久々の友達
1-4
今日も僕は、その教室の扉を開く。なかには誰もいなかった。さすがに早すぎたようだ。
一人になると、途端に怖くなる。莉音が僕に話しかけてくる前は、ずっと一人だったのだけど。
教室を出て、西階段へ向かった。去年の秋、ここではじめて莉音と話したのだった。
***
「何してるの?」
突然話しかけてきたのは、茶色がかった髪につり目の女の子。今まで誰とも話したことがなかった僕は、驚いて声がでなかった。
「いつもここで外見てるよね、なに見てるの?夕日?」
僕がうなずくと、まだ話を続ける。
「前々から話しかけてみようと思ってたんだよね。あたしは日野莉音。1年3組の委員長してる。あんたは?」
「…空木心太郎。」
「そう、ウツギ?うーん、心太でいい?あたしは莉音でいいから」
「いいけど、なにがしたいんだ」
戸惑いつつも声をあげる俺に、莉音はにやりと笑った。
「友達づくり。ちょっと来て!」
莉音は僕の手を掴んで、階段を駆け上がった。そして連れてこられたのは使われてないらしい教室。
「友達ができたよ!空木心太郎くんです!」
そう叫びつつ、教室の扉を開け放つ。なにを勝手に、という僕の声は届いていないようだった。
中には、カップケーキを頬張る男子生徒と女子生徒がいた。
「はれ、はやかっはえ」
「おい朱里、飲み込んでから話せ。で、友達ってそいつだよな」
「そう、彼が空木心太郎くんです!」
男子生徒と目が合う。さすがに急展開すぎてついていけないはず、と思ったが、
「俺は斎藤悠希。悠希でいい」
「岬朱里だよ、よろしく!」
類は友を呼ぶと言うのだろうか、二人は全く疑問を抱いていないようだ。混乱している僕をよそに、
「いつもはあと二人いるんだけどね。毎日放課後にここに集まって駄弁ってるんだー心太もぜひ参加して!」
と言い、僕を椅子に座らせる莉音。僕がどうしたらいいのかわからずに、2人のほうを見ると、2人は笑った。莉音を見る。莉音も笑っている。
なんだか急に涙が出た。どうして、見知らぬ僕に突然声をかけて、友達だなんて言い出すのか。
もう誰とも話すことはないと思っていた。友達なんて、できるはずないと。
「ね、心太。毎日ここに集まってんの。明日もぜひ来て」
さっきと同じことをもう一度言われ、僕は泣きながらうなずいた。
そうして僕は莉音に連れられ、朱里と悠希に出会った。秋月とハルに出会ったのは、その2日後のことだった。
**
僕は莉音たち3人とずいぶん打ち解けたような気がするが、3人の言う「もう2人」は昨日も現れなかった。
「あの2人忙しいのかな、今日は来ると思うんだけど。なに心太緊張してる?」
「してない」
「ならなんで目をそらすのかなぁー?」
今日ここにいるのは、莉音と朱里。そんなやりとりを2人としていると扉が開いた。
「最近忙しくて覗けなかった、久しぶりねー」
という声と共に、小柄な女子生徒が教室に入ってきた。にこにこしていて、穏やかそうに見える。
「あ、楓!新しい友達の」
「空木心太郎くんです!」
すかさず言う朱里と莉音。2人が前に出たせいで、その女子の姿は完全に隠れてしまった。
「はじめまして、空木心太郎です」
「…はじめまして。」
恐る恐る僕が名乗と、2人越しに楓と呼ばれた女子も挨拶を返してくれた。
「私は秋月楓子。秋月、って呼んでくれると嬉しいかな。空木くん…うーん」
秋月楓子は莉音と朱里をよけて、僕の顔を見た。
「そらくん、って呼んでいいかな?よろしく、空くん」
手を差し出してそう言った秋月は笑顔だった。僕が手を取って握手すると、すぐに手を離して
「私、晴樹を呼んでくるね」
と教室を出ていった。ほんのりと、柑橘系の匂いがした。
「ね、怖くないでしょ」
莉音がそう言って僕の肩を小突く。
僕は別に、元から怖がってなんてなかった。
「…あと1人はどんな人?」
「うーん、でかい」
「イケメン」
「もっと内面的なことが聞きたかったなあ」
でかいイケメン。どのくらいの身長があるのかはわからないが、僕より高いのは間違いないだろう。
身長が低いことを密かに気にしている僕にとっては、妬ましいことこの上ない。
「連れてきたよ」
「どうも、夏川晴樹です」
秋月の声と、優しそうな男子の声がした。顔をみると、まさしくでかいイケメン。秋月と並ぶことで余計背が高く見える。
「よろしく。俺のことはハルって呼んで。」
「はじめまして、よろしく。ハル」
僕は驚くほどすんなりと5人に受け入れられた。そしてもうすぐ、あれから1年が経とうとしている。5人と出会ってからの毎日はカラフルで早い。
オレンジ1色のあの世界とは違って。
***
「あれ、心太だ。あたしより遅いの珍しいね」
階段から戻り、再び扉を開けると、携帯片手に莉音が話しかけてきた。どうやら教室には莉音だけしかいないらしい。
「悠希は?」
「なんか部室に呼び出されたらしいー」
だから1人で先に来た、と莉音。
なるほど、そう思って顔をあげると、莉音と目があった。莉音の見た目は強そうな女子、という感じ。でも内面は誰よりも優しくて、誰よりも女の子らしい。
この間ハルと悠希と話した、好きな人の話。なんとなく思い浮かんだのは、莉音だった。
それもそうだ、莉音は僕の恩人なのだから。
さっき階段での出来事を思い出していたからだろうか、なんとなく感傷的になっているのかもしれない。
目頭が熱くなるのを感じた。
「えっなになになに、どうしたの心太!?」
「別に、ちょっと色々考えてただけ」
「何を考えてたの何を!何を考えてたらそんなに涙が出るの!」
「嬉し涙だから」
「答えになってない」
怒りながら心配する莉音を見ていると、なんだか笑えてきた。
「なんで笑った」
「じわじわきた」
「情緒不安定かっ、笑ったり泣いたりさぁー…」
「そうかも、表情豊かになったかな、僕」
「そりゃ、あたしたちと話す前はずっと死んだ顔してたもん」
机を軽く叩きながら、あきれたようにそう言われる。だって莉音に話しかけられる前の僕は、誰にも気付かれないような存在だった。
どこにいても、誰も関心を持たないような、そんな存在だった。
「ありがとう」
素直な気持ちをそのまま伝える。
莉音はなにやら驚いたようで、ええ、とか、なに、とか呟いている。
「莉音が話しかけてくれなかったら、僕は今でも変わらずに、階段でただ夕日を眺めていたんだと思う。
ありがとう、僕の世界を変えてくれて」
悲しいオレンジ色ばかりを見てきた。
莉音の瞳は綺麗なオレンジ色だけれど、そのオレンジにはいつも明るさがあった。
「よくそんな恥ずかしいこと言えるね…」
「そう?思ったこと言ってるだけだよ」
「…でもまぁ、どういたしまして。」
ねぇねぇ心太、と、莉音は僕に問う。
「楽しい?」
そんなの、言うまでもなく。
僕はその言葉に頷いた。
「夢みたい。大袈裟かな」
「どうかな。お祭りはもっと楽しいかもよ」
「それは怖い」
「なんでよ」
2人でひとしきり笑ったあと、莉音は楽しそうに言った。
「お祭り楽しみだね」
今年のお祭りは、楽しくなる予感がする。
お祭りは、楽しいものだ。
もう少しで夏休み。
お祭りがあるのは夏休み。
それまでには、見つけないと。
―僕の探し物を。
「うん、楽しみ」