第九話 治癒と感覚
「治癒魔法ってコツさえつかめば結構簡単だと思うけど」
自分の銀髪をなでながらアカネは言う。
そう。
アカネは非戦闘員である。
彼女は治癒魔法の使い手だ。
「治癒魔法ってどんなのなんだ?」
「えーと、傷を治したり?」
「言っとくけどアカネの治癒魔法はすごいぞ」
ソルダットが教えてくれた。
アカネはこの世界に出現したのは、イルマーフという国の第二都市のマイゲルというところだそうだ。
『マイゲルと言えば治癒魔法』というほどの都市らしい。
このマイゲルという街に関して説明するとなると、この世界に出現したばかりの者が、如何にしてこの世界に順応するかという過程を説明しなければならない。
この世界では、始まりの部屋から出てきた者を出現者と呼ぶ。
出現者は発見次第保護する、というのはこの世界の掟だそうだ。
どこに出現したかによって保護される地域が違う。
基本的に出現した国に保護されるという事らしいが、国もすべてに目が届いてる訳ではない。
昔はユニオンのサーチャーたちが積極的に捜索していたが、今はそんなことはない。
どこに現れるか、いつ現れるか。
それらも全くランダムで捜索なんて出来たもんじゃなかったんだとか。
だからわざわざ捜索隊を定期的に組んで出現者を探すなんて事はしない。
人のいる場所に出現すれば儲け物。
人里離れた場所や辺鄙な地域なんかに出てきてしまった者が、人里まで自力でたどり着くことはあまり無いらしい。
魔物もいるって話だし。
着の身着のままこんな世界にトリップして来たんじゃ魔物なんて相手にできないわな。
厳しい世界だ。
運良く人里に出現したものには、皆がいそいそと世話してくれる。
出現者を発見した者は、その者を近くの保護施設に送り届ける義務がある。
保護施設といっても、ユニオンの運営する学校みたいなものらしい。
そこで生活に必要な事を学んで、約二ヶ月ほどで独り立ちをするそうだ。
独り立ちと言っても単に労働に従事することで、飲食店で働いたり、農家に住み込みで働いたり、はたまたユニオンに登録してその日暮らしをしたりと、形態はさまざまだ。
さて話を戻そう。
アカネが出現したイルマーフは、民主主義の国だ。
この世界は王制を引いてる国もたくさんあるそうだが、イルマーフは議会を持ち、市民の代表者が民主主義の原則に則り、民主的な政治をしている。
話を聞く限り、おれはかなり近代的だという印象を抱いた。
異世界が中世っぽい、っていう勝手な思い込みのせいなのかも知れないが。
それともこの世界の町をまだ実際に見てないからかな。
もちろんイルマーフは、近代国家のように基本的人権を尊重し、法整備も行き届き、困難な境遇ではみんなが互いに助け合うというお国柄。
大陸の東南部に位置し、国土はさほど大きくはないが、大きな港湾を持つ。
港湾部は対外貿易が盛んであり、西側の大陸の船も数多くやってくる。
国家全体の貧富の差も少なく、社会福祉も充実し、産業基盤も整っている。
極めて生活水準の高い国だ。
ゲートワールドでは極めて先進的な国だそうだ。
聞いてみると日本みたいな感じがする。
その前に、ゲートワールドの大陸がどうなってるのか気になったが、まず話を聞く事にする。
おれは話の腰を折らないのだよ。
このイルマーフ、医療レベルが極めて高い。
なぜならこの国は、質のいい治癒魔術師が多く存在するからだ。
そしてそのイルマーフで最も多くの治癒魔術師を擁するのが、アカネが出現した第二都市のマイゲルだ。
なんでも遠い昔、マイゲルという名の賢者がいて、治癒魔法を人々に教えたらしい。
当時その地域は魔物が多く、街を守る兵士が負傷して帰ってくるというのは日常茶飯事だったそうな。
そこに賢者マイゲルが現れ、魔法に素質のある者を集めて独自の治癒魔法を伝授した。
魔法はイメージだ。
イメージが出来なければ魔法はできない。
傷が治るのは時間がかかる。
それゆえ治癒していくプロセスはイメージしがたいものだ。
しかし賢者マイゲルは、治癒に関する魂の記憶を持っていた。
魔物との戦いで負傷した戦士が多いこの土地では、治癒魔法は重宝された。
マイゲルの指導により多くの治癒魔術師が生まれ、それにより命を落とす戦士は激減し、近隣の魔物の数を減少させる事に成功した。
彼の治癒魔法を民が受け継ぎ、長き時を経て、今日の医療都市マイゲルになっていった。
この都市では、周辺の出現者で、なおかつ魔法の素質があるものにはハイレベルな治癒魔法をタダで教えてくれる。
他の地域の者が学びに来るということもあるそうだ。
しかしマイゲルのユニオンは拒みはしない。
ただし授業料として安くない学費を徴収する。
それでもここではそれに見合う技術を学べるのだ。
こうして数多くの治癒魔術師を取り入れるマイゲルには治癒魔術師の絶対数が多くなる。
それに加えて、イルマーフは近代的な政治、住みやすい環境が揃ってる。
外部の人間が住み着きやすい環境とでも言うのだろうか。
この世界で最高レベルの生活水準だもんな。
これがマイゲルが数多くのレベルの高い治癒魔法師を抱えている最もな要因の一つだ。
したがって、マイゲルに出現した魔法素質の高い者は、質の高い治癒魔術師になるという。
「でな、前にモリスが馬車から落ちて手の骨折った時なんて、アカネが一瞬でくっつけてさ」
ソルダットはアカネ推しらしい。
そりゃアカネ凄いわ。
確かに骨折を一瞬で治すとか、元の世界じゃ考えられないもんな。
「おほん」
ジェフがわざとらしい咳払いをして話を中断させる。
「魔法はこんなもんでいいだろ。
もう一つの素質は感覚だ。
モリスがもってる」
もう一つの素質は、感覚の素質。
この連中の中ではモリスだだ一人だそうだ。
これは書いて字のごとく、感覚が鋭い。
それだけだと大した事なさそうだが、これが実は凄い。
おれを発見したモリスは二キロほど離れたところに倒れていたおれの呼吸を感じ取ったらしい。
しかも、視力も半端じゃなく、かなり遠くにポツンと見える枯れ木の樹皮まで見えるとか。
「あの木、虫食ってますねー」
本当に見えてんのかよ。
まあここからじゃ確認のしようがないが。
でもおれを発見してくれたのもあるし、本当なんだろう。
しかも、魔法や身体能力と違って、感覚は強化しようと思っても難しいという。
モリスは感覚の素質を持つ者の中でも、群を抜いて凄いらしい。
ソルダット曰く、モリスがいれば奇襲は恐ろしくないとの事。
凄すぎるだろ。
レーダーじゃん。
今までただの下っ端とかDQNとか思ってて悪かったよ。
これからはモリス先輩と呼んだ方がいいかな。
「てか、奇襲ってどういうことよ?」
「おいおい、奇襲は奇襲だろうが! アハハハハ!」
ホワイトに笑われた。
ソルダットの言いぶりからすると、奇襲を何度も凌いだみたいに聞こえるが。
何で奇襲されるのだろう。
「奇襲ってのは盗賊とか魔物がしてくるのよ!」
セレシアが大きな声で教えてくれた。
魔物に加えて盗賊もいるのか。
なんて危ない世界だ。
でもよくよく考えてみたら、元の世界にも窃盗団なんてのもあったな。
どこにでもそういうのはいるのか。
悪人はどこにでもいるってことね。
こいつらはこうしてノコノコと平和な感じで旅をしてるが、この世界では盗賊が結構いるという。
移動中の商人の荷馬車とかは標的にされやすく、ユニオンでは商人の護衛関係の依頼がポツポツとらしい。
盗賊のメンバーというのは、ある程度腕の立つ者が多いので、生半可な強さでは護衛は務まらない。
毎年、一人前になったと勘違いしたサーチャーが盗賊と戦って犠牲になるとか。
ポアロイルは以前滞在していた街のユニオンで盗賊討伐の依頼を受けたらしい。
移動がてらに盗賊討伐の依頼をこなすのは効率がいいとの事。
次の街に着くまでに依頼を達成できれば、到着した街で報酬を受け取る。
もし失敗したら失敗手続きをするだけだ。
普通は依頼を受けて失敗すればペナルティーが課せられる。
依頼人も何度も失敗されてたら、たまったもんじゃないだろう。
しかし人里離れた場所、なおかつ危険度の高い討伐依頼は、失敗のペナルティーがない。
言うなれば難易度の高い依頼にはペナルティーがつかない。
というのも、なかなか受けれる実力のあるサーチャーの絶対数が少ないからだ。
盗賊討伐の依頼は人気がない。
なぜなら盗賊を捜すのは難しい。
彼らも馬鹿ではないので、そう簡単に見つからない。
意気揚々と討伐に行っても、察知されれば見つける事もできない。
しかも彼らは奇襲のスペシャリストだ。
熟練のサーチャーでもやられることもあるんだとか。
さらに不人気の大きな要因は、商人の護衛依頼があるからである。
盗賊は主に商人の荷馬車をターゲットにしている。
基本的に商人は安全なルートを選択するが、どうしても時間が無い時は護衛を雇って危険なルートを行くこともある。
そういう場合、盗賊との遭遇率がグッと高くなる。
その際、盗賊を討伐する事が出来れば、護衛の報酬に加え盗賊討伐の報酬も貰える。
そのため実力のあるサーチャーは、危険ルートの商人護衛が無ければ、盗賊討伐を単発で受ける事は殆どない。
こいつらはそれを引き受けた。
次の街までのルート上に盗賊被害多発地域があるそうだ。
いわば危険ルート。
「え? ちょっと。まさかここら辺にもいるの?」
異世界って物騒だな。
「いや。割と街の近くって話だし、今日明日は出てこないんじゃないか?」
「いてもオレがいるんで安心っすよ」
そう、おれらにはレーダー先輩がいる。
ソルダットのお墨付きだ。
しかも、ソルダットもホワイトも結構強いらしいし、大丈夫かもしれない。
……本当に大丈夫なのか?
こいつらがいくら強いといっても油断は大敵だ。
熟練のサーチャーでもやられる程なら、もしかしてこいつらの手に余るかも知れない。
おれがビビってると、ジェフがここらを根城にしてる盗賊の事についてサラッと教えてくれた。
「ここらを活動の拠点にしている盗賊は二組ある。
一つはバンドウム盗賊団。
こいつらは少人数の精鋭部隊で、並のサーチャーには手に負えない連中だ。
自分たちの情報を漏らさないように、出会ったヤツは皆殺しにするそうだ。
だからこいつらの情報はあまりない」
皆殺しだと……?
なんてやつだ。怖すぎ。
つっても少数精鋭って情報漏れてるから、生き延びたヤツもいるんだろう。
「もうひとつはマーリオ盗賊団。
こいつらは五十人近い大所帯で移動し、おとなしくすれば命はさえ奪わないが、食い物から下着まで何もかも盗って行くそうだ」
五十人って、ちと多すぎないか?
そんなにいたら流石に彼らでも対応できないだろう。
数は力って言うし、マーリオの方に出会ったら逃げるしか無いだろ。
謎の皆殺し集団バンドウムも十分怖いが……
異世界に来たばっかりで早速デットエンドなんてのはヤダな。
「まあこんな荒野で身ぐるみ剥がされるなんてのは、殺されるようなもんだな………あっ!」
ジェフが突然立ち上がった。
「しまった!」
え? なに!?
周りを見渡すと汚らしい服装の大男たちが。
おれたちはいつの間にか盗賊に囲まれていた。
……なんてことはない。
「時間を忘れて話し込んでしまった!
話の続きは馬車の中ですることにしよう。
食料が少ないんだ。
到着予定が伸びると飯が無くなるぞ!」
ほっ。
そんなことか。
ビックリしたじゃないか。
盗賊かと思ってチビりそうになったじゃないか。
そうか。
おれら移動中だったんだよな。
確かに移動時間が延びたら、食料が足りなくなる。
そうしたら、隠れ食いしん坊キャラのジェフはかなり困るだろう。
おれたちはさっと片付けを済まして馬車に乗り込んだ。
馬車に乗り込む際、遠くの空に大きな雨雲が見えた。
しばらくしたら雨が降るかも知れないな。
馬車に乗ると、急にモリスが立ち止まって「確実じゃないんですけどー」と前置きをして言った。
「風に乗って鉄の気配がします。
今日の内にこっちに来るかも知れないっす。
いやー、来たらラッキーっすね」
「ホント? 確かにそれはラッキーね」
アカネはガッツポーズまでしてみせた。
何が来るんだ? 雨か?
雨がそんなに嬉しいのか。
まあカラカラに乾いた荒野の旅だし、雨っていい気分転換になるのかも知れないな。
馬車の後部に座った。
モリスの言葉を聞いたジェフとホワイトは、前の席で目を輝かせて話している。
「ガハハハハ! もしこっちに来る馬鹿だったら、次の街でいい酒が飲めるな!」
「ボクは本を買うぞ」
来るのはどうやら雨じゃないらしい。
なんだ?
いい酒が飲めるとか本を買えるとか。
金が入るのか。
となると……
……まさか
外ではセレシアが馬に鞭を打つ音が聞こえた。
馬車がゆっくりと動き出す。
「なあ、何が来るんだ?」
問いかけたおれを一瞥もせず、ソルダットがタバコを口に咥える。
そして親指を立てて小さな火を出した。
タバコの先がジュッと音を立て火が灯る。
すーっと煙を胸一杯に吸い込んで、ソルダットは言った。
「盗賊だよ」
おれはぞっとした。