06 夢
ルシーナが王宮に来てひと月ほどが経った。他の貴族たちへの挨拶の準備が進んでいる。王女のお披露目は盛大に祝われることになった。ルシーナもそれに合わせて言葉遣いや立ち居振る舞い、ダンスの授業が頻繁に行われるようになった。
そんなある日、国王がルシーナに先見の力を強くするよう言った。ルシーナは王宮に来てからというもの、夢で先見をするたびに記録をつけさせられていた。歴代の他の先見をしてきた者に比べると、ルシーナは回数が少ないようだった。これでは万一戦争でもあったときに戦力にならないというのだ。ヘイゼルやアルモンドたちが先見の力を強める方法について調べ、いくつかを試すことになった。
夜、ヘイゼルが侍女に命じてルシーナのベッドの近くのテーブルに水盆を置かせた。中には水晶と薬草が入れてある。
「本当にこんなもの、役に立つの?」
ルシーナは半信半疑だ。さあ、と曖昧に侍女が首をひねる。
「なにしろ私どもも、クランバート様のおっしゃるとおりにいたしましただけですから」
侍女は水盆の周りに水がこぼれていないのを確認し、退出した。
翌朝、ルシーナは一番にアルモンドとヘイゼルに会いに行った。アルモンドの自室には、他にも第一王子のイライアスがいた。
「効果はどうだった、ルシーナ」
アルモンドが期待しているのを抑えながら尋ねた。
「ええ、すっごく効果があったんですよ!今まで見たどの夢よりも鮮明で、五感までしっかり覚えています」
それを聞くといよいよアルモンドたちは目を輝かせた。どんな夢だったかとイライアスが尋ねる。
「すごいんですよ!見たことないお菓子がたくさんあって、どれもとってもおいしいんです!特にバターをたくさん使ったクッキーがおいしくて、後はベリーか何かが入った紅茶がいい香りで……」
ルシーナがうっとりと話す。アルモンドたちの目は最初の輝きを失っていた。
「これは……どうしたことでしょうか」
ヘイゼルが困ったように呟く。王子たちは腕を組んでいた。
「確かに先見の力自体は以前より強まったようだけれど」
アルモンドがぶつぶつと言う。
「いや、いい方に考えろ。今日は特に何もないということだろう」
イライアスが言う。アルモンドとヘイゼルはあまり納得していないようだったが、頷くしかなかった。
「どうなさったんです、皆さん」
ルシーナがきょとんとして尋ねる。アルモンドが眉をひそめた。
「ルシーナ。あなたが嘘を言っているとは思えない。そんなことをして私たちを困らせるような子じゃないのはよく分かっているよ。でも、あなたは歴代の神官とは少し違うようだね」
「違うって、どういうことですか」
ルシーナも三人の雰囲気を感じ取り、真面目に尋ねた。
「先見の力は、この国に関することが一番多く現れるんだ。基本的に個人的なことは見えないことが多い。だからこそ神官としての力を発揮するんだよ。それが、あなたはどうやら自分に関することが多く現れるみたいだね。今までの記録も全部読ませてもらったけれど、そうだった」
ルシーナは少なからずショックを受けたようだった。ごめんなさいという言葉が彼女の口から漏れ出た。王子たちが慌てる。
「ほら見ろ、お前が軽率にもあんなことを言うからルシーナが落ち込んでいるではないか。先見の力に影響でもしたらどうしてくれる。第一、妹をいじめるやつがあるか」
イライアスがアルモンドに向かって言った。
「そんなつもりではありませんでしたよ!それに、今は国も少し落ち着いていますし、本当に先見の力を使う必要がなくて、ルシーナが見えていないだけかもしれないではありませんか。ルシーナ、何も落ち込む必要はないからね!例え兄上が何かおっしゃろうとも関係ないよ!」
「アル、お前なにを言い出すんだ!私を悪者にするつもりか」
兄弟が言い合うのを見て、ルシーナは少しだけ微笑んだ。それを見て王子たちが思わず微笑む。その時、部屋にノックの音が響いた。第三王子エリオットの使者だった。中庭にお茶の用意が整ったということだった。エリオットが自分の領地で採れたものをコックに命じて茶菓子を作らせたのだという。ルシーナたちは揃って向かうことにした。
よく晴れている。ところどころにはぐれ雲が浮かんでいた。庭にテーブルが置かれ、準備が整っていた。テーブルの上のクッキーを見て、ルシーナは思わず声をあげた。
「ああっ、夢で見たとおりだ!」
王子たちが顔を見合わせる。
「ベリーのお茶もある!」
侍女がカップに注ぐ紅茶を見て、ルシーナが言う。
「僕の領地で採れるベリーだよ。風がよく吹く谷にしか生えていなくてね。王都にまで運ぶには時間がかかりすぎて腐ってしまうから、それを向こうで乾燥させて茶葉に混ぜたんだよ」
エリオットがルシーナに教える。紅茶はいつにも増して赤みが強い。白いカップに鮮やかな色がよく映える。甘酸っぱい香りがした。一口飲むと、それは夢で飲んだものと同じ味がした。ルシーナはクッキーを一つ口にした。目が大きくなる。
「すごい、夢で食べたのと同じ味!おいしい!」
高評価を得て、コックは満足そうだった。それも領地でわずかしか取れない稀少な木の実を使ってあるとエリオットが説明した。
「ルシーナ、どうやらあなたの力は本物らしい。そこまで鮮明に先見をする神官は過去に類を見ない。……ただ、ね。国のことをもっと見ることができれば言うことはないんだけれど」
アルモンドが紅茶を飲みながら言う。その話はもうよせとイライアスが言う。
「先見の力くらいなんとでもなるだろう。深く考えることはない。ルシーナ、アルモンドが何か言おうと気にする必要はない」
「兄上、私への仕返しですか!」
アルモンドが笑いながら返す。
その日の夜から、ルシーナは先見の力を強めるためにさまざまな方法を試した。ある夜は鏡を枕の下に敷いて寝て、ある夜は香を焚いて寝たりした。しかし効果はどれも変わらなかった。国のことに関する夢は見る気配もない。ルシーナの夢は、内容だけは確実で鮮明だった。その点においてのみ、歴代の神官を上回っていたと言える。