お祭りの約束
1-1
外からは、部活動に入っている生徒や、今から帰ろうとしている生徒の明るい声がする。
目を開けた。眩しい。
「あ、やっと起きた」
「大丈夫?うなされてたけど」
顔をあげると、そこは教室だった。机の数は通常の教室より少なく、古びたものが多い。壁には掲示物がひとつもなくて、ロッカーにはお菓子が数個詰めてあるだけ。教室として機能していないことは明らかだが、 ほこりや蜘蛛の巣なんかはなく、そこそこの綺麗さを保っていた。
ここは使われていない空き教室。そこを掃除して勝手に使っているのが僕を含めた6人。
放課後にここに集まるのが、6人の日課なのだった。
「変な夢をみた気がする。」
ほとんど覚えてないけれど、目が痛くなるようなオレンジ色だけは覚えていた。
まだ頭の中はぼんやりとしている。
「そうそう、6人でお祭りに行こうって話をしてたんだよね。ほら、あの夏祭り。」
そう話しかけてきたのは、少しつり目できつそうな容姿の日野莉音。内面は、困っている人を放っておけないという優しい性格をしている。
彼女があとの4人と僕を引き合わせて、今の6人組があるのだ。
「去年も行ったんだけど、今年は6人で行きたいじゃん?どう?」
「お祭りか…うん、僕も行きたい」
そう答えると、莉音は笑顔になって、だよね、そう言うと思ってたよー、と背中をバシバシと叩いてくる。
どうやら莉音は、加減を知らないらしい。ひりひりする背中を手で庇いつつ莉音から逃げ、教室内を見渡す。別に代わり映えのないガラガラの教室だ。
僕と莉音の他には2人の男女がいて、片方は無言でプリンを頬張っており、もう片方は飴をお手玉のように弄んでいる。
「今日は4人?」
そう僕が聞くと、プリンを頬張っていた黒髪の彼が答えた。
「あぁ、1組の2人は遅れてくるって聞いたな。」
そんな彼の名前は、斎藤悠希。クールそうな見た目にして甘党というギャップ持ち男子、だそうだ。
彼は2組、ついでに言うと、莉音も2組だ。
「なるほど、なら全員揃う?」
「ごめん、私そろそろ帰らなきゃ」
僕の言葉に対し、申し訳なさそうにそういったのが、秋月楓子。彼女は常に笑顔でいる、女の子らしい女の子。彼女の口角が下がっているところを、僕は未だに見たことがない。
「え、楓帰っちゃうの」
「そう、用事があってねー。お詫びに飴を置いていくね」
秋月はそう言って、机に飴を5つ置いた。そのうち3つがオレンジ、2つがレモン。
「好きなのをどうぞ」
「好きなのって二択かよ」
「自分が食べれないだけじゃん」
「ふふ、まぁそうなんだけどね。どうしても柑橘系の飴は苦手で」
そう言いつつ、鞄を背負って、僕たちに手を振る。
「ごめん、私はこれで。また今度ね!」
僕たちも手を降り返した。せっかく6人揃うと思ったのに、残念だ。
秋月が帰ると、話題は再びお祭りになる。
「去年も行ったの?お祭り」
「うん。でも去年は楓が来れなかったし、ハルは途中で帰っちゃうし。悠希とあたしと朱里の3人だったから、なんか物足りなかった」
花火は綺麗だったけど、と付け加えられる。
去年の今頃、僕はまだ彼女らに出会ってなかった。その頃の僕には友達なんていなかったし、一緒にお祭りに行こうなどと言ってくれる友達ができるとも思わなかった。
…友達と、お祭り。胸が高鳴るのがわかった。
きっと、楽しいに違いない。このお祭りは、いい思い出になるはずだ。
「わ、楓筆箱忘れてる!今追いかけたら追いつけるかな」
突然莉音が叫んだ。確かに、今ならまだ校内にいるかもしれない。
「僕届けてくるよ」
莉音は悠希が好きだ。それを本人から聞いていた僕は、気を利かせようと席を立つ。
莉音から筆箱を受け取り、ドアに手をかけて振り向くと、莉音と目が合った。
僕は莉音に向けて、親指を立てる。がんばれ。
「早く行け!」
莉音が顔を真っ赤にして怒っていたので、急いで階段を駆け下りることにした。
**
「秋月!」
僕が秋月に追いついたのは玄関だった。窓から光が差し込むそこも、オレンジ色に染まっている。
振り向いた秋月は僕の持っている筆箱を見て、納得したように駆け寄る。
「ごめんね、届けてもらっちゃった」
「別にいいよ。莉音に気を利かせたつもりでもあるから」
「なるほどね、莉音ちゃんには頑張ってほしいものです」
うんうん、とうなずく。悠希がどうして気が付かないのか不思議でならないほど、莉音はわかりやすい。
さっきも、すぐ顔を真っ赤にしていたし。
秋月に筆箱を渡すと、ほんのり柑橘系の匂いがした。
「あれ、柑橘系嫌いなんじゃなかったっけ」
「飴はね。飴でなかったら好きだよ」
「僕もなんとなく柑橘系の匂いは好きかな。」
「うん、だよね」
秋月はにこにこしている。それはいつものことだ。僕が彼女と出会って、もうすぐ1年になる。
それなのに、怒った顔も泣いた顔も見たことがないというのは不思議だ。
「秋月って」
「なに?」
「怒ったり泣いたりしないよね」
思い切って聞いてみる。秋月は表情を変えることなく言った。
「悲しいことがないのに泣くのは不思議でしょ?」
だから私は泣かないよ。
にっこり笑っている秋月。
そう言われても僕は、いまひとつ納得できなかった。
「私、もう帰らなきゃ。ありがとう、筆箱届けてくれて」
じゃあまたね、空くん。
秋月は彼女独特の呼び名で僕を呼んで、手を振った。
**
秋月と別れた僕は、また教室の扉を開ける。
「ただいま」
「あ、心太今日はじめて会ったよね!ちゃおー」
そこには莉音と悠希の他に、1組の2人がいた。
やたらテンション高めに話しかけてくる岬朱里と、牛乳片手にひらひらと手を振ってくる夏川晴樹。通称ハル。彼は秋月と幼馴染みらしい。
「今年のお祭り、心太も行くんだよね?よかったぁー前回ハルが帰ってからの朱里のお邪魔感は半端じゃなかったからさ!」
やれやれ、と朱里が肩をすくめる。
前回のお祭りは、莉音、悠希、朱里、ハルの4人で行ったらしい。途中でハルは帰ったとなると、莉音、悠希、朱里の3人。もし僕が朱里だったら、きっと逃げていたはずだ。朱里の気持ちはよくわかる。
「別に邪魔じゃねぇよ」
「どうだかねー?2人がいちゃいちゃしてるからー」
「してねーし!」
悠希が反論するも、ハルまで参戦。ハルと朱里、2人してにやにやしている。
僕も便乗しようかと思ったが、莉音が般若のような顔をして睨んできたのでやめておいた。これ言うと尚更怒られそうだ。
「覚えてて朱里…」
「莉音怖い怖い、ごめんってばー」
「そういえば朱里、楓お祭り行くって言ってたな」
と、悠希。朱里はそうなの!と勢いよく立ち上がった。
「どうしたの朱里、突然」
「だってほら、みんなでお祭り行けるってことじゃん!」
「そうだね」
「嬉しいでしょ!心太ももっと喜んでいいんだよ!」
「え、ええ…わーい、やったー」
「感情がこもってないよー!」
朱里にダメ出しされたけど、内心はとてもわくわくしていた。
楽しみに決まってる。
きっと、楽しい思い出になるに違いない。