【残酷な魔法】03
「私たち一族は魔力も多く、戦闘に関してとても強い!」
自分の筋肉を見せるようにポーズを決めた父親に子供は手を叩いていった。
「はい!父上はとっても強いです!」
「だがね、年々強い魔力を持った者が産まれなくなってきたんだ。」
「そうなのですか?・・・私も魔力もってます!父上のお手伝いします!」
「ミシェルは女の子だから父と同じ魔力は使っちゃ駄目だよ。」
「何故ですか?」
「それは・・・女の子がやる仕事ではないんだよ。」
ぽんぽんと大きな温かな手がミシェルの頭を優しく撫でた。
「一族では私が最後。このお仕事は終わりにするんだよ。」
「・・・はい。」
「ミシェル、庶民もいいぞ。貴族のように腹の探り合いが必要ないからな!あれやこれやとうるさくないしな!」
「おぉお!マナーとかダンスとかしなくていいのですか!」
「はははは!そうだよ!・・・だからな、ミシェル。戦うな、魔力は使うな。錆び付かせろ・・・心が壊れてしまうからな」
「・・・はい」
皺が増え、厳しかった父が朗らかに笑う、ほんの少し寂しそうに思えたのはいつだったか。
その当時は意味が分からなかった。父の言葉も、無くなった後に物を売り払っている最中に見つけた書物で分かってしまった。
あぁ、これは夢だ。そう思いながらミシェルは胸が痛んだ。
ー 魔力を使ってはいけないよ。それはお前を蝕む毒になる。
使わない。絶対に、使わないからどうか私を助けて欲しい。
その願いも空しく耳にはいる雑音に、あぁ夢から覚めたくないと思った。
「やっとみつけたか。アワード家の直系を」
「えぇ、まさかこんなに近くに居るとは思いませんでした。灯台下暗しとはまさにこのこと。」
「それで、魔力は?」
「申し分ないですね。」
はっきりと聞こえた会話にミシェルは絶望した。
父が望んだように庶民の暮らしをした。恋をする気はおきなかったけど、それなりに楽しい人生だったと思う。父が隠した事も知ってしまった今、消されるか捕らえられるのだろう、そう思ったからこそ家名も捨て、今までの人間関係を全て捨てて庶民として再出発した。自分の生い立ちは誰にも話した事が無い。
どこでバレてしまったのだろうか。早く人が立ち去ってくれないだろうかという思いも空しくシャーっという音と共にカーテンが引かれた。
「おはよう。ミシェル嬢、狸寝入りがしたければそのままでもいいですよ。」
その声はモルエディアだった、寝たふりをし続けても意味が無い事に諦めて、ミシェルは目を開けて言った。
「・・・私をどうするき?」
「気が早いですね。私はモルエディア・ドゥ・シェルディエ、以後お見知りおきを」
そう言ってモルエディアは優雅にお辞儀した。周りの風景が病室、といってもカーテンで仕切られているので病室のような部屋と言った方が正しいかもしれないが。この場所では、その優雅さは滑稽に見えた。
「シェルディエ?」
何処かで聴いた事ある家名に、思い出そうと思うも肩の痛みで飛散した。横目で見れば入院服の下に包帯が巻かれうっすらとピンク色に色づいていた。
「聞き覚えはありませんか?」
布越しに頰を触られ、鳥肌が立った。
「庶民なので、存じ上げません。」
震えそうになるのを誤摩化すように、顔を強く振ってモルエディアの手を拒否した。
「ふふ、気が強いですね。穏便に済ませたかったのですが、お逃げになるので少々手荒な方法でお連れしました。」
にっこりと笑顔には悪びれた様子は全くなかった。横に合った椅子をたぐり寄せ座ると、寝台の机の上から封筒を取った。中を開けて中身を取り出すとミシェルに見せた。それは自分の貴族としての戸籍と、一度孤児院に入ってから庶民になってから作られた戸籍だった。
「探すのに苦労しましたよ。まさか家名までお捨てになるとは思わなかった。孤児院では貴方は数日滞在した後、出て行ったとしか言わないし、どういう訳かまったく足取りが掴めなかった。」
意味深に、ルエディアは横目でミシェルを見た。その視線から逃げるようにミシェルは正面を見据えた。
「さて、何故私が貴方を探していたかと言いますとね。貴方は私の許嫁なんですよ。」
「知らないわ。」
何処の世界に許嫁を撃ち落とす奴がいるか、と心の中で悪態をつきながらミシェルは冷や汗をかき始めていた。自分には許嫁なんて者は本当に存在しない。それは親族達の話でも確認済みだ。これはもしかして妾として囲われるのではないかと、最悪監禁されるのではないかと。魔力なんて使わなければ力量なんて分かるはずが無いと思いながらも、父の書斎に隠されていた手紙の数々を思い出していた。
「冷たいですね。流石、鉄壁の女という渾名は伊達ではありませんね。まだ17歳だというのに、おばさんのような格好なのはわざとですか?そうやって髪を下ろしていれば年頃のお嬢さんに見えるのに」
「女性を口説くのであれば、見目麗しい女性を狙ったらいかがですか?生意気な小娘ではなく。」
「おや、生意気な小娘という自覚はありましたか。」
くすくす笑う様子にミシェルは眉間に皺を寄せた、一挙一動絵になる男というのは存外腹正しいものだと思った。そして全て気づかれている事に唖然とした。
「それで、私をどうする気ですか」
ミシェルの言葉に、書類を片付けて棚に置きなおすと笑顔で残酷に告げた。
「それが、残念な事に許嫁でしたが。貴方は庶民になってしまいました。えぇ、残念です。正式な妻として向かい入れる事が出来なくなりました。私はそこまで鬼畜ではありません。女性一人暮らして行くのは大変でしょう。ですから、私の妾にと思いましてね。」
「・・・」
まるで、聖人君主のような憂い顔をして言ったと思ったらまるで良い事を思いついたという表情に切り替わる男に、全てが芝居染みていてミシェルは自分の感情を載せる事を忘れて見入ってしまった。
「ちなみに、貴方は先ほど軍事違反により、軍から首になりました。」
最後の止めも忘れないのかと、まるで物語を読んでるような気分になりながらミシェルは男から視線を外した。ミシェルが返事をする前にモルエディアは布団をはいで、ミシェルを抱き上げた。
「なっ?!」
あまりの早急な出来事にミシェルは反応が出来ずに居た。
「これでも、忙しい身の上ですので。さっさと移動しましょう。」
そう言って移動を仕始めたのだ。病室から出ればそこは軍医療施設だった、看護師の制服が軍服だったのですぐにわかった。
病院の裏口へと出たときに、やっとミシェルは逃げるなら今しかないと思った。妾なんて誰がなるものかっと思ったのもあったが、身動きしようと体に力を入れようとした瞬間、肩を強く握りしめられてしまった。
「うっ!!」
「動くなミシェル」
そう耳元で命令された。じわりと肩に血が広がって行く感覚と、痛みで熱が出始め、頭痛がした。
「良い子だ。」
身動きできなくなったミシェルにモルエディアは満足げに頷いた。
黒い馬車に乗せられ着いたのは、都から少し離れた貴族達が住むエリアの大きな屋敷だった。出迎えにきた使用人と女主が困惑げに見てる様子に、屋敷内の人達もモルエディアが何をしたいのか不明な事に気づいた。
「お帰りなさい。旦那様。そちらのお嬢様は・・・」
「私の妾だ」
「「?!」」
女主人の青ざめた表情にミシェルが口を開く前にモルエディアはとろけるような笑みを浮かべて言った。
「心配するな、表向きの話であって本当の妾ではない。私が愛してるのは誰だか、君が一番分かっているだろう。」
その言葉に一気に顔を赤らめた女主人は恥ずかしそうに言った。
「えぇ、旦那様」
そう頷きながらも女主人は、モルエディアの手を見て一瞬目を見開いたがすぐに伏せた。その様子にミシェルは、慌てて叫んだ。
「助け!!っ・・・」
肩をまた強く握られ言葉は続かなかった。服の上からもにじみ出る血に、女主人は違う意味で青ざめた。
「旦那様・・・」
「君は部屋に戻っていなさい。セバス、離れに部屋の用意を。」
「はっ。直にご用意を」
そう言って年配の執事の男性は直にメイド達に指示を出して、大股で先に歩き始めた。その後をモルエディアはゆっくりと歩く。
ミシェルは荒い息をしながら変な汗が出始めていた。その耳元でモルエディアは囁いた。
「あまり下手な事を言わない方が良いよ。君は既に私の物なのだから。」
「な・・にを・・・」
「君が一番よく分かっているだろ?希有な魔力を持つアワード家直系の君なら、君が大人しく屋敷に居れば大切に扱うよ。大切にね。」
存外に逃げ出せば容赦しないと言っている男に、ミシェルは血の気が引いた。出血のせいだと思いながらも体が震えてしまう。