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逢魔ヶ時のオレンジ  作者: 木葉
空木心太郎
5/26

久々の友達

1-4


今日も僕は、その教室の扉を開く。なかには誰もいなかった。さすがに早すぎたようだ。

一人になると、途端に怖くなる。莉音が僕に話しかけてくる前は、ずっと一人だったのだけど。

教室を出て、西階段へ向かった。去年の秋、ここではじめて莉音と話したのだった。


***


「何してるの?」


突然話しかけてきたのは、茶色がかった髪につり目の女の子。今まで誰とも話したことがなかった僕は、驚いて声がでなかった。


「いつもここで外見てるよね、なに見てるの?夕日?」


僕がうなずくと、まだ話を続ける。


「前々から話しかけてみようと思ってたんだよね。あたしは日野莉音。1年3組の委員長してる。あんたは?」

「…空木心太郎。」

「そう、ウツギ?うーん、心太でいい?あたしは莉音でいいから」

「いいけど、なにがしたいんだ」


戸惑いつつも声をあげる俺に、莉音はにやりと笑った。


「友達づくり。ちょっと来て!」


莉音は僕の手を掴んで、階段を駆け上がった。そして連れてこられたのは使われてないらしい教室。


「友達ができたよ!空木心太郎くんです!」


そう叫びつつ、教室の扉を開け放つ。なにを勝手に、という僕の声は届いていないようだった。

中には、カップケーキを頬張る男子生徒と女子生徒がいた。


「はれ、はやかっはえ」

「おい朱里、飲み込んでから話せ。で、友達ってそいつだよな」

「そう、彼が空木心太郎くんです!」


男子生徒と目が合う。さすがに急展開すぎてついていけないはず、と思ったが、


「俺は斎藤悠希。悠希でいい」

「岬朱里だよ、よろしく!」


類は友を呼ぶと言うのだろうか、二人は全く疑問を抱いていないようだ。混乱している僕をよそに、


「いつもはあと二人いるんだけどね。毎日放課後にここに集まって駄弁ってるんだー心太もぜひ参加して!」


と言い、僕を椅子に座らせる莉音。僕がどうしたらいいのかわからずに、2人のほうを見ると、2人は笑った。莉音を見る。莉音も笑っている。

なんだか急に涙が出た。どうして、見知らぬ僕に突然声をかけて、友達だなんて言い出すのか。

もう誰とも話すことはないと思っていた。友達なんて、できるはずないと。


「ね、心太。毎日ここに集まってんの。明日もぜひ来て」


さっきと同じことをもう一度言われ、僕は泣きながらうなずいた。


そうして僕は莉音に連れられ、朱里と悠希に出会った。秋月とハルに出会ったのは、その2日後のことだった。


**


僕は莉音たち3人とずいぶん打ち解けたような気がするが、3人の言う「もう2人」は昨日も現れなかった。


「あの2人忙しいのかな、今日は来ると思うんだけど。なに心太緊張してる?」

「してない」

「ならなんで目をそらすのかなぁー?」


今日ここにいるのは、莉音と朱里。そんなやりとりを2人としていると扉が開いた。


「最近忙しくて覗けなかった、久しぶりねー」


という声と共に、小柄な女子生徒が教室に入ってきた。にこにこしていて、穏やかそうに見える。


「あ、楓!新しい友達の」

「空木心太郎くんです!」


すかさず言う朱里と莉音。2人が前に出たせいで、その女子の姿は完全に隠れてしまった。


「はじめまして、空木心太郎です」

「…はじめまして。」


恐る恐る僕が名乗と、2人越しに楓と呼ばれた女子も挨拶を返してくれた。


「私は秋月楓子。秋月、って呼んでくれると嬉しいかな。空木くん…うーん」


秋月楓子は莉音と朱里をよけて、僕の顔を見た。


「そらくん、って呼んでいいかな?よろしく、空くん」


手を差し出してそう言った秋月は笑顔だった。僕が手を取って握手すると、すぐに手を離して


「私、晴樹を呼んでくるね」


と教室を出ていった。ほんのりと、柑橘系の匂いがした。


「ね、怖くないでしょ」


莉音がそう言って僕の肩を小突く。

僕は別に、元から怖がってなんてなかった。


「…あと1人はどんな人?」

「うーん、でかい」

「イケメン」

「もっと内面的なことが聞きたかったなあ」


でかいイケメン。どのくらいの身長があるのかはわからないが、僕より高いのは間違いないだろう。

身長が低いことを密かに気にしている僕にとっては、妬ましいことこの上ない。


「連れてきたよ」

「どうも、夏川晴樹です」


秋月の声と、優しそうな男子の声がした。顔をみると、まさしくでかいイケメン。秋月と並ぶことで余計背が高く見える。


「よろしく。俺のことはハルって呼んで。」

「はじめまして、よろしく。ハル」


僕は驚くほどすんなりと5人に受け入れられた。そしてもうすぐ、あれから1年が経とうとしている。5人と出会ってからの毎日はカラフルで早い。

オレンジ1色のあの世界とは違って。


***


「あれ、心太だ。あたしより遅いの珍しいね」


階段から戻り、再び扉を開けると、携帯片手に莉音が話しかけてきた。どうやら教室には莉音だけしかいないらしい。


「悠希は?」

「なんか部室に呼び出されたらしいー」


だから1人で先に来た、と莉音。

なるほど、そう思って顔をあげると、莉音と目があった。莉音の見た目は強そうな女子、という感じ。でも内面は誰よりも優しくて、誰よりも女の子らしい。

この間ハルと悠希と話した、好きな人の話。なんとなく思い浮かんだのは、莉音だった。

それもそうだ、莉音は僕の恩人なのだから。

さっき階段での出来事を思い出していたからだろうか、なんとなく感傷的になっているのかもしれない。

目頭が熱くなるのを感じた。


「えっなになになに、どうしたの心太!?」

「別に、ちょっと色々考えてただけ」

「何を考えてたの何を!何を考えてたらそんなに涙が出るの!」

「嬉し涙だから」

「答えになってない」


怒りながら心配する莉音を見ていると、なんだか笑えてきた。


「なんで笑った」

「じわじわきた」

「情緒不安定かっ、笑ったり泣いたりさぁー…」

「そうかも、表情豊かになったかな、僕」

「そりゃ、あたしたちと話す前はずっと死んだ顔してたもん」


机を軽く叩きながら、あきれたようにそう言われる。だって莉音に話しかけられる前の僕は、誰にも気付かれないような存在だった。

どこにいても、誰も関心を持たないような、そんな存在だった。


「ありがとう」


素直な気持ちをそのまま伝える。

莉音はなにやら驚いたようで、ええ、とか、なに、とか呟いている。


「莉音が話しかけてくれなかったら、僕は今でも変わらずに、階段でただ夕日を眺めていたんだと思う。

ありがとう、僕の世界を変えてくれて」


悲しいオレンジ色ばかりを見てきた。

莉音の瞳は綺麗なオレンジ色だけれど、そのオレンジにはいつも明るさがあった。


「よくそんな恥ずかしいこと言えるね…」

「そう?思ったこと言ってるだけだよ」

「…でもまぁ、どういたしまして。」


ねぇねぇ心太、と、莉音は僕に問う。


「楽しい?」


そんなの、言うまでもなく。

僕はその言葉に頷いた。


「夢みたい。大袈裟かな」

「どうかな。お祭りはもっと楽しいかもよ」

「それは怖い」

「なんでよ」


2人でひとしきり笑ったあと、莉音は楽しそうに言った。


「お祭り楽しみだね」


今年のお祭りは、楽しくなる予感がする。

お祭りは、楽しいものだ。

もう少しで夏休み。

お祭りがあるのは夏休み。

それまでには、見つけないと。


―僕の探し物を。


「うん、楽しみ」


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