【残酷な魔法】04
目覚めるたびに、体が鉛のように重く夢であって欲しいと何度も思った。
モルエディアの屋敷の離れに住み始めて一週間。部屋から出れない日々が続いている。肩の傷は塞がったがその代わりに首輪がつけられた。魔力を吸う首輪は一定量溜まるまで外れる事は無い。
毎朝、日課のようにモルエディアがきてはこの首輪を回収し、新しい首輪をつけていく。
ミシェルの一族が持つ希有な魔力、それは無属性。
どの魔力にも変換できる、不思議な属性だ。癒しにも、肉体強化にも、火、水、土、木、光、闇属性にもなるものだった。そしてミシェルが持つ魔力量は増大で、男であれば将軍にまで上り詰められたのではないかと言われる程の物だったらしい。
らしいというのは、モルエディアがそう言っていたからだ。
そして今は、軍事利用の為だけの希有な魔力を生産するミシェルは殺さず生かさずの軟禁生活を余儀なくされている。
逃げ出そうにも、窓には格子が張られ、扉にも鉄格子と普通の扉と言う2重構造になっていた。
ミシェルは起き上がりカーテンを開け、窓を開けた。鉄格子越しの朝の涼しい風と鳥の鳴き声を聞き、まだ自分は毒されていないと実感する。
「まだ、大丈夫。」
首輪で圧迫された喉は掠れた声しか出せない。
扉を叩く音で振り返ればそこにはモルエディアが一人立っていた。横には朝食が並べられたワゴンと、新しい首輪。
「おはよう、ミシェル」
「・・・」
無言でミシェルは部屋にある食事用の小さな机の前に座る。ミシェルの態度を気にする事も無くモルエディアはワゴンを押して机の横につけると、食事を並べ始めた。
「今日も一日大人しく過ごすんですよ。」
そう言って、最後に首輪を付け替えるのだ。一瞬だけ首の圧迫感が消える時に大きく息を吸い込む。次には新しい首輪はピッタリと肌にくっつき、またミシェルの魔力を吸い上げて行く。外された首輪に口づけて、モルエディアは微笑む。
「素晴らしい魔力だ。」
そう言って、モルエディアは去って行く。
ミシェルは一人になってから、やっと食事に口を付けた。
この離れには、食事の時以外誰も近づいてこない。朝はモルエディアが運んでくるが、昼間は扉が少し開かれお盆の上に載せられた食事が差し入れられるのだ。手からして侍女だとは思うが、姿は見えない。
だがその分、部屋の探索は自由に出来た。ミシェルが探すのは隠し通路。離れと言えど貴族の屋敷だ、必ず何処かにあるはずだと思いながら今日も部屋の壁を叩いて行く。
魔法を使って暖炉の中をよじ上って行くという手段もあるが、だがそれは本当に最終手段になる。使ったと同時に大切な物も無くなってしまうからだ。今は魔力を使わずに出る方法を探すのが先決だった。
まだ一週間は、もう一週間。
冷たい壁を叩きながら、ひたすら音が変わる場所を探す。
魔法を使ってしまえという心の声と、使ったら終わりだという声が一人きりのミシェルの頭の中を谺する。
マリオネット症候群、それがミシェルが抱えている病気だ。そして、父親から魔力を使う事を禁止された原因でもある。
原因不明の病。それは、魔力を使えば使う程人としての感情や痛覚が消えて行き、最後には人形のようになってしまう為にそのような名がつけられたものだった。
ミシェルはもう心の底から笑う事が出来ない。まだ楽しいという感情は残っている物の、もう笑顔を上手く作る事が出来ない。それに指先の痛覚は既に鈍くなっていた。
知っているのは父親と診断した医者だけだった。そのはずだったのが、遺品整理で知ったのは一部の貴族に情報が漏れ、マリオネット症候群になった後のミシェルを貰い受けたいという手紙があったのだ。
お人形とかした人間は、兵隊にも召使いにも何にでもなる、感情が完全に抜け切ってしまえば歯向かわない優秀なお人形。
その手紙の中には王族もいたし、大貴族もいた。
そしてシェルディエの名はその手紙の中にも居たのを、この数日間で思い出した。
彼はお人形になるのを待っている。ミシェルがこの空間に耐えられず魔法を使って脱出するのを待っているのだ。
「負けない。負けない。」
ミシェルは目が熱くなりながらも、必死に壁を叩き続けた。
*
代わり映えしない毎日は、時間の感覚が麻痺していく。暖炉の中に書いていた棒線を数えればもう3週間も経っていた。壁も床も叩いたがどこにも抜け道は無いようだった。
体は日々重くなって行く。
日課の窓を開け、窓辺に座りこんでぼーっと外の景色を眺めた。それだけでもう体は疲れて眠りへと誘って行く。寝たら次は起きれるのだろうかという不安があった。
抱きしめられる感覚に、はっとなって振り返れば、モルエディアがミシェルを抱き上げていた。
「こんなに冷えて。上着を羽織らないとダメですよ。」
「・・・」
優しく置かれた場所はベットの上だった。布団をかけられ、優しく頰をなでられる。
「今日は、首輪は止めときますか。私の言ってる事わかるかい」
そう言われて、ミシェルは首を傾げた。何を言ってるのだろうかと思いながらも、ゆっくりとした動作で頷いた。
「ふむ。よろしい。」
そう言って、ミシェルにつけられた首輪を外し、甲斐甲斐しく朝食を与えると去って行った。
あぁ、逃げないと。