11 祝砲 3
「そんなこと、言わないで。だって私たちは家族なんでしょう」
ルシーナが顔を上げた。大粒の涙がこぼれる。ベンソン氏は周りを見た。兵に囲まれ、ヘイゼルが睨みつけている。
「ですが、不敬罪……」
ベンソン氏が震えながら呟く。そんなもの、とルシーナは声を絞り出した。
「私はそんなこと思わないから、ねえ、お願いだからルシーナって言ってよ!不敬だとか言わせないから、皆も、ねえ、お願いだから……」
部屋が静まり返る。ルシーナは両手で涙をぬぐった。薄いといっても化粧が崩れる。
「ここに友達なんていないの……!血は繋がってないのかもしれないけど、私はお父さんたちのこと、ほんとに家族だと思ってる……。だから、そんな冷たくしないでよ。ルシーナって言ってよ、ねえ」
大粒の涙がルシーナの頬を伝った。ベンソン氏は唇を噛み、ルシーナの手を取った。
「ル……ルシーナっ!」
驚いた彼女は目をまるくした。
「元気にしてるか、風邪なんか引いてないか!?辛い思いは……してるだろうけど、我慢しすぎてないか?お前はなんでも我慢する子だから心配だ。うちはな、皆元気にしてるぞ。この間エリックが初めて喋ったんだ、ご飯ってな……お前の弟は食い意地のはったやつになりそうだ」
ベンソン氏が引きつった顔でちらりとヘイゼルを見た。ヘイゼルは相変わらず睨んでいたが、兵に何もさせてはいない。
ルシーナがベンソン氏の言葉を聞きながらこくこくとうなずいた。
「街の皆も心配してた。そうだ、うちに週刊新聞の記者まで来たんだぞ。母さんな、記者にお前のこと自慢してたよ。どれだけいい娘で、優しくて……いなくなって、どれだけ寂しいか……」
ベンソン氏はそこで言葉を詰まらせ、泣いた。ルシーナの手を握り、愛しそうに撫でる。
ライアスが恐る恐る立ち上がった。また兵に銃口を向けられるのではないかと心配しているようだ。
「ルシーナ、あのっ……」
彼は赤い石がついたペンダントを取り出した。彼のお守りだ。ルシーナがロンデニアにいた最後の日、先見の夢の力でなくさずに済んだものだ。
「ずっと謝ろうと思ってたんだ、その、ほんとにごめん……」
謝ったりしなくていいのに、とルシーナが呟く。涙を拭いて彼女が笑った。
「またロンデニアに帰ったら、私に泣かされちゃうかもよ?」
「言ったな。覚えてろよ」
ライアスが目をこすって笑う。彼はペンダントをルシーナに差し出した。
「これ、やるよ」
「でもそれ、あんたがずっと小さい時から持ってたお守りでしょ」
だからだよ、とライアスがペンダントを押しつけた。
「お前寂しがりだろ。これからお前が踏み込む世界がどんなものか俺には分かんねえ。でも、もしそこでなんかあっても、きっとそいつが守ってくれるから、だから……」
早口でライアスが喋った。
「うん、ありがとう」
ルシーナが受け取る。ライアスはほっとしたようだった。
「殿下。お時間です」
ヘイゼルが言う。早すぎるとルシーナが不服を言うと、侍女たちが彼女を引きずるようにして退出させようとした。
「待って、ねえ、もうちょっとだけ!お願い!ねえ、ヘイゼル!」
だめですと彼は言った。
「ルシーナ!」
ライアスが叫ぶ。
「どうしても言いたかったんだ!俺はずっと――」
彼が最後まで言い終わる前に、扉が音を立てて閉まった。ルシーナが呆然とする。手には赤い石がついたペンダントがある。
「どうしてあんなことばっかりするの!」
ヘイゼルに向かってまくしたてた。彼は聞こえないふりをしていたが、しつこく彼女が尋ねるので口を開いた。
「我々が権力と暴力によって民を押さえる。あなたは平民出身の心優しき王女として、我々を諫め、民衆の味方をする。演劇ですよ」
妬みや嫉みがあったとしても、まずは民衆を味方につける。なぜあの小娘がと言われるよりも、平民出身の庶子の王女を良いものとして刷り込ませる。それが手っ取り早い。敵だらけでは、まず生きていけない。
ルシーナはペンダントを握りしめた。
「ねえ、あなたの家族は?」
控え室の椅子に座り、ルシーナはヘイゼルに尋ねた。夜には晩餐会が開かれる。それまでは休憩が許されていた。
「あなたのことは、まあいい人だと思ってる。だから、あなたの兄弟となら友達になれるかも。貴族なら兄弟も多いんじゃないの?私の歳に近い妹さんとかいないの?」
ヘイゼルの赤い目が動揺して揺れているように見えた。ルシーナがきょとんとする。
「いませんよ、そんなもの」
ルシーナが聞き返した。ヘイゼルが悲しそうな、諦めの混じった笑みを向けた。それは近衛隊長でも公爵でもなく、彼自身の表情だった。
「私には家族がいません。母は私が生まれてすぐ、流行り病で亡くなりました。父は、ある者に暗殺されました。歳の離れた兄が三人おりましたが、イライアス様方の密命を受けた職務中に暗殺されました。表向きには病死や事故死ですがね。父が迎えた後妻が女公爵として家を守っておりましたが、無理がたたって七年前に亡くなりました」
言葉が途切れた。ルシーナが謝った。別に謝罪が欲しかったわけではない。同情も必要ない。七年前から大きな屋敷に一人とたくさんの使用人で暮らしていた。まだまだ子供だった少年に、公爵の地位は重すぎた。それでも必死に生きてきた。
久しぶりに一抹の寂しさを覚え、ヘイゼルはゆっくりと瞬きをした。だが、こぼれる涙などない。
「殿下は大事になさいませ。二つもよいご家族をお持ちです。先ほどは……失礼いたしました」
そう言う彼の表情は、いつもどおり冷たいものに戻っていた。ルシーナの言葉を待たず、彼は侍女と入れ違いに退出した。
後に残されたルシーナは、目を伏せた。そして、何かを決心したように顔を上げ、それまで着けていたネックレスを外し、赤い石のペンダントを首につけた。




