05 剣と王女 2
ヘイゼルが剣を構え、兵を見回す。彼は五〇人ほどの兵に囲まれていた。兵たちはどうやら彼の気迫に圧されているようだった。動こうとしない。見かねたモルトン少尉が口を開く。
「貴様ら、もしルシーナ殿下に危険が迫っていたとして、それがたった一人の暴漢だとしても指をくわえて見ているだけのつもりか。近衛隊として恥を知るがいい!」
その言葉に、兵たちの顔つきが険しくなる。意を決し、一人が声を上げながら輪から飛び出した。それに続くように他の者たちが掛け声とともに駆け出す。上官を狙うという不安が生み出す一瞬の隙をつくため、ヘイゼルはかなり集中しているようだった。ルシーナはすっかり見入っていた。彼女に剣術はよく分からない。しかし、すごいと思った。瞬きすら忘れてしまう。
あっという間に彼は十人ほどを倒した。相手にする人数が多いためか、できるだけ動かないようにしている。それでもヘイゼルの息はあがっていた。また一人、また一人と兵が彼に敗れていく。少し疲れてきたようだ。ときおり彼の表情が歪む。
四〇分ほどして、最後の一人がヘイゼルに剣をはじかれて負けた。ヘイゼルが汗だくになって座り込む。近くにいた兵が水を持ってきてなにやら話しかけたが、うまくしゃべれないようだ。一気に水を飲んだが、まだ呼吸は荒いままだ。肩で息をしている。
落ち着いたところで彼はルシーナの元に戻ってきた。
「王女よ。これで私の隊と私の腕は信頼していただけたでしょうか。彼らもあまり無い機会ですので緊張のあまり見苦しいところもお見せしたかもしれませんが、精鋭の集まりとの評判はいただいているのです」
ヘイゼルの赤い目がルシーナを捉える。なにを考えているのか分からない目だ。無表情でもあるようだし、不機嫌にも思える。
「殿下、部隊の者が全員敗れてしまったのにがっかりしておいでかもしれませんが、クランバート隊長は国内でも随一の剣の使い手なのです。ご安心ください」
モルトン少尉がルシーナに耳打ちする。
「わがまま言って悪かったわ」
ルシーナが謝る。そして兵にねぎらいの言葉をかけ、ヘイゼルとともに再び座学をしに戻った。
帰り道の途中、彼女はヘイゼルに話しかけた。なんでしょうとヘイゼルが聞き返す。
「私は剣術とかは分からないんだけど、あなたたちのことは信頼するわ」
ありがとうございますとヘイゼルが丁寧に礼を言う。
「もし私が危ない目にあっていたら、絶対に助けてくれるのよね」
「もちろんです。命に代えてもお守りします」
いたって真面目に彼は言う。ルシーナはふと浮かんだ疑問を口にした。
「それって、嫌じゃない?」
何がですとヘイゼルが尋ねた。ルシーナの質問の意図を汲み取ろうとしている。
「だから、私なんかのために死ぬかもしれないってことでしょ?それって、嫌なことなんじゃないの」
ヘイゼルはまだよく分かっていないようだ。
「嫌とは思いません。それが私たちの賜った大切な任務です。あなたはこの国にとってとても大切な存在なのです。国だけではありません、ロズグラシア王家の方にとっては大事なご家族です」
今度はルシーナが首をかしげた。
「そう、よく分からないけど」
ルシーナはそれ以降は黙ってしまった。
ルシーナを守るための兵たちにも当然家族がいる。他にも大切なひとは多勢いるはずだ。それなのにルシーナを守るために命の危険にさらされて平気だというのが理解できなかった。見ず知らずの他人のために死ぬのが本当に名誉なのか、それが王族というだけで正当化されるのか、ルシーナには分からなかった。もちろん、彼らにはとても大事なことなのだろうということぐらいは分かる。考え方の違いにはどうしようもない。