13 悪魔の騎士
ルシーナのダンスはぎこちなかった。数度アレクシスの足を踏んでしまった。アレクシスはむしろ嬉しいですよと頬笑んだ。他の貴族令嬢からは、なんと無様なと馬鹿にした視線が浴びせられる。
一曲目が終わり、ルシーナはほっとため息をついた。アレクシスがもう一曲、とせがむ。ルシーナはなんとか断り、ヘイゼルを探した。そのようすを見て、アレクシスがルシーナの腕を引く。
「羨ましいかぎりですよ、あなたに探される者は」
その目は真剣だった。ルシーナがきょとんとする。
「いえ、忘れてください。あまりしつこくして嫌われるのはごめんですからね」
ようやくアレクシスから解放され、ルシーナはいつもいる侍女のもとへ戻った。ちょうどそこへ、どこからかヘイゼルが帰ってきた。
「殿下、先ほど毒を盛ろうとした者の仲間を捕らえました。やはり、薬で動けなくしたあなたを誘拐する手筈だったようです。詳しいことはまだ分からないのですが」
誘拐、と呟いてルシーナは顔色を悪くした。ルシーナ付きの侍女がヘイゼルを睨む。
「公爵はお心遣いがいつも足りません!ここは粗暴な軍隊ではございませんのよ。ルシーナ様のお気持ちをお考えくださいませ!」
ヘイゼルが気迫で負け、黙りこむ。
「ところで殿下。先ほどどなたかと踊られていたようですが」
アレクシス王子と、とルシーナは答えた。ヘイゼルはあまり良い顔をしなかった。それは、彼がレネートモンド王子だからだろうか。この国は隣国レネートモンドとあまりうまくいっているとは言えない部分がある。
「それは素晴らしかったんですよ、王女様は可憐で!ルシーナ様はダンスが上達なさらないと嘆いておいでですが、それは練習のお相手が公爵だからでは?」
「ロザリィお前、言わせておけば…」
侍女とヘイゼルが睨みあう。
「二人は、そんなに仲が良かったかしら?」
ルシーナが尋ねる。二人は顔を見合わせた。侍女が口を開いた。
「主の前で大変失礼しました。私とクランバート公爵は幼馴染でして、よく話もいたします。ルシーナ様の前では仕事ばかりでしたので、あまりお話はいたしませんでしたけれども」
不意にロンデニアのことを思い出した。ルシーナは頭を振り、その記憶を消そうとした。もうすっかり遠い昔のことのようだ。
早めに休むことにしたルシーナは部屋へ戻った。ヘイゼルは門の警備をしに行った。
「幼馴染だと、なんでも話せるものかしら?」
ルシーナが侍女に尋ねた。
「さあどうでしょう。私たちはやり方は違えど、幼い頃から王家にお仕えするよう育てられましたから、クランバート公爵とはよくお話もいたしました。特にあの方は近衛兵ですし、私たちがいろんなところで聞いてくる噂や情報もときたま必要となさるようですから、なんでもお話いたしますね」
そう、とルシーナは呟いて窓の外を眺めた。
同じ頃、ヘイゼルはルシーナの寝所に近い第三の門の警備状況を見に行っていた。星の明るい夜で、特に変わったこともない。夜会前の騒動で警備は厳重になったが、異変はないようだ。
ヘイゼルは副隊長のマルク小佐と共に陸軍情報司令部を目指して歩いた。
「しかし保安課の目を盗んで自害とは、なかなか手強いですね」
帽子をとり、頭を掻きながらマルク小佐が言う。
「誰かに聞かれたらどうする。だがこのやり方には覚えがあるだろう」
ヘイゼルはマルク小佐を振り返った。確信したうなずきが返ってくる。
かつてヘイゼルの家族を暗殺し、王家を狙う者たち。その者たちはベルガエの騎士と呼ばれていた。実際に何と称して活動しているのかは分からない。ベルガエはロズグラシアの民が信仰する神に対峙する悪魔の一人だ。神の子であるロズグラシア王家と対峙する存在として、そう呼ばれている。
そのとき、遠くで爆発音がした。すっかり暗闇に包まれている市街地からだ。警笛が鳴り響く。王宮内が騒がしくなった。マルク小佐に警備の指揮を任せ、ヘイゼルは情報部へ急いだ。
爆発のあった場所は、市街地中心部の教会だった。幸いにも夜中だったので死者はおらず、数名の軽傷者が出ただけだった。神々の絵を描いたステンドグラスが割られ、レンデーラ神の像が壊されたという。
次々と情報が舞い込む。市街地警備には市民の自警団もあたることになった。ヘイゼルたち近衛兵には、各国の使節の警護を強化するよう言い渡された。
神官たる姫君が平民だから――街ではそう囁かれた。気にすることはないとアルモンドたちはルシーナに言い聞かせた。そんな気休めではどうにもならないことも、アルモンドたちには分かっていた。
「でも私は皆さんのお役に立ちたいんです。たくさんのひとが私が王宮に来るのに骨を折って、だから今回のことでも私は何とかお役に立ちたいのに」
思いとは裏腹に、見る夢は相変わらずだった。それでも構わないとイライアスも諭す。
「お前は私たちにとって守るべき家族だ。いるだけで私たちは強くなれる。相手が邪神であろうとも、決して負けない気力が湧いてくる。それは神官として、国民にとっても同じだ」
それでもルシーナは唇を噛まずにはいられなかった。何もできないのが歯痒い。もし自分が王宮に来たせいでここにいる人たちを危険に巻き込んでしまったら――そう考えるとたまらなかった。何が神官だ。邪神は己自身ではないのか。いっそ、ロンデニアにいたまま見つけてくれなかったら良かったのに。
汚い感情が溢れ出すことに対してさえも、目頭が熱くなる。




