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17 暗陰 2

 女官が案内した先は、あまり使われていない部屋だった。他に比べると広くはない。奥まった場所にあるので、普段は会議室のように使われている。

 部屋には誰もいなかった。香が焚いてあった。ルシーナの知らない、甘い香りが部屋に充満する。少し焚きすぎではないのかと思うほどだった。

「少々お待ちください」

 そう言うと、女官は退出してしまった。一人とり残されたルシーナは、椅子に座った。

 いつもならアルモンドは呼びつけるとき、先に部屋で待っている。今は用事がまだ終わっていないのだろうか。

 そんなふうに考え事をしながらぼうっとしていると、だんだんと眠気が襲ってきた。コルトギーズへの公務でやはり疲れたのだろうか。抗えずに眠りへと引きずり込まれていった。

 彼女は夢を見た。また、黒い鎧の騎士が現れた。彼がルシーナへ手を伸ばす。えも言われぬ恐怖が彼女を襲った。逃げようとしても、足がもつれてうまく走れない。もうだめかと思ったとき、再び白い馬も現れた。まばゆく光を放っている。黒い騎士は、黒い煙となって風とともにどこかへ去っていった。

 冷や汗をかいてルシーナは目覚めた。心臓が痛いほどだ。汗を拭おうとして、手が背中に回され縛られているのに気づいた。声を上げることができないように、口に布を噛まされている。足も縛られ、どうやら狭く暗い箱か何かに詰められているらしい。体を揺すってみるが、横にされているため物音一つ立てられない。先程の夢に似た恐怖が彼女を襲った。

 一方、ヘイゼルはルシーナを探し回っていた。少ししたら絶対に帰ると言っていたのに、なかなか帰っては来ない。ルシーナの部屋に女官をやってバルコニーなどを探させたが、いないと言う。他の場所も心当たりがあるところは全て探した。勝手に城を出ていくわけでもないだろう。ルシーナが人目につかずに隠れる術を知っているとも思いがたい。ヘイゼルは急いで軍と兄王子たちに知らせた。王宮の警備兵にも報告させたが、ルシーナが外出したのを見た者はいないという。

「とんでもないことをしてくれたものだな、クランバート中佐!貴様の首一つであがなえることではないぞ!」

 陸軍近衛局長がヘイゼルを前に、かんかんになっていた。それを諌めるのは第一王子イライアスだ。

「落ち着け。ルシーナが王宮を出たという話はない。この王宮のどこかにいるのだろう。徹底的に調べればよい」

 いつもは無表情なヘイゼルにも、さすがに焦燥が滲む。幾分か顔色も悪い。

「情報は漏らすな。諜報員を使い、市街地も探せ。国境警備は厳重に行え。特に、国外へ出る者は積み荷も確認しろ」

 イライアスが指示を出す。人が動き始める中、王子たちがヘイゼルを呼んだ。彼は頭を下げた。

「起きてしまったことは仕方がない。だが、早急な解決が必要だ。余計な不安を煽るな、情報は統制しろ」

 冷静にイライアスが言うなか、アルモンドやエリオットは不安そうにしている。

「私の命にかえましても、必ずや王女殿下を連れ戻して参ります」

 ヘイゼルが退出した。王宮の門は全て閉ざされ、市街地には民間人に紛れた兵を放った。近衛兵は王族の身辺警護を強め、兵たちは王宮内のあらゆる箇所を探した。普段は使われない場所や茂みなども探したが、ルシーナは見つからない。

 ヘイゼルはルシーナがいなくなった時間以降に王宮から出ていった者のリストを調べていた。すると、仕立て屋の名前が目にとまった。今朝ルシーナが兄王子たちと会っていた時間に王宮に来て、ルシーナがいなくなった後に退出している。ヘイゼルは王族の服や王宮内の制服を一括して管理している被服管理部の者を呼び、納入品を確認した。すると不思議なことに、今日は仕立て屋を呼ぶ用事などないという。

「馬車の特徴を連絡し、王の耳を派遣しろ」

 仔細を伝えると、イライアスはそう言った。王の耳とは、陸軍が所有している情報収集や諜報活動に長けた者たちのことだ。普段から市民に紛れており、市街の細かな情報を連絡している。陸軍にはもうひとつ王の目と呼ばれる者たちもおり、これは定期的に各地を巡察するのが役割だ。

 命令を出してものの十分とたたないうちに、王の耳から連絡があった。王宮から出ていった馬車と酷似したものを見かけたというのだ。場所はルテティアスという商業都市であり、そこはレネートモンドとの往来が激しい。

 アルモンドによって王室専用列車の準備がされている中、ルシーナを拐うのに使ったと見られる部屋から睡眠導入剤として使われる香が見つかった。イライアスは決定的だと判断し、ただちにルシーナを保護するよう命令を出した。

 アルモンドはすぐさまヘイゼルたち近衛兵を引き連れ、ルテティアスへ列車を走らせた。途中、数度停車して電信を使い、馬車の行き先を調べた。すでに日は暮れた。日が暮れれば街の門と国境は基本的に閉ざされ、入ることは難しくなる。門が閉まるまでに目的の馬車がルテティアスを出たという情報はない。しかし犯人たちはどうやら馬車を替え、目をくらまそうとしているらしい。ルテティアスの門を出て、森へ入ったという。アルモンドたちはいくつかに兵を分け、森の中心へ追い込むことに決めた。森の反対側には、他の駐屯地からの増援が待機している。

「この暗さだ。足下も悪いし、そう遠くへは行っていないはずだ」

 アルモンドはそう言いながら、自分に言い聞かせた。ましてや、ルシーナがいる。息の根を止めずに生かしているということは、ルシーナが少なからず足手まといになっているはずだ。

 アルモンドの合図で、全員が森の中心に向かって進み始める。かなり暗く、道などないために馬が扱いにくい。先に偵察に入っていた部隊から連絡があった。ヘイゼルたちの近くに件の馬車があるらしい。辺りは木の根が這っており足場も悪く、犯人たちはその場で息を潜めているらしい。犯人たちは小さな灯りを持っており、それが目印になるという。

 ヘイゼルは馬を駆り、言われた方角へ足を進めた。しばらく行くと、果たしてそこには馬車が一台停まっていた。商人の格好をした男たちが数人いる。

 ヘイゼルは部下を隠れさせ、わざと音を立てて出ていった。

「貴様ら、このような時間にこのような場所で何をしている。一般人は夜間に門外にいてはならないはずだが」

 男たちは一瞬互いに目配せし、ヘイゼルを見て微笑んだ。

「いやあ軍人様、助かりました!この森を抜けたら近道になると思ったんですが、道に迷って出るに出られなくなってしまいましてね。仕方なく今日は野宿するしかないと思って途方に暮れていたんですよ」

「なら、一番近いルテティアスという街まで護衛をつけて案内してやる。おとなしく従え」

 男たちはおとなしく従った。彼らは小隊を先頭に、暫く一緒に歩いていた。ヘイゼルは馬上から彼らを観察した。どうにも挙動不審だ。未だ逃げ出すそぶりは見せないが、仲間同士で目配せをしたし、辺りの様子をちらちらとうかがっている。他の兵の存在に勘づかれないように、アルモンドに頼んで兵たちは微動だにせず暗闇に溶けている。

 馬車を眺め、ヘイゼルは世間話のように切り出した。

「随分豪華な馬車だな。まるで王宮に出入りしているかのようだ」

 男の一人が答える。

「各地でものを売っては買い、また場所を変えて売っては買いの繰り返しですよ。こんだけ豪華な方が人目を引くんです。それに、みすぼらしい馬車の商人の売るものより、きらびやかな馬車の商人の売るものの方がよく見えるんです」

 男たちはぺらぺらと喋っている。しかし、彼らは何を扱っているのかを見せず、言いもしない。森を抜けたところで、馬車の中身を見せろとヘイゼルが命じた。男たちは拒んだ。仕方なくヘイゼルは兵に男たちを取り押さえさせ、荷物を調べた。ごく普通の布や装飾品、薬草や酒樽が置いてある。

 酒樽を叩くと、一つだけ音が違った。一つだけ、中が空洞の響きかたをした。はやる気持ちを抑え、ヘイゼルは短剣で樽をこじ開けた。

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