはないけど…嬉しかったって?
「えっそれ本当!?」
「わぁっ!?びっくりした、ちょっと落ち着いて!」
クラスメイトがざわざわしてこっちを見ていた。何事かと思ったらしい。大きい声出してごめんなさい。
声のボリュームを下げて、もう一度尋ねる。
「それ本当?すっごく嫌がられてた気がするんだけど」
「「さっき楓子のクラスの子に話しかけられたんだけど、その子すごく面白くて。警戒しなくても食べたりしないよとか言うの!別に食べられるとは思ってないよー!」とか言ってた」
「えっ誰」
「ちょっと普段はオオカミかぶってるだけで、こっちが素だよ」
オオカミかぶるとは新しい。やっぱり、彼は悪い人ではないみたい。ますます興味がわいた。
「晴樹は悪いやつじゃないよ。ただ、今はちょっと人との距離がわからないのかもしれない。」
「うん、そんな気がしてた。人との距離がわかんない?」
「よかったらこれからも話しかけてやって」
「秋月ちゃんお母さんみたい」
「双子の弟みたいな感じがしてる。幼馴染なんだけどね」
夏川晴樹が何を考えているのかはわからないけど、多分何かがあって、そのせいで今は心を閉ざしているんだろう。
せっかくの高校生活、そんなので楽しいわけがない。
「あ、噂をすれば。」
「ん?」
振り向くと、廊下を歩いている彼を発見できた。
「ありがとう秋月ちゃん!」
「こちらこそありがとう」
あたしは教室を出て彼の背中を追った。
「やっほー夏川晴樹くん!」
「…」
名指ししたというのに無視された。
「夏川晴樹くん!」
「…どうも」
面倒な奴に絡まれたという目をしながらも、返事は返してくれた。
「何を考えてるのかはわかんないけど、あたしはしつこいよ!メアドは聞かないって言ったけど、関わらないとは言ってないよ!」
「お願いだから少し声を抑えて…あぁもう…」
顔を覆いながら言う。微妙に肩が震えた、秋月ちゃんの話からすると…もしや笑いをこらえてるね?
「思いっきり笑っちゃえばいいのに、別に朱里は怒らないし」
「変な子」
「夏川くんに言われたくないよおー」
「それもそうだね」
夏川くんの顔を見ると、微笑んでいた。イケメンの笑顔ってすごいなあなんて思いながらも、そういえば夏川くん普通に話してくれてる、と気づく。
そのタイミングでチャイムが鳴った。
「じゃあまたね、朱里ちゃん」
なんだ、すっごく簡単なことだった。ただ話しかけただけで、何もしてないのに。
どうして今までオオカミをかぶり続けてたの?って疑問に思うくらいあっさりと、夏川くんはオオカミを脱ぎ捨ててしまった。
「これでいいのかわからないけど」
そう呟いた彼の目は、どこか悲しそうだった。
もっと仲良くなりたいと思った。そして、その悲しい理由を話してくれたらいいのにと。
いつになるかわからないけど、彼の悲しみが軽くなりますように。そう思った。
***
あれがきっかけで、それからずっと絡んでいったんだっけ。
昔のことを思い出していると、頼んでいたパフェが運ばれてきた。店内は相変わらずざわざわしている。
パフェの写真を撮って悠希に送信していると、
「聞いてほしい話があるんだ。朱里ちゃんに、知っておいてほしい話が」
とハルが言った。いままで聞こえていた店内のざわめきは聞こえなくなる。
「俺の、『よくない思い出』の話を聞いてほしい」
朱里は思っていたよりもハルに近づけていたらしい。
ずっと思っていた。ハルの悩みを半分こしたいって。
きっとその話が、ハルが刺々していた原因で、悲しい表情の原因。
それを話すことで、少しでも心が軽くなればいい。そう思った。
「ダメ、ですか」
ハルは緊張したように聞いてくる。
「ダメじゃないです。嬉しいです!」
ハルは安心した様子で微笑んでから、真剣な表情にはなる。
「まだ、あれから2年も経ってないんだ。今から1ヶ月後で、2年になる。」
**
2年前の今頃、俺と楓子、それからあと2人…そうだね、男の子と女の子って呼ぶよ。4人で、お祭りに行く約束をしたんだよね。
そう、夏祭り。去年も行ったあれだよ、俺たちの家から近いんだ。別に近くても別にいいことばっかりじゃないよ、花火のカスとか、屋台のゴミとか捨てられるから。
だから次の日とか掃除が大変だよ。洗濯物取り込み忘れてたら灰で真っ黒になってたこととかあるし。
あぁごめん、話が逸れたね。
俺は女の子のことが好きだったんだけど、女の子も楓子も男の子のことが好きだった。
俺はそれでも、4人でいるのが楽しくて大好きだったよ。それは楓子も同じだったんじゃないかな。
俺はお祭りが楽しみだった。前日はわくわくして眠れないくらい。だから俺、当日は少し早めに集合場所に行ったの。
集合時間の5分前くらいに、楓子が来た。どことなくそわそわした様子だったから、楓子もお祭りが楽しみだったんだろうね。
2人で待っていたんだ。どんな話をしたかな、正直あんまり覚えてないから、大したことのない話だったんだと思う。
それで、10分くらい経ったかな。5分ほど時間を過ぎたのに、男の子と女の子は来ないの。おかしいねって、俺は楓子に言ったよ。楓子は黙って時計を見つめてた。
それから、楓子は、電話してみる。って言って、男の子の携帯に電話をかけた。俺は同時に、女の子の家に電話をかけた。女の子の方は携帯を持ってなかったからね。
電話をかけたら女の子のおばあちゃんが出て、もう家にいないよって。4時半くらいには家を出たよ、って言うんだ。俺たちの集合時間は6時。もう1時間半も経っていた。
俺がふと楓子を見たらね、そのタイミングで電話が繋がったらしく、楓子は電話に向かって叫んだんだよ。
「雪奈ちゃん!」
って。おかしいよね、楓子は男の子の方に電話をかけたのに、出たのは雪奈の方…あぁ、ごめんね。女の子の方だった。
2人は一緒にいる、なんだ、女の子は男の子と2人のほうがよかったのか、なんて落ち込んだね。裏切られた気分だった。
2人はお祭りになんていってなかったのに。
楓子は携帯を仕舞うと、唐突に走り出した。ただただ裏切られた気分だった俺は、2人を探そうとも思わなかったから、楓子を引き留めた。
2人は2人でお祭りに行きたかったんだろうから、もうほっておこう、って。
そしたら、楓子は泣きそうになりながら、俺に言ったんだ。
「2人は死んじゃう」
意味がわからないよね。俺もなんの冗談かと思った。
楓子は他になにも言わずに走っていくから、俺も追いかけた。追いかけながら、きっと女の子のいたずらだろうって考えてたよ。
男の子はいたずらとかするタイプじゃなかったけど、俺と女の子は結構好きで、楓子や男の子にいたずらを仕掛けてたからね。今回は俺を騙そうとしてるね?って。
楓子は当てもなく走っているみたいだった。走らずにはいられなかったのかもしれない。きっと冷静じゃなかった。
そして、たどり着いたのは俺らの家の近所のとある場所。一番近いのは楓子の家かな。 結構不気味な場所。そこに2人がいたの。
身体中真っ赤で。
2人は重なるようにしてそこに横たわっていて。
勿論、信じられなかったよ。まさかね。駆け寄ってみたけど、もう2人の意識はなかった。
でも、女の子はすごく幸せそうな顔をしてたんだ。男の子の表情は見えなかったけど。
この時、俺、わかっちゃったんだ。あぁこれは、雪奈がやったことなんだ、って。
しばらくしたらサイレンの音がして、警察が来た。救急車もかな。よく覚えてない。俺より冷静 だったのかな、楓子が呼んだみたい。
…2人は心中したんだ、って。
そうみんなが噂するようになった。
俺は気付けたはずなんだ。雪奈の狂気に、気付けたはずなんだ。だって俺は雪奈が好きで、4人でいつもいて、誰より雪奈をよく知っていた。それに雪奈は言ってたんだ、好きな人と2人でどこかへ逃げてしまえたら、それは素敵だって。
気がつけるのは俺しかいなかった、なのに!…
ごめん、大きい声出して。
…俺が気づいていれば、こんなことにはならなかったんじゃないかって、今でも思ってる。
これが、俺の昔話。
**
ハルの過去は、想像よりも遥かに重かった。
普段通りに話そうとしていたけど、言葉は震えていて、笑おうとしていたけど、とても苦しそうで。
なんて声をかけていいのかわからなかった。
「ごめんね」
困ったような顔で笑うハル。違う、朱里はそんな顔が見たくて、ハルの話を聞いたんじゃない。
無意識に朱里は、ハルの頭を撫でていた。お願いだから、無理して笑わないで。取り繕わないで。
辛かったよね。だって、話を聞いただけの朱里がこんなにも苦しい。でも、きっとこの苦しさなんて、ハルの気持ちの100分の1にも満たない。
「ハルのせいじゃないよ」
なんて、そんなありふれた言葉を言ったところでなにになるの。
「ねえハル、ハルは優しいね」
全部自分のせいにしちゃうんだもん。
ハルの優しいところって、長所だけど短所でもあるね。
ハルの悩みを半分こしたいと思っていたんだ。でも実際は、話を聞いても、朱里はハルになにもしてあげられない。
ただ話を聞いて、涙が止まらなくなっているだけで、気の利いた言葉の1つも言えない。
「ハルのそういうとこ、朱里は好きだよ」
**
しばらくして、朱里たちはお店を出た。もう日は落ちてきている。
あのあと、あまり言葉は交わさなかった。場所に似合わずしんみりした雰囲気のまま2人でパフェとティラミスを食べて、いまこうして歩いている。
突然ハルが言った。
「はじめて朱里ちゃんと話たあのときから、朱里ちゃんは俺を怖がったことなかったよね。」
どうして?と聞かれた気がした。
「ありがとうを言える人に悪いひとはいないよ」
「朱里ちゃんのそういうところが好き」
ハルはいつも通り穏やかな顔で笑っていた。
「俺はすごく悲しかったけど、朱里ちゃんと仲良くなって、今、毎日がすごく楽しい。ずっと心配してくれてたんだよね。俺の話を真剣に聞いてくれて、泣いてくれて。」
ありがとう朱里ちゃん。
そう言ったハルはとても幸せそうな顔をしていた。きっと朱里も、同じような表情をしているんだろう。
「ハルこそ、話してくれてありがとう。嬉しかった」
「ね、朱里ちゃん。朱里ちゃんが好きだよ。」
よく、2人で肩を並べて歩いた。それは教室から例の空き教室だったり、学校帰りに送ってもらった時だったり。
でも、手を繋いで歩いたのは、はじめてのことだった。
「朱里もハルが好き!」
やっと言えた。すぐ横にはハルがいて、手を繋いでいる。この距離感がとてもしっくりくると思った。