わいわいキアッケレ
2-1
お祭りとは、大人数でわいわいするためのものだと朱里は思っている。
そんな朱里の今一番の願望は、高校2年生の夏に仲良しな6人でお祭りにいきたいということ。
「今年はみんな来れるかなあー」
「ん、なんのはなし?」
机にぐったりする朱里に話しかけてくる声。穏やかなそれは、クラスメイトのハルのものだった。
「お祭りの話。去年朱里をあの中に残して帰ったハルを、朱里は絶対許さない!」
「ごめんごめん、今年は用事とかないから、ちゃんと最後まで居られるよ」
「本当に、莉音と悠希と朱里だと、朱里の邪魔者感が凄かったんだよ…」
「想像できるよ、本当ごめんね…」
あのときは帰ろうかと思ったもん、と考えながらも、帰る準備をする。
朱里とハルを含めた6人は放課後になると、ある空き教室に集まる。
きつそうなお人好し、クール系甘党、笑顔なミステリアス、5割で寝てる天然。これは全て、朱里の脳内でのみ呼ばれているあだ名。ちなみにハルは、でかいイケメン。
「今日は何人集まれるかなー」
「俺はちょっと遅れていくね」
「ん。ハルはまた呼び出しか何かですかぁ~?」
肘で脇腹をちょんちょんすると、ハルは苦笑いでまあね、と言う。やっぱり呼び出しだったらしい。イケメンは辛いね、わかるわかる。いや、わかんないけど。
「ちゃんと断りにいくの。俺律儀だから」
「イケメンは辛いね」
「本当にねー」
「そこは否定するところだったよ」
そっか、断るんだ。
なんとなく安心する。朱里は、今この関係が好きだけど、ハルが女の子に囲まれているのを見ているのは好きじゃない。だからあたしは、ハルに彼女が出来ませんようにと祈るばかりなのだ。
**
またあとで、とハルと別れて、いつもの教室へ。
そこ居たのはクール系甘党と5割で寝てる天然。名前で言うと悠希と心太(ところてんではない、しんただ)。
「やほー! 昨日ぶりだねえ」
「うるさい、こいつ寝てるからちょっと黙れ」
「あれ、心太寝てる」
さすが、5割で寝てる天然。あだ名の意味がわかってもらえたはずだ。
「ねーねー悠希、今年はみんなでお祭り行きたい」
「あー…無理じゃね」
「何で!?」
困ったように目を反らす悠希。
まさか先約があるとか?え、すでに?早くない?相手は?相手は莉音?うーん、莉音なら許す!
「楓が」
「楓!?莉音じゃなくて?」
「お祭り嫌いなんだって…ん、莉音がなんだ」
「お祭り嫌い?…あぁ、なんでもないない」
先約云々の話ではなかったらしい。それにしても、お祭りが嫌い?と言うことは、去年来なかったのも嫌いだからなのかもしれない。ってことは、6人でお祭りは絶望的。
「悠希説得してよー」
「説得って言ってもお前、何を言えと」
悠希はもぐもぐとビスケットのようなものを食べている。常に甘いものを食べているから心配になるけど、こんなに甘党全開なのはこの教室でだけらしい。
「お祭りの楽しさを語るとか」
「ふむ、具体的には?」
「お祭りってすごいんだよ!りんご飴とかかき氷とか、スムージーとか冷やしパインとかチョコバナナとかさあ!」
「食べ物ばっかじゃねえか」
「悠希に言われたくない!悠希の甘党加減に合わせたんだから」
「合わせなくていい」
頭にチョップを落とされる。女子に手をあげるなんてこれだから悠希は。
莉音は悠希のどの辺りが好きなのか、朱里にはわからない。まぁ、気を使わずに話せるから楽ではあるけど。
「第一、嫌いって言ってる奴に対して、食べ物の魅力語っても意味がない。なにか嫌いなものでもあるんだろ、なにか」
「嫌いなもの…うーん、現社?」
「祭りの話だろうが」
再びチョップが落ちてくる、痛い。仕返しに、悠希の持っていたビスケットを食べてやる。
「女の子にチョップはどうかと思うよー」
聞きなれた声がして、ハルが教室に入ってきた。
「だよねー悠希信じらんないわー」
「信じらんないわー」
「2人してなんなんだお前らは」
やれやれ、とため息をつく悠希につられて、朱里もため息をもらす。
「うーん、朱里の夢が潰えてしまう…」
「大袈裟だろ」
「なになに、どうしたの朱里ちゃん」
ハルが項垂れる朱里を見て言う。ハルが…あっ、
「そうだよ、ハルは楓と幼馴染みじゃん!」
「ん?うん。そうだね」
「ハルに聞けばわかるかもじゃん!」
「なに、聞きたいことあるの?」
なーに?と微笑むハルは相変わらずイケメンだった。いや、今はそんなことはどうでもいい。
「楓って、なんでお祭り嫌いなの?」
そう質問すると、一瞬ハルは焦った。すぐにもとの表情に戻ったけれど、きっとなにかを隠している。
隣にいる悠希は、それに気がついてない様子。
「多分、人混みが苦手なんじゃなかったかな?」
嘘だ、とわかったけど、そこを突っ込んで聞くほど朱里はバカじゃない。
言いたくないことは言わなくていい。
ハルは少し悲しそうな顔をした。なにかを抱えているんだって、わかってる。
1年生のときのハルは、今みたいに優しくなければ、人と話すことさえしなかった。
今は元の性格に戻っている、と言っていたけど、時々ハルは今みたいに悲しそうな顔をする。
でも、ハルの抱えてるものがなんなのかは、やっぱりわからない。
「んーわかんないなぁー」
「朱里にはわかんないだろうな、人混みとか得意そうだし」
「そうだよ、苦手じゃないよおー」
「大丈夫。今年は楓子も、お祭り行くよ」
朱里と悠希は、驚いてハルの方を見る。
「本人が言ってたのか?」
「ううん、もし来なかったら引きずってでも連れていくから」
「いや、そこまでしなくても!」
「いーや俺はするね。だから心配しなくても大丈夫」
ハルは朱里の頭に手を置いて、くしゃくしゃした。
ハルの表情に、嘘をついている感じはしなかった。
唐突に、携帯が鳴る。それは悠希のだったらしい。
ちょっとごめん、といいつつ教室から出ていった。
「朱里ちゃん」
「なにー?」
「なにか考えてた?」
「うーん、色々。なんで?」
「怖い顔してた」
「え、うそお!」
「嘘だよ」
「えっ、なんなのハル~」
ハルは楽しそうににこにこしている。楽しそうなのはいいことだ、いいことだけどさ~…。
「朱里ちゃん」
「なにー?」
「さっきの、人混みが苦手っていうのは嘘だよ」
「うん」
それはわかってた。だからうなずく。
「ちょっとあんまりよくない思い出があるかな。それだけだよ」
ハルはなんでもないことのように言った。
その、『よくない思い出』が、楓子だけのものでないって、わかってたけど。
そこに踏み込んでいいのかどうかは、朱里にはわからなかった。
「そっか」
自分から出たのが、思ったより冷たい声で驚く。伺うようにハルを見ると、もっと驚いた。
ハルが、何故かすごく幸せそうな顔をしていたから。
まったくもって意味がわからない。
『よくない思い出』には、ハルも関わる悲しい思い出があるとばかり思っていたのに。
「いい?朱里ちゃん」
「う、うん!」
「過去は過去なんだ」
「ふ、ふむむ…?」
ハルは笑顔だ。
いつもの調子で冗談交じりに話してくる。
やっぱり意味がわからない。
「だから、俺はすごくお祭りが楽しみなの。わかる?」
わからない。
ハルの言いたいことはまったくわからない。
でも、ハルがお祭りを楽しみだと言ってくれて、とても嬉しかった。
朱里はハルに向かってうなずいておいた。
今はまだ、このくらいにしておこう。
いつかその『よくない思い出』を話してくれる時が来ればいいな、そう思いながら、悠希が置いたままにしているビスケットをかじった。