好きな人のはなし
1-2
今日も僕は、その扉を開く。教室には、悠希とハルがいた。
「珍しい、2人とも相方は?」
「相方ってお前なー…。莉音は先生に雑用頼まれてた、あいつ委員長だし。今日は来れないかもって言ってた」
「まぁ同じクラスだし相方と言われても不思議じゃないよね。朱里ちゃんは珍しく部活に出たよ」
なるほど、莉音と朱里は来ないらしい。そういえば、
「そういえば楓は?」
と、僕の思ったことを言う悠希。
「帰ったよ、なんか家の用事らしい」
「ならこの3人だけか。珍しいな」
「確かにそうかも。むしろはじめてじゃない?」
男子3人ね、とハルは呟く。
「なら、男子会しよっか。実は俺好きな人がいてー」
「なにが男子会だ」
「男子だけだから男子会だよ」
「なるほど」
「おい心太納得すんな」
悠希はあきれた顔をしているが、ハルは楽しそうだ。
「でもそろそろはっきりさせてもいいと思うんだよね、俺は」
突然、声のトーンを落としたハルに、俺も悠希も思わず黙った。
「…何を?」
「よく聞いててね2人とも…」
俺らは真剣にハルを見る。ハルも真剣に俺らを見る。
そして、ゆっくりと口を開いて言った。
「俺は、朱里ちゃんが好きだ!」
「知らねぇよ!」
悠希の突っ込みはもっともだった。
「重要なこと言うのかと思っただろ!俺の心配返せ」
「重要なことでしょー?痛い痛い髪はやめて悠希!禿げちゃう!」
「重要なこと…かも」
今でこそ6人で気まぐれに集まっているけれど、誰かに彼氏彼女ができたなら、6人で集まることはなくなるかもしれない。
もし6人の中でカップルが出来たとしても、それはそれで気まずくなるかもしれない。そう考えると、こういう話はわりと重要なことのように思えた。
「お、心くんはわかってくれた?」
「わかった。で、悠希の好きな人は?」
莉音の気持ちを知っているだけに、そこは気になる。
悠希は「直球かよ!」と驚きつつも、あー、うーん、などと考え込んでいる。
「別に俺までいう必要ないだろ」
「だめだめ気になるし」
「そ、そういう心太はどうなんだよ」
悠希に睨まれ、考えてみる。そうか、好きな人、好きな人…うーん。
「聞くまでもないでしょ心くんは。悠希も予想できるけど」
と言ったのはハル。
当然驚く僕たち。聞くまでもない?
「大丈夫大丈夫、言うつもりないから!」
「え。僕聞きたい、僕の好きな人って誰?」
そう言うと、ハルはとても驚いた顔をした。
「え、楓子じゃないの?」
「はあぁぁ?!」
「ええええ?!」
僕と悠希の声が重なった。
「なんで悠希まで驚くのー?」
「うるせ!」
にやにやするハルを蹴り飛ばす悠希。僕はそれどころではなかった。僕が、秋月を?なんで?
「ちょっとなに叫んでんのー!?」
突然聞こえてきた声に、僕は考えるのをやめて顔をあげる。莉音がいた。どうやら用事が早く終わったらしい。
「雑用から思ったより早く解放されたから来てみたんだけど…随分と盛り上がってるね。何のはなししてた?」
「なんでもない!」
悠希やハルがなにかいう前にと、僕は声を張り上げてそう言った。悠希の好きな人を、莉音の前で判明させるわけにはいかない。
「ちょっと女の子には内緒な話」
とハル。莉音は眉を潜めて、なにそれ、と言いつつ適当な席に座る。物事をぐだぐだ引っ張らないのは、莉音の長所だと思う。
「あとの2人は?」
「部活と家の用事」
「全員揃うほうが珍しくなってきたよね、最近は。誰かに彼女や彼氏ができたらもっと集まらなくなるのかなー」
肘をつきながらそういう莉音に、僕らは驚く。
「莉音ちゃんもしかして、さっきの話聞いてた?」
ハルの問いに莉音は、きょとんとして首を振る。
「そういう話してた?」
「してたな」
「やっぱり気になるよねー。ハルは朱里に告白しないの?」
さらりと言う莉音に、ハルはうろたえることもなく
「したいとは思ってるんだけどねー莉音ちゃんは?」
と言ってのける。莉音は勿論うろたえて言う。
「あ、あたし!?別に!?」
顔も真っ赤だ。さすがに助け船を出すべきか悩んでいると、下校時刻を告げる放送が流れた。
「帰ろっ」
逃げるように教室を出る莉音。同じ方向の悠希もその後を追った。
「また明日ね!」
「またな」
**
残った僕とハルは、ゆっくりと階段を降りていく。
先を歩いていたハルが突然僕の方に振り返った。
「悠希の好きな人、教えてあげよっか。」
にやりとするハルに、こくこくとうなずく。
「知りたがるのは、莉音ちゃんの差し金かな?」
「えっ」
差し金と言うわけではないけれど、莉音が関係しているのに違いはない。僕の動揺をハルが見逃さないわけもなく、納得したように肩を叩いてきた。
「楓子」
その言葉を聞いて、僕はすぐに理解できなかった。しばらくしてあぁ悠希の好きな人の話か、と理解して、なんとも言えない複雑な気分になる。莉音でなかったからだろうか。
「そっか、秋月…」
だからハルは悠希の前で、僕の好きな人が秋月だとか言ったのだろう。悠希のあのリアクションもうなずける。
「心くんは?」
「ん?」
「やっぱり楓子?」
なんでそんな、と笑いながら否定しようとした。ハルの声は軽かったけれど、表情は少し真面目だった。
秋月楓子。きっと僕はまだ、本当の彼女を知らない…そんな気がした。
「うーん、どうなのかな。わかんない」
僕はそう曖昧な返事をした。けれどハルは、なぜか満足そうに笑っていた。