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16 暗陰

 王都にはコルトギーズを発った二日後に到着した。王宮に戻ると、兄王子たちがルシーナを出迎えた。途中、電信で連絡したため、情報は全て伝わっていた。

「災難だったね、ルシーナ」

 第二王子アルモンドが気遣う。殺害された兵たちは、王都で爆発事件も起こしたベルガエの騎士たちの仕業だろうということになった。腹を裂き木に吊るすやり方は、悪魔ベルガエの残虐な行為として書物にも載っている有名な話だ。「ベルガエの騎士」の名は軍の情報部が勝手につけた呼称だが、彼らはそれになぞらえて今回の事件を起こしたのだろう。

「これだけやられているのに、いまだ有力な情報もないというのは残念だな。国民のいらぬ不安も煽ってしまう」

 第一王子イライアスがため息混じりに言う。その陰には、せめてルシーナの神官としての力が使えたらという願望が隠れているような気がして、彼女は思わずうつむいた。それを察してか、第三王子エリオットが話題を変える。

「そう言えば、ルシーナがいない間に料理長がまた新しいお菓子を考案したと言っていてね、今日のお茶の時間には出てくるんじゃないかな」

 呆れたようにアルモンドが笑う。

「そういうことには耳が敏いね。いずれちゃぷちゃぷのぽちゃんぽちゃんになっても知らないぞ」

 なりませんよ、とエリオットがふくれる。その時、時刻を知らせる鐘が鳴った。兄王子たちは政務に戻っていった。ルシーナはまた学業に戻らなければならない。

 机の上に地図を広げ、ヘイゼルはルシーナを呼んだ。

「昨夜、アルモンド様方と視察の様子を話しまして…鉄道敷設について説明を付け加えさせていただきます」

 そう言い、彼はペンをとった。予定されている赤い線はコルトギーズの鉱山付近で止まっている。それをもう少し先へと伸ばした。ここまで伸ばすようにとのことです、とヘイゼルが言う。線の終着点は鉱山を通り過ぎている。

「少し伸ばしすぎじゃないかしら。だって、鉱物を運ぶためのものでしょう」

 おっしゃる通りですとヘイゼルがうなずく。

「鉱山より先の、この辺りにも農業を中心として住んでいる人が多くいるというのも要因の一つです」

 ペンで円い印をつけ、ヘイゼルが説明する。

「ですが、一番の要因はレネートモンドに近いということなのです」

 ルシーナたちがコルトギーズに視察に行っている間、レネートモンドの外交使節とイライアスが話し合う機会があったらしい。その場で、レネートモンド側がロズグラシア領エピルス地方の返還を求めてきたのだという。エピルス地方はもともとレネートモンドの前身のランカネル王国の領地だった。ロズグラシア王国が独立する際、ランカネル王国から割譲されたものだった。ロズグラシア王国とランカネル王国は宗教的に相容れない。ランカネル王国下では、ロズグラシアの民は弾圧されていた。独立後、ロズグラシアの中央政府はエピルスの住人たちにロズグラシア国教を強制した。薄れてはいるもののその反発が続いており、彼らがベルガエの騎士ではないかという風評も立っている。レネートモンドがそれを見て、あわよくばエピルス地方を再び手に入れようというのだ。

「すぐに戦になることはまず考えられません。しかし、万一に備えるのは重要です。この鉄道を使えば、大量の人員をすぐに国境付近へ派兵できます」

「私はまだ外交のことはよく分からないけど、話し合いで解決することが一番じゃないの」

 おっしゃる通りですとヘイゼルが言う。

「しかし万一に備えることも、緊張の高まる今は必要なのです。新たな技術も次々に開発され、今はそれをいかに迅速に導入するか、いかに正確に使いこなすかに懸かっているのです。もちろん、外交には何よりも力を注ぐことになるでしょうが」

 それはおいておくとして、と彼は続けた。

「外国語の勉強でもしますか」

 ええっとルシーナが声をあげて不満を示す。

「ずーっと公務ばっかで疲れたのよ、お願いだからもう少し頭を使わないやつにして!慣れない靴で歩き回ったせいで、足もマメができたし」

「履きやすく靴擦れしにくいと評判のものにしたのですが…」

「私は裸足が好きなの!…ねえ、今履いてる靴も脱いだらだめかしら」

 おやめくださいと彼は答えた。

「アルモンド様からお叱りを受けます」

 ルシーナが不服そうに足首をくるくると回す。ヘイゼルはいつも兄たちの命令には忠実でいようとする。

「ルシーナ様はレネートモンドの言葉に興味がおありですか」

 レネートモンドの言葉で書いてある本をめくりながら、彼は尋ねた。教科書はなく、物語などを片手に彼らは勉強していた。

「今ロズグラシアにとって一番大切な外交相手はレネートモンドでしょ。私が言葉を話せなければ意味ないと思うの。アレクシス殿下にいつも私に合わせていただくのも気が引けるし」

 アレクシスの名を聞いて、ヘイゼルが一瞬動きをとめた。

「どうかしたの」

 不審そうにルシーナが尋ねた。

「ルシーナ様はアレクシス殿下のことがお好きなのですか」

「はあ!?」

 ルシーナはすっとんきょうな声をあげた。誰もそんな話してないじゃない、と彼女は食ってかかる。

「だいたい友好の証しに国王陛下はロズグラシアにいらしたのでしょう。今度は私がレネートモンドに来いと言われれば、断れるはずないじゃない」

 珍しくヘイゼルは反論に困っていた。もういい、とルシーナは投げやりに言葉をぶつけた。

「私は外の空気にあたってくる。あなたはついてこないで。少ししたら絶対に帰ってくるから」

 そう言い、彼女は部屋を出た。独り言に近い小声でヘイゼルの不満を言う。

 だいたい、ヘイゼルは私の考えを尊重してくれない。お兄様方の言うことは必ずきくのに、私なんかきっと庶民出の右も左も分からない馬鹿なやつくらいにしか思ってないんだわ。神官の力もないし、そう思われるのかもしれないけど、一回しか会ってない人を好きになるとかあり得ないから!そもそもアレクシス様を好きだからといって、何の問題があるというのよ。あんな立派な人を好きになる人なんて、ごろごろいるでしょうに。

 そんなことを考え、いらいらしながら廊下を歩いていると、前方に女官がお辞儀をしているのが見えた。

「ルシーナ様、アルモンド様が緊急にお話したいと仰せです」

 お兄様が、と彼女はきょとんとする。今までのいらいらが吹飛んでしまった。

 どうぞこちらへ、と女官は案内するしぐさをした。なんの疑いもなく、ルシーナは彼女について行った。

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