15 コルトギーズ 2
ルシーナは夢の内容をヘイゼルに伝えた。またしても彼にいい顔はされなかった。結局、行方不明になった兵は未だに帰ってきていない。
午前中、ルシーナは運輸局の者と会議のため邸宅にいた。さすがにそこでは不審な動きはなかった。午後からはすでに一部が開拓されている鉱山の見学となっている。ヘイゼルはなんとか予定を変えられないかとルシーナに頼んだ。しかし、明日にはコルトギーズを発つ予定のため、鉱山の見学はこれを逃せば機会はない。ルシーナにおしきられ、ヘイゼルはしぶしぶながら承諾するしかなかった。
鉱山では日があるうちはかなりの人数が働いているようだった。コルトギーズに鉱山が眠っているという調査報告があがる以前は、コルトギーズでは農業と獣の角や皮による収益が中心だった。たまに山のふもとや森の中でこぼれ出た宝石などが見つかっていた。
「最近は出稼ぎなんかも多くてですね、それでも人手は不足しておりまして、ありがたいやら大変やらで忙しいんですよ」
鉱山で採掘の指揮をとる男が笑いながら話す。ルシーナは採掘の様子を興味深そうに見ていた。ロンデニアでも、コルトギーズ産の宝石を見たことがある。ただし流通量はかなり少ない。
ヘイゼルはその間にも、ルシーナの周囲に目を光らせている。
「ねえ、ヘイゼル。あなたも少し見ておいたら?実際にここを任されているのはあなたみたいなものなんだし、私を助けてくれるんでしょう?」
ですがとヘイゼルが答える。
「先程からどうにも嫌なかんじがします。早くここを離れたいのですが」
「あとちょっとよ。この先にエメラルドの産出現場があるらしいから、そこを見たら戻りましょう。これでも予定をかなり削ったじゃない。これ以上は無理よ」
さらに監視の目を増やしたうえで、彼らは鉱山の奥へと進んだ。
開拓が始まって間もないらしく、あたりには豊かな自然が残っている。道も草を踏み分けただけのような場所もあった。そのため、採掘された鉱物はロバか馬で運ばれていた。
「もっと道が舗装されていたら楽なのにね」
ルシーナが呟く。そうですねえと案内している男がうなずく。
「今は難しいですね。皆、とりあえず採掘することだけで頭がいっぱいですから。もう少しして落ち着いたら、石畳にして馬が荷車をひけるようになるとありがたいですね」
ここですよと彼は足を止めた。先程見てきた場所よりは少ない人数がいた。奥まった場所であり、まだ本格的に採掘が始まっていないせいだという。
「コルトギーズのエメラルドは非常に良質です。どうぞ近くでご覧ください」
粒の不揃いでまだ土がついているエメラルドがかごに入れられている。
一応驚いては見せるが、ルシーナにその良し悪しは分からない。ガラスが交ぜられていても見分けはつかない。きっと、兄たちなら瞬時に見抜くのだろうが。
「ここ最近で採れた一番大粒のものを、腕の良い職人に加工させました。どうぞ、お持ち帰りください」
現場指揮の男が箱に入れられた金とエメラルドのネックレスを差し出す。ルシーナが慌てた。
「今お金持ってないから!」
男が微笑んだ。
「お金など王女様に要求しません!これはコルトギーズを代表しまして、王女様への歓迎の印とします」
だめよとルシーナが眉をひそめる。
「あなたたちは鉱夫としては一流かもしれないけど、商人としてはもっと厚かましくならなきゃ!そんなことするから貴族ばっかりお金を持つようになるのよ。お金は払うわ。でないと私は受け取らない」
男は呆気に取られたようで、目を丸くして彼女を見ていた。
「ヘイゼル、お金貸してくれないかしら。後で返すから」
今度はヘイゼルが呆れた顔をする。
「そんな大金、持ち歩くわけがありませんよ。そんなことをなさらなくとも、手形を残していけばいいだけです」
ヘイゼルは部下に命じて、王家の紋章の入った用紙を持ってこさせた。ヘイゼルがルシーナと金額を話し合い、最後にルシーナがサインをする。紙を男に渡すと、彼はひえっと声をあげた。
「こ、こんなにいただけるんですか」
そうよとルシーナは言った。
「商売するならもっと貪欲にならないと。私は平民出なのよ。お金がないと生きていけないことくらい、よく分かってるわ」
作業をしていた男たちも手を止め、ルシーナを見ている。
ルシーナはネックレスを受け取り、後ろで 留めるようヘイゼルに頼んだ。
「ほんとはこんなもの、あまり似合わないかもしれないけどね」
ルシーナが笑う。よくお似合いですよと鉱夫たちが褒めた。
「それにしても、商業都市ロンデニアで手形をご覧になったことはないのですか」
ヘイゼルが訊ねた。あんまり、とルシーナが答えた。
「うちは大きな商店でもなかったし、私は小遣い稼ぎ程度の収入しかないような仕事ばっかりだったし。大体が口約束で済んでたのよ」
街で何度か見たことはある気がするけど、と彼女は付け加えた。
「さっきみたいなとき…」
ルシーナが呟く。
「お兄様方なら、どうなさったのかしら。私はあれで良かったのかしら」
急に自信をなくしたような声色だ。
「そうですね。イライアス様やアルモンド様なら、お受けにならないかもしれません。イライアス様は特に宝石などにご興味がない様子ですし。エリオット様なら、お受けになるかもしれません。かわりにそれを使ってコルトギーズの宝石の宣伝にするとでもおっしゃるかもしれません」
ルシーナが少し不安そうにする。対応が間違っていないかが心配なのだ。
「しかし、殿下はよい判断をなさったと思います。殿下のお言葉に、鉱夫たちが嬉しそうにしておりました。殿下のお耳には入らなかったかもしれませんが、庶民の気持ちが分かる王女様が領主で良かったという言葉が聞こえました。信頼を得たのだとお思いください」
そのヘイゼルの言葉に、ルシーナに笑顔が戻った。
少し日が傾き、彼らは邸宅に帰ろうということになった。明日の昼にはコルトギーズを出て王都に向かう。
鉱山からの帰り道、ルシーナの夢見もあり、待ち伏せなどされていないかを確認するためヘイゼルは数人を先に帰した。ルシーナたちがゆっくり帰っていると、その兵たちが息を切らせて戻ってきた。ただならぬ様子に一気に緊張が走る。
何があったとヘイゼルが尋ねた。
「こ、この先に…行方不明になっていた者が遺体となって発見されました!」
聞けば、腹を裂かれた状態で木に吊り下げられていたのだという。行きにも彼らは同じ道を通った。彼らが鉱山にいる間、何者かが行ったのだ。この時間はまだ日もあり、鉱夫たちの往来もある。鉱夫たちの話では、ついさきほどまで何もなかったという。
道は一本のため、迂回することもできない。ルシーナには見せないよう隠し、彼らは邸宅まで急いだ。ヘイゼルは副隊長であるマルク小佐をそこに残し、遺体の回収と調査を命じた。
邸宅に帰っても、ルシーナは震えがおさまらなかった。侍女のロザリィが大変心配し、すぐに温かいものを用意した。慌ただしくするなか、ヘイゼルがルシーナに耳打ちする。
「殿下。明日は予定を早め、昼前には発ちましょう。本来ならば市民の前でご挨拶なされるのがよろしいのですが、市民代表だけをこの邸に招きましょう」
これにはルシーナもうなずくしかなかった。
翌日は簡単に挨拶を済ませ、ルシーナたちは見送りも不要としてそこを早々に出発した。




