08 晩餐
洗礼を受けてからも、ルシーナの先見の力に変化はなかった。相変わらず内容はルシーナ自身に関するものばかりだった。唯一変化があったのが、夢の内容がより鮮明になったということだけだった。
ある日、ルシーナは王家が一同に集って夕食を食べる夢を見た。ロズグラシア王家は普段は政務で皆の時間が合わず、別々に食事をとる。国によっては必ず毎日晩餐を共にするところもあるようだが、ロズグラシアではそうではなかった。
夢の続きでは、ロンデニアの街が浮かんだ。ベンソン夫妻やライアス、他の子どもたちがいる。
目覚めて彼女は首をひねった。
なんだったのだろう、今日の夢は。先見の夢だとしても、夕食はあり得る。しかし、ロンデニアの街に帰るということなのだろうか。やはり自分は王族ではなかったのではないか。人違いが判明したのかもしれない。それとも、ただの願望が夢に表れたのだろうか。
その日の夜、ルシーナが夢に見たとおり、揃って夕食を食べることになった。
豪華な食事がテーブルに並ぶ。ルシーナは王宮での食べきれないほどの量の食事に驚いていた。今までの感覚からすると、もったいないことこの上ない。
皿やスプーン、ナイフは銀でできており、装飾が細やかにほどこされている。庶民であれば、一生かけて稼いだ金でも手が届かないものばかりだ。
食事の最中にはとりとめのない話ばかりがされていた。この時期に咲く花や、自分たちの領地で採れる特産品についてだ。慣れない作法のせいで、彼女は食べることに必死だった。味も分からない。
「ときにルシーナ」
突然国王に名前を呼ばれ、ルシーナのスプーンが音をたてた。
「し、失礼しました」
気にするなと国王が言う。
「勉学の方はどうだ。進んでおるか?クランバート家の教育は一流だから、変な家庭教師を雇うよりもよい。しかしヘイゼル、あやつは堅すぎるでな。不自由はないか。他にも慣れぬことがあれば、申せ」
真っ白になる頭をなんとか働かせ、ルシーナは口を開いた。
「難しいことばかりなんですけども、あの、頑張っています。クランバート公爵にもよくしていただいて…」
国王はうなずいた。
「ならばよい。だがルシーナ、臣下に敬語を使うでない。分かったな」
「はい!失礼しました」
ルシーナが頭を下げる。
「それはそうと、お前にも領地をやろうと考えているところだ。子の領地は王が決めるしきたりでな。お前にはコルトギーズを与えることにする」
コルトギーズ、聞いたことがある。ルシーナは思い出した。たしかこの前、ヘイゼルとやった地理の授業で出てきた。緑が豊かなロズグラシアの中でも肥えた土地であり、軍馬の飼育や農作物で栄えている。森が多いため調査しきれておらず、資源は未知数だ。そして、そこは故郷ロンデニアの北部に位置している。街の人たちの顔が浮かんだ。先見の夢を思い出す。
「直轄領の徴税などは王族に全て権限がある。コルトギーズは好きに使うがよい。分からぬことがあれば、兄たちかヘイゼルに聞くがよい」
ルシーナはすっかり縮こまって礼を述べた。その様子を見て、国王が頬笑む。
「励めよ」
先見の力のことで何か言われるかと思ったが、国王はそれについて何も言わなかった。
その日の食事のなかで、ルシーナに関係ある事柄は他に二つあった。まず、国内の貴族たちへのお披露目についてだ。これはすでに準備は兄王子たちによって進められており、問題はなさそうだ。あと一つは、国外へのお披露目だった。王女が見つかり、王宮へ戻ったことはすでに広まっているらしい。しかし、実際に他国の者にお披露目というかたちで会うのは話が違ってくる。第一王子イライアスの提案により、三か月後に予定されているダグラス王の誕生日のパーティーで同時に行われることになった。ダグラス王は慶事の重なりに喜んでいた。
「いきなりそんなこと言われてもねえ…」
寝る前、ルシーナは窓の外を見ながら深々とため息をついた。ここに来てから様々なことがあった。ロンデニアが懐かしい。ほんの少し前まであそこにいたというのに。
空を眺める。月が明るいため、星が見えにくい。この空はロンデニアに繋がっているのだろうか。だとしたら、同じ光に故郷も照らされているのだろうか。
分からないことばかりのこの世界で、果たして生きていけるのか。いつか兄王子たちやヘイゼルにも迷惑をかけ、見限られてしまうのではないか。闇のせいで心細さが増す。
帰りたい――。
突然、郷愁の想いにかられた。ルシーナはそれを吹き飛ばすように頭を振り、ベッドにもぐりこんだ。