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29 覚悟

 水面下ではロズグラシア王国も、同盟を結んでいた。有事に備え、一国でも味方を増やすためだ。だが、それは難航した。

 レネートモンドの王宮で、二人の男が向かい合っていた。

 一人は初老の男性で、神経質そうに口髭を撫でている。椅子に座しているこの人は、レネートモンド現国王だ。

 もう一人はアレクシス王子だ。国王の前に立っている。

「決定は揺るがん。ロズグラシアに戦争を仕掛け、吸収する。お前にも軍を取り仕切ってもらうぞ」

「神官は、どうなさるのですか」

 王子のその返答に、国王は不意を突かれたようだ。

「ふむ、お前は以前に姫君を招待したのだったな。私に断りもなく。…本気か?」

 王子は耳を赤くした。国王はそれを見て、微笑んだ。

「全てが終わって、姫君が生きているなら好きにすればいい。ロズグラシアの神官は戦場に立つというからな。平民階級で育ったというし、敗戦し分割統合された亡国の姫君になる。正妻というわけにはいかないだろう。だが、それも、まずはロズグラシアに勝ってからだ」

 ルシーナを殺す意思が見えなかったため、アレクシスは安堵した。

 不思議だ。

 ロズグラシア国王の誕生日パーティーで、一度会っただけだ。

 特段の美人というわけでもない。

 それでも、どうしてももう一度話がしたくなり、レネートモンドへ招いた。

 馬車で二人でいたときに、ふとこのまま手元に置いておきたくなったのだ。

 籠の鳥のように、いつまでも閉じ込めておきたい。

 今までこんな気持ちになったことはない。

 ロズグラシア王国に戦争を仕掛け、近隣国で分割統治するーー。

 大義名分は、多神教のロズグラシア国民を改宗させ、言語と文化を統一し、世界を発展させるというものだ。

 もちろん、ロズグラシア王国は資源が眠る宝箱のようなものだ。皆互いの本音は分かっている。

 対ロズグラシア王国同盟は順調だ。誰が言い出すかで足踏みしていただけだ。誰かが対抗の意思を表すだけで、いとも簡単に実現した。

 ロズグラシアへの宣戦布告まで、秒読みだった。


 一方で、ロズグラシア王国も動きを見せていた。

 レネートモンドを中心に、包囲網が形成されつつあるという情報は入っていた。対抗するため、各国に大使を派遣し、協力を仰ごうとした。だが、これが難航した。

「…まあ、分かってはいるんです。こうなることくらいは」

 第三王子エリオットが、重々しく言う。

 レネートモンドの包囲網が着々と完成するなか、ロズグラシアはうまくいかない。

 国王を前に、王子を始め、執政部の者が頭を抱える。

 特に、ロズグラシア王国の神官の夢見は当たりすぎるほどに的中する。その力は、内外に知れ渡っている。なぜ夢見が当たるのかも分からない。なぜ王家の女性だけが持つ力なのかも分からない。

 夢見は、外国から見れば不気味な得体の知れない魔術のように映るだろう。

 不気味なものは、排除した方が安心して暮らせるのだ。

 実際、ロズグラシア王国の前身であるグレンデール王国を併合したランカネル王国では、グレンデール王国の宗教ーー今のロズグラシア王国の宗教と変わらないのだがーーを弾圧した過去がある。

 不気味な力でも、束になれば勝算はあるに違いない。レネートモンドとその同調国の密約は、そう言っているようだった。

 それに、ロズグラシアにはまだ手つかずの資源が眠っているという調査報告もある。

「けれど、我が国は長らくその神託に頼ってきた。この国は、女神レンデーラの加護があってこそだ」

 第二王子アルモンドが言う。

 他国と、分かり合えない壁がある。

 誰もがそう感じていた。

「このままでは、レネートモンドと戦争に…」

 誰かが呟く声がした。

 どこかから呼応するように、ダグラス王は、と聞こえた。

 その一言に、全員がはっとする。

 ロズグラシア現国王ダグラスは、レネートモンドの出身であった。両国の和平の象徴として、レネートモンドから入婿という形で成婚したのだ。

 全員の不安そうな視線を浴び、国王はいささか戸惑っているようだった。

 それもつかの間、彼はふっと短く息を吐き、椅子に腰かけたまま、人々の顔を舐めるように見渡した。

 そして、ゆっくりと口を開く。

「私は、ロズグラシアの国王だ。故郷はたしかに懐かしい。だが、私の家族はこの国にいるのだ。この国に来た日に、私は女神レンデーラに誓いを立てた。…何があっても、私が守るのはロズグラシアの民をおいて他にないのだと」

 彼は立ち上がった。

 ひときわ声を大きくして続けた。

「レネートモンドの現国王は、私の血を分けた兄だ。しかし、この国を軽んじ、我が物にせんと企むのであれば、私は何者に対してでも立ち向かう!私の大切なものは、ロズグラシア王国と家族、これをおいて他にない!」

 不安そうな視線は、安堵に変わった。

 誰かが、国王陛下万歳、と叫ぶ。

 やがて、万歳が広間に充ちた。

 決戦の火蓋が切って落とされるまで、あとわずかである。

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