14 コルトギーズ
ある日の遅い午後のことだ。ルシーナは馬車に揺られていた。彼女は領地コルトギーズへ向かう途中だった。コルトギーズまでの鉄道は敷設中のため最も近い場所まで鉄道で行き、そこからは馬車に乗り換えた。
山と青空の風景が続く。最初は楽しんで喋っていたルシーナだが、あまりに長い道のりに少し飽きたらしく、ぼうっと外を見ていた。向かいにはヘイゼルが座る。彼は相変わらず何を考えているのか分からない。
太陽が西に傾き赤くなる頃、ようやくルシーナ達はコルトギーズに着いた。王都を発ってから二日目のことだった。
コルトギーズでは熱烈に歓迎された。町の入口には垂れ幕がかかっており、花が飾られている。住人の多くが出迎えに来ていた。住人を代表して初老の男性が挨拶をする。ルシーナもそれに笑顔で返した。
日が暮れると、彼女はとある邸宅へと案内された。これはルシーナが見つかるよりも前に、ダグラス王が建てさせたものらしい。かなり前から、王女が見つかればコルトギーズを与えるつもりだったのだろう。
「なにかご不便がありましたら、なんなりとおっしゃってください」
ヘイゼルが言う。不便ねえ、とルシーナが頬杖をついて窓の外を眺めたまま呟いた。ロンデニアにいた頃に比べれば、物が有り余っているとしか言いようがない。王宮の生活に慣れてきたとはいえ、不便など感じようもなかった。
コルトギーズでの目的は、単なる視察だ。コルトギーズはルシーナが統治の仕方を知るための場所として与えられたものだ。そのためには直接赴くといいとアルモンドから言われ、数日間宿泊をする予定でやって来た。
ダグラス王の誕生会で不穏な動きもあり、ヘイゼルは反対した。しかしルシーナの強い要望と兄王子たちの賛成があったため、意見は通らなかった。
「いきなり税の額を決めろだとか、町の整備をしろだとか言われてもさっぱりよ。だって私、今までは徴税される側だったわけだし…」
邸宅の一室で、ぶつぶつとルシーナが呟く。
「中央に集めるぶんだけ税をとっちゃだめなの」
「税の額自体は領主に一任されていますからできないわけではないですよ」
勉強したはずですが、とヘイゼルは少し不満そうにした。
「ただ、上乗せして徴収するぶんから領地の公共事業費や鉄道、電信敷設に伴う特別支出費を支払うので、中央に送るぎりぎりの額を集めることはまずないですね。たいていの貴族は災害時に備えた積立金や保険費用としてさらに課税し、それを小遣い同然に使っていますよ」
「そっ、そんなこと許されるわけ!?」
ルシーナが立ち上がる。
「いちいち取り締まっていたら国中の貴族を捕まえなくてはならないので、無理ですね。はるか昔から黙認されていましたよ。ですから独立後に貴族にも税が課されるようになったのです」
「なんか馬鹿みたいね。座ってるだけで金が入るなんて。ふざけてるわ」
ルシーナがふてくされる。わざと音を立てて彼女は椅子に座った。
「貴族階級の者も働いてはいるんですよ?それに、その課税の度合いを見極め、民から信頼され国をも豊かにすることが何より大事なのです」
邸宅から一望できるコルトギーズのそばには、未開発の森が広がっている。その奥には山があり、最近の調査によって豊かな資源が眠っていることが分かった。父王ダグラスの心積りは、ルシーナに鉄道の敷設と鉱山の開拓をさせ、コルトギーズを王族の重要な領地として押さえておくことだろう。まだ経済学や商学を勉強中の彼女にヘイゼルをつけてまでコルトギーズを与えたのは、実質はヘイゼルに任せてうまくルシーナの手柄にしようとしているためだろう。それに、コルトギーズは王族の領主にのなかでも比較的レネートモンドに近い。万一の際には軍事拠点を置くことも可能になる。
「明日の予定は?」
少し気だるげにルシーナが尋ねた。
「午前はこの邸の部屋を使って市民代表との面談です。ルシーナ様にとってもコルトギーズに慣れるよい機会になると思われます。昼食はそのまま邸でとっていただきます。午後からは鉄道敷設予定地の見学なので、馬車を用意いたします。それが終わりましたら町で市民と直接お話いただく機会を設けます」
明後日も予定が詰まっているのよね、と彼女はヘイゼルを振り返った。明明後日もだという答えが返ってきた。
「私に務まるかしら」
不安げにルシーナが言う。
「務めるのです。私がお手伝いするよう仰せつかっておりますから」
分厚い経済学の本を取り出しながら、ヘイゼルが答えた。ルシーナは思わず目をそらし、聞こえないようにため息をついた。
その日の夜、ルシーナはまた先見らしき夢を見た。森の中をルシーナが歩いていると、黒い鎧の騎士に会うというものだった。毎日の夢の記録のため、翌朝ルシーナはそれをヘイゼルに教えた。いつもなら彼は記録するだけだったが、少し考え、身体の不調がないかと執拗にきいてきた。何もないと答えると、ヘイゼルは眉をひそめた。
午前の面談はつつがなく終わった。面談の初日であるため、あまり込み入った話はなく、歓迎を示す挨拶やコルトギーズの特産品や歴史の説明が主だった。
午後からの鉄道敷設予定地の見学は予定より早く終わり、ルシーナは付近の散策をヘイゼルにねだってみた。今朝の夢の話もあり、ヘイゼルはいい顔をしなかった。しかし市民代表たちがぜひともと誘うので、警護体制を再編して林を散策することになった。
「自然がいっぱいで気持ちいいわ。ロンデニアも自然がないわけではなかったけれど、商業が中心だったから」
「はい、この辺りは手付かずの自然が多く残っておりまして、昔から狩猟も盛んに行われてきました」
市民たちが笑顔で話す。そのそばでヘイゼルは鋭い眼差しで辺りを警戒していた。何事も起きないかのように思われた。その時、草の葉のこすれる微かな音がした。ヘイゼルは近くにいた兵に聞こえなかったかときいた。しかし兵は聞こえなかったという。
「きっと、風の仕業ですよ」
ヘイゼルが過剰反応しすぎだとでも言いたげに兵が笑う。それでもヘイゼルは二人の兵に音がした方向を調べるよう命じた。
「神経質になりすぎじゃないの」
ルシーナも笑う。それでもとヘイゼルは答えた。
「殿下の身に何かあってからでは遅いですから。夢の内容も気になります。腐っても神官ですからね、ルシーナ様は」
悪かったわね、と彼女が返す。
その日中にルシーナたちに何か起こることはなかった。しかし、草の葉の音を調べに行った兵たち二人が帰ってこなかった。
「捜索しますか」
小隊長がヘイゼルにたずねる。構わないと彼は答えた。
「余計な犠牲を増やしたくない。これからの警戒を強めるだけでいい」
その翌日は警戒をかなり強めて行われた。そのせいか、何も不審なことは起こらなかった。
そしてその日の夜、ルシーナは再び夢を見た。以前出てきた黒い鎧の騎士が再び現れ、ルシーナに斬りかかろうとしたのだ。すんでのところで白い馬が飛び込んできて、黒い鎧の騎士は去っていった。
夢から覚めた直後、ルシーナの心臓は早鐘を打っていた。




