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07 ルシーナ

 試行錯誤を重ねていたある日のことだ。ヘイゼルが珍しく慌ててアルモンドに会いに行った。ヘイゼルは何やら耳打ちした。話を聞いたアルモンドが驚く。少し話し合った後、二人はルシーナを探しに行った。


「洗礼ですか」

 ルシーナがきょとんとする。

「ああ。生まれたときに受けたとか聞いたことはない?父上が覚えていらっしゃらないかと思ったけれど、どうやらあなたが生まれた時のことは何もご存知ないらしいんだ。あなたの母君は懐妊と同時に王宮を去ったらしいから」

 アルモンドが尋ねる。ルシーナは少し考えた。そしてはっとする。

「そういえば、してないかもしれません。私がロンデニア領主様に解放していただく前にいたお屋敷で、その時の主人がそう言っていたような記憶があります」

 やっぱり、とアルモンドが言った。やっぱりって何ですかとルシーナが聞く。

「王族は生まれた直後に必ず洗礼を受けるんだ。市民でも普通はそうするはずだけれど、あなたが生まれたときはどうやらあなたの母君が故郷へ帰る旅をしていた途中だったようだ。やはり洗礼を受けていないんだね。洗礼を受けていないと、先見の力がうまく機能しないようなんだ。古書にそう書いてあった」

「今から洗礼を受けちゃだめなんですか」

 アルモンドがヘイゼルを振り返る。どうなんだと尋ねた。

「もちろん洗礼をお受けでないと分かった以上、受けていただくことになるのですが、それで先見の力が元に戻るということはないようです」

 ルシーナとアルモンドが同時に落胆の声を出す。

「じゃあ、一体どうしろって言うんですか!」

 ルシーナが騒ぐ。

「そうおっしゃいましても、どこにもそのような事例はないのです。様々な文献にあたってみました。ひとに話を聞いてもみました。しかし、洗礼を受けたからといって、力がうまく使えるようになるわけではないとしか分からないのです。そもそも王族は普通ならば生まれたときに洗礼をなさいますから、このような事自体があり得ないのです」

 どうしようとルシーナが呟く。すっかり困ってしまっていた。アルモンドが落ち着くように言った。

「洗礼を受けていないのはあなただけのせいではないよ。気にすることはない」

 だが早めに洗礼を受ける必要があるとも付け加えた。そしてアルモンドはヘイゼルに命じ、早急に洗礼の手配をするように言った。

「でも、そんなに洗礼って必要なものなんですか」

 ルシーナが尋ねる。そうだよとアルモンドが答えた。

「この国は他国と違って独自の宗教を持っているでしょう」

 ルシーナが頷く。

 ロズグラシア王国は、もともと隣国であるレネートモンド王国と一つの国家を形成していた。その国家は今は亡きランカネル王国だ。しかしさらにその前には、ロズグラシアはランカネルとは違う国だった。国の名はグレンデール王国といった。長い戦いがあり、グレンデール王国はランカネル王国に併合されたのだ。現在のロズグラシア王家は、ランカネル王国からの独立運動の中核をなした、元グレンデール王族たちの血を引くという。彼らはロズグラシア王都ローアイズ、旧名レニールを独立運動の拠点としていた。そのためロズグラシア王都はローアイズなのだ。

 そしてグレンデール王国には、独自の宗教があった。ランカネル王国併合下では弾圧され迫害を受けていたが、ロズグラシア王国が独立してからは再び国教をそれに定めたのだ。ランカネル王国や現在のレネートモンド王国は一神教だが、ロズグラシアの地では古くから多神教が信仰されてきた。

「ロズグラシア王家はかつてのグレンデール王家だ。その一族は最高神の子で木々の女神レンデーラの血を引くとされているんだ。だから、王族は必ず国王から洗礼を受けるんだ。王族以外は教会で受けることになっている」

 アルモンドはいったんそこで言葉を切った。

「ルシーナは修道院にもいたのでしょう。覚えていないかい」

 彼女は首をひねった。

「なにぶん、小さい頃のことなんで記憶にないんです。そんな話をベンソン夫人から聞いたような気がします」

 国王といえば、ダグラス王に再び会わないといけないのか。最初に会ったときのことを思い出し、手に汗がにじんだ。

 勝手に緊張しているのがアルモンドにも分かったのか、彼が微笑んだ。

「心配しなくてもいいよ。難しいものでもないし、ルシーナは特になにかをする必要はない。洗礼が済むまで座っていればいいんだ」

 そうは言われても、あの目を思い出すだけで畏怖と緊張が入り混じり、変になってしまいそうだった。


 国王とルシーナ、兄王子たちの予定が調整され、二日後に洗礼が行われた。アルモンドが言っていたとおり、ルシーナは特になにかをする必要はなかった。王宮の地下にある祭事場には王族のみが集まった。司祭が呼ばれ、最高神オルランディーネと木々の女神レンデーラに祈りが捧げられた。国王が木の枝を使って聖水をルシーナに振りかけ、洗礼はあっという間に終わった。ルシーナは一言も発することなく、本当に座っているだけだった。

 祭事場からの帰り道、エリオットがルシーナにささやいた。

「父上が聖水を振りかけるときに使った枝、覚えている?」

 はいと彼女はうなずいた。見たことのない枝だった。全体的に白いような、銀のような色をしていた。枝も葉も同じ色をしていた。葉は円く小さく、かわいらしいものだった。

「あれはルシーナの木の枝だよ。レンデーラ神の冠にも使われているんだ。あなたの名前はそこからとってあるんだね」

 ルシーナが驚いて目を大きくする。珍しい木であり、その木が生えている場所は国王の直轄領となっているとエリオットは付け加えた。

「これは私も噂でしか聞いたことはないのだけれどね」

 アルモンドが割ってはいる。

「王女の噂とともに聞いたのだよ。あなたの名は、父上が敬愛するレンデーラ神に由来するものを御自らお決めになったそうだよ」

 胸が熱くなるのを感じ、ルシーナが唇を噛んでうつむく。

「たとえ先見の力などなくとも、お前は私たちの家族だ」

 イライアスがそれに付け加える。ルシーナはぎゅっと手を握った。

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