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12 黒い風

 国内へのお披露目が終わり、次に控えているのは国外へのお披露目だった。ダグラス王の誕生日に合わせて行われる。各国の使節と共に晩餐だけでなく、夜には舞踏会が開かれる。国内へのお披露目の晩餐の際、ヘイゼルには持ち方が違っただの置き方がどうだのと採点をされ、ルシーナはふた月ほどの間に繰り返し練習させられた。おかげでおいしいご飯もおいしくない。それに加えてダンスの練習もある。毎日くたくたになりながらルシーナは過ごしていた。


「しっかりなさってください」

 黒の礼装をしたヘイゼルが言う。そんなこと言ったって、とルシーナが震える声で言う。

「何かあれば外交問題よ、どうしよう」

 黄緑のドレスに身を包み、髪をまとめ上げた彼女は先ほどから顔色が良くない。朝から国王に祝いの挨拶をし、その時点でかなり疲れていた。ルシーナのお披露目は夜からだ。昼に寝たが、疲れがとれない。

 侍女が水を持って入ってきた。グラスを渡し、水差しで注ぐ。彼女はヘイゼルに渡した。ルシーナは口をつけず、まだ不安定だとぶつぶつ呟いている。ヘイゼルは飲もうとして、ふと侍女に目をとめた。

 あの女官、前からいただろうか。いつもルシーナの世話をしている女官たちの誰でもない。替わったのか?この時期にそんなことをするか?

 静かに退出しようとする彼女をヘイゼルは呼び止めた。ルシーナからグラスを取り上げ、テーブルに置く。

「お前、こっちへ来い」

 彼女はびくっと肩を震わせたが、おとなしく従った。

「なんでございましょう」

 侍女が頬笑む。これといった特徴はなく、どこにでもいそうな女だ。

「飲め」

 ヘイゼルがコップを指す。侍女の顔色が変わった。どうしたのとルシーナが立ち上がった。それを制止し、ヘイゼルが短剣を抜く。

「言われたとおりにしろ、少しでもおかしな素振りをしたら容赦しない」

 侍女は覚悟を決めたようにゆっくりとグラスをとり、それを飲んだ。飲み干し、ヘイゼルを睨みつける。途端に彼女はその場に倒れた。ルシーナが小さな悲鳴をあげる。やはりかとヘイゼルは確信した。薬が仕込んであった。荒い呼吸をしながら震える手で懐から小さな薬を取りだし、侍女は口に放り込もうとした。ヘイゼルが彼女の手を踏みつけ、それを阻止する。骨の折れる鈍い音がして侍女が悲鳴を上げた。その声を聞き、戸口に立っていたヘイゼルの部下が入ってきた。

「警笛鳴らせ!情報部に連絡、外部からの脅威あり!兄王子方へ報告急げ!他の警護は交替のサイクルを早めて警戒を強めろ!」

 矢継ぎ早に命令が飛ぶ。ルシーナはただ驚いて黙っていた。

「い、いったい何が……」

 震える声で彼女は尋ねた。

「以前申しあげました。私の父と兄たちは暗殺されました。とある組織によってです。未だに捕らえられないまま、彼らの目的も不明なまま、たまにこういうことがあるのですよ」

 しかし、と彼は続けた。

「王族を直接狙いに来るとは考えていませんでした。軍が動くでしょう。必ず追いつめてみせます」

 走ってやって来た兵に呻いている侍女を任せ、彼は集まった近衛兵の数を確認した。ルシーナの周りを固め、必要なら毒味をしろと命じる。

 一息つくと、小さな疑問が浮かんだ。あの水には毒が入っていた。先ほど侍女が呻いていたこととたいしてためらわずに飲み干したことを考えると、命を奪うほどのものではない。飲もうとしていた薬は自決用のものだろう。水に溶かしてあったのは、体が動かなくなるような種類のものだ。もしルシーナを亡き者にしようとするなら、強い毒でいいはずだ。わざわざ命を奪おうとしなかった、それは彼女が神官になるかもしれないから?

 そこまで考え、彼は近くの兵に怒鳴った。

「情報部に連絡、まだ王宮内に隠れているやつがいるぞ!炙り出せ!」

 兵が一人、電信機に走った。

 おそらくルシーナを連れ出すのが目的だ。それなら女一人では無理だ。他に必ず協力者がいる。

 部隊の副隊長とモルトン少尉が二個小隊を連れて来た。ヘイゼルはその場を少尉に任せ、事態の説明に向かった。

 騒がしい廊下を小走りしつつ、副隊長は尋ねた。

「今日の夜会、中止になりますかね」

 まさか、とヘイゼルは鼻で笑った。

「このくらいで中止にしていては、国の度量が知れると反対されるに決まっている。国王陛下は反対なさりたいはずだが、他の貴族どもが反発するだろう。鼠ごときに怯えるなど、死んでもプライドが許さないさ」

 一つの扉を開け、ヘイゼルは敬礼した。そこには国王をはじめ、王子たちや宮内庁、陸軍の上層部がいた。

「近衛第三連隊長ヘイゼル・クランバート中佐、ならびに副隊長オットー・マルク小佐、事態の説明に参りました」


 やはり夜会は開催されることになった。各国の使節には、王子たちが自ら事態の説明に向かった。使節の中には王族もおり、警備態勢を疑う声もあった。しかし、こんなことで怯えているなど貴族の恥だという声が多く、議論は無理矢理収束した。

 夜、滞りなくルシーナのお披露目は始められた。今度は丸暗記した挨拶文を忘れることなく言うことができた。

 ルシーナは多くの参加者から交流を求められていた。言葉遣いや所作に不安があり、彼女はひたすら逃げ出す隙をうかがっていた。次から次へとひとが来る。

 そのとき、ルシーナの背後から足音がした。

「姫君、一曲お相手願えませんか」

 振り返ると、レネートモンド王子アレクシスがいた。金の髪を一つに束ね、青の澄んだ瞳でルシーナを見る。

 まもなく舞踏会が始まる。無理に全員が踊らなくてはならないものでもない。だがルシーナは主催国の準主役であり、一曲も踊らないというのも不自然だ。特に使節の若い者には、舞踏会だけを楽しみに来ている者もいる。

「あの、でも私はダンスが得意ではなくて」

 構いませんよとアレクシスが言う。

「私はあなたの御手に触れるためだけにここへ来ました。どうぞこの不届き者の相手をお願いします」

 アレクシスがホールの開けた場所へルシーナを誘導する。ヘイゼルも強く止められず、何も言わなかった。周りから視線が注がれる。今日は国内の貴族も多く出席している。特にルシーナと同年代の娘から、突き刺さるような視線が注がれる。

『なんて生意気なのかしら…』

『調子のいい女狐だこと』

『アレクシス殿下となんて、なんて羨ましいの』

『だいたい、ほんとに王族なの?』

 ひそひそ話す声がほんのわずか、耳に届く。

「気になさいますな、姫君」

 アレクシスが頬笑む。

「あんなもの、あなたが羨ましくてならないだけなのですよ。なにしろこんなに可憐な姫君が、突然現れたのですから」

 ルシーナが曖昧に礼を言う。

 バイオリンの透明な音が始まった。周りが少しざわつく。

「本当によろしいのですか、私のような者が一曲目の相手で」

 ルシーナが尋ねる。優しい顔を向けてアレクシスは答えた。

「ええ、是非」

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