第五話 現状把握
この偉そうな少年は腕を組んでおれを見る。
「さて……どこから話そうか」
やっぱりこのガキんちょ生意気だよな。
「ああ、出来れば何から何まで、まるまる全部教えてくれ」
そうだ、混乱も限界に達している。
出来ればすぐに事実を聞きたい。
「そうだな。お前、本当にここにくる前の記憶はあるのか?」
「そうだ。なんだよ、あったらおかしいのか?」
するとこの少年ジェフは、ため息を吐きながら首を振った。
「ああ、おかしいね。ここにいる人間はみんな、自分の名前しか知らないんだ」
なに言ってんだこいつは?
もしかして、あの扉でのワープが関係してるのか?
わかった。
ワープは場所を移動する際に、飛ばされた人間の記憶も吹っ飛ばす、と。
おれは普通に記憶もあるし、会社から着の身着のままの格好だ。
あ……でも茜はセーラー服だよな。
もしかして何か関係あるのか?
「おれは服装もそのままだ。なんか関係あるのか?」
「いや、それはないだろ」
ないんかい。
まあいいや。
「お前、記憶はあると言ったが、始まりの部屋の記憶もあるってことだよな?」
「あの真っ白い部屋の事か? あるぜ。後ろの扉をちょっと開けたら突然吸い込まれた」
「後ろの扉? 扉は一つじゃないのか? まあ真っ白い部屋であってる。その部屋は始まりの部屋と呼ばれてる場所だ」
「へえ。 ……んで?」
「そうだな。この世界の人間はみんな始まりの部屋から生まれる」
この世界の人間って……大げさだな。
しかし、言い草的にこいつらみんなワープしちゃったクチか?
にしてはおかしいだろ。ワープなんでありえない現象がこいつら全員に起こったとでも?
「じゃあお前ら全員ワープしてここに来たのか?」
「ワープってなんだよ。だからこの世界の人間はみんな扉から出てきたって言ってるだろ。まったく」
は? だからこの世界ってなんなんだよ。
まだガキだから誇張表現が好きなのか?
このガキ、本当に生意気だな。
「じゃあワープはいいわ。お前らはみんなその扉から出てきたってわけね。そんでここどこ?」
こいつは面倒くさそうに答えた。
「ここはカンクエッド王国の辺境、サヤバーン地方って場所だ。一番近いのがウォーモルって街で、そこまで大体五日くらいの距離だ」
はあ? カンクエッド王国?
全然知らんし。
名前からして既に異世界フラグ立ちまくりなんだけど……
まさか、こいつがさっきから言ってる『この世界の人間みんな』って吹かしてるわけじゃないのか?
本当にみんなが?
せっかくワープ仮説で辻褄が合いそうだったのに、まさかの異世界トリップ説が出てくるとは……
……いけね、異世界とか考えたら動揺してきた。
「な、なあ、日本って知らないか?」
「ニホン? さあ、わかならいな。それがお前の住んでた場所の名前か?」
「そうだ。ちなみにそこの茜もそうだ。こいつはおれの幼なじみだ」
おれは異世界説を否定してくれる事を期待している。
一応リアルはまあまあ充実してた方だと思うし、異世界大好きな引きニートでもないし。
異世界知識も特にないしな。
強いて言うなら有名どころのゲームとか、友達が貸してくれた小説とかで読んだくらいだ。
ジェフは顎に手を添え、考え始めた。
「まあいい。お前がどこから来たのかは置いといて、記憶はどのくらいある?」
「どのくらい? 全部あるぞ。ガキの頃見た仮面ラ○ダーから昨日の晩に飲んだビールまでしっかり覚えてる」
ジェフの目が見開かれた。
なんだよ。だから記憶あるって言っただろうが。
すると、たき火の光が届かない先からスタっと着地音が聞こえてきた。
「おい、本当か?」
その声の主は徐々にこっちに近づいてきた。
明かりの届く距離まで来て、そいつの全貌が見えてきた。
長いボサボサな黒髪の男だ。
おれは彼のその声に、期待と不安の混じったものが紛れ込んでいる事に気づいた。
「ていうか、お前ら何人いるんだよ」
「この六人で全員だ。それより教えてくれ、お前の記憶の話を!」
ガシっと肩をつかまれた。
まるで子供が物語の続きを催促するような、そんな雰囲気だ。
……てか力強すぎだろ! 痛い!
「わかった! 話すから! ……いっ、肩! 肩離せ! イタタタタッ!」
「おお! すまんすまん!」
横で黒人がニコニコしながら見ていた。
「よかったなソルダット! 久しぶりに見つかってよ! ガハハハハ!」
何が見つかったのかわからないが、おれはとりあえず自分の事について話す事にした。
−−−−−−−
話し始めると、彼らは何ともないようなところで質問してきたり、すごいなと感心したり、訳のわからないところでこっちと違うなとか言い出して、話がなかなか進まなかった。
時折、話を端折ろうとすると、もっと詳しくとか言われて大変だった。
何時間喋ったかわからない。
話し過ぎて口がカラカラになると、気を利かせたDQNが「水っす!」とかいって温い水を持ってきてくれたりした。
途中で「わたし先に寝るわ!」と、一番やかましい少女が退席した後は、誰も欠ける事なくおれの話を聞いていた。
ボサボサ黒髪野郎に至っては、メモまで始める始末。
気づくと周りはぼんやりと明るくなり始めていた。
オールで喋り倒したぜ。
正直かなりしんどい。
おれが始まりの部屋まで話し終わる頃には、みんな疲れ果てていた。
「ふう。もういいだろ。んじゃこっちの番だ。教えてくれ」
「いや、正直疲れた。明日にしよう」
なに?
おれのターンは無しなのか?
「おいおい、ふざけんなよ。おれ一晩中喋ったんだぜ? そっちも話せよ」
「ハハハ……おれも眠いね……。明日にしようぜ。ワハハ……」
「いや、今教えてやった方がいいんじゃないか?」
お、ジェフくん! いいね!
「ふう、わかった。そんじゃー教えてやるとしようかね」
−−−−−−−
主な話は、ソルダットと呼ばれたこの男とジェフ少年の二人が語ってくれた。
てか、残りは寝だした。
彼らの話によると、ここはおれのいた世界とは全く別世界だった。
ここはゲートワールドと言われてる世界で、みんな扉から生まれてくるらしい。
生まれてくるというよりは、出てくるって表現の方が正しいか。
というのも、いきなり変なところに光りながら現れるそうだ。
光りながらって、なんだか妖精みたいだな。
というか、みんな扉から出てくるってことは、この世界の全員がトリッパーなのか?
おれは運悪く荒野の真ん中に出てきたわけだが、不幸中の幸いでこいつらが見つけ出してくれたらしい。
次の街へ向かう途中に偶然発見したっていうんだから、何と運の良かった事か。
こいつらはというと、何だか良くわからないが『夢とロマンを追い求め旅する楽隊、ポアロイル旅楽隊』というらしく、いろんな地方をぶらりと暢気に旅をしているらしい。
メンバーはリーダーのソルダット、ホワイト、ジェフ、セレシア、モリス、そして茜。
旅で寄る先々で、いろんな仕事をして旅の資金を調達しているらしい。
仕事というと、たいていの街には『ユニオン』と呼ばれる何でも屋の組合があって、それは世界中どこにでもあるらしい。
この世界で一番デカい組織だそうだ。
まあ、いわゆるギルドみたいなやつだ。
こいつらはそこで仕事を受けている。
その日暮らしな人たちだよな。
次にこの世界について。
このゲートワールドも地球同様、海が大半を占め、いくつかの大陸が存在する。
これについては、「長くなりそうだから今度教える」と言われた。まあいいか。
ちなみにこいつらも地球という存在は知っているらしいが、それは記憶を持ったままこっちに飛ばされてきたヤツ(要はおれみたいなの)に聞いたらしい。
ただ記憶を持って飛ばされてくるヤツなんてのは稀で、たいていの場合は自分についての事だったり、おれらの世界の一般常識なんかを少し覚えている程度なんだそうだ。
こっちの科学技術はそんなに発達していないが、電気とかあるっちゃあるようなので、少し安心した。
この世界の科学技術とかは、断片的に記憶を持っているヤツらが作ったそうだ。
時計なんかもあって、ソルダットが見せてくれたが、地球と同じ十二進法だ。
おれがなぜここの言葉を話せるのか聞いてみたが、みんなそんなもんらしい。
まあ、こいつらは元の言語の記憶がないんだから、比較のしようがないよな。
みんな扉を出た時から喋れるんだとか。
異世界トリップの言語補正でも働いているのか?
もう不思議なことがあり過ぎて、そんなもんだと言われると「ああ、そんなもんか」と思ってしまう。
そんで、肝心の帰還方法だが……
彼らは知らないと言った。
というか、こっちの常識しかないこの世界の人間にとって、そういう概念はないっぽい。
記憶の断片がある人間も帰れたヤツは皆無だとか。
これは正直、かなりショックだった。
絶望した。
その話を聞いた後、暫く動かないおれを見て二人は複雑そうな顔をしていた。
でも、切り替えの速いおれは復活して更に話を聞く事にした。
記憶を持ってるヤツもいるって話だが、おれみたいにすべて覚えているのは限りなくゼロだそうだ。
ただ過去にはそういうヤツもいたらしく、そういうやつは賢者と呼ばれてる。
「それじゃ、おれって賢者じゃん?」
「まあまあ、最後まで話を聞けよ」
ソルダットがそう言うと、ジェフは大きなため息を吐いた。
「はあ、いいか?賢者ってのは魂の記憶を持っているだけじゃない。魂の記憶に加えて人外な能力を持っているヤツが賢者と呼ばれてるんだ」
なるほど、おれ特に能力なんてないな……はっ!
「あるぞ!」
「「!」」
「おれ、一回寝るとアラーム無しじゃ起きれない体質で、誰かが起こしてくれないと五日くらい寝続けられるけど、これって人外な能力じゃないか!?」
あるぞ! のところで二人とも少しビクってしたけど、ジェフはあからさまに呆れた顔をした。
「そいつはすげーな。そんじゃ寝てる間に腹とか減らないのか?」
「おい、ソルダット。話を続けよう」
ジェフ少年が話を戻した。
うん。それが正解だね!
おれも言ってみただけだし!
賢者は今もいるらしい。
その中でもすごい能力と魂の記憶を持つものは大賢者と呼ばれ、彼がどこにいるか知る者はいない。
もはや伝説だ。
ちなみに、大賢者は三人いる。
太古から生きている『大賢者ノートリオ』、二つの頭を持つ『大賢者イスダルム』、魔女と呼ばれる『大賢者アリス』。
この世界ってマジで厨二だな。
名前言うのでもちょっと恥ずかしいわ。
「まだ話してたの! 出発よ!」
一番乗りで寝だしたうるさい少女、セレシアが声をかけてきた。
おっと、もう昼間になってら。
夢中になり過ぎたな。
「そんじゃ、行きますか。お前一緒に来るんだろ?」
「あ、ああ。……いいのか?」
ソルダットの問いかけに、おれはちょっと戸惑った。
ぶっちゃけ今後の事考えてなかったからな。
馬車の奥から眠そうに目をこする茜が出てきた。
「一緒に来るんですよね?」
この茜は、おれの知ってる茜じゃなくて、ポアロイル楽隊のアカネだ。
今はそういう事にしておこう。
無理に過去にしがみ付いても辛いだけだ。
彼女は何も覚えていない。
まるでまったくの他人のようだ。
別の好きだった訳じゃないけど、なんだか失恋に似た気持ちだな。
「早く乗れよ。後ろ、席広いから横になれば良い」
そしてジェフ少年。
こいつは生意気で口も良くないけど、なんだか憎めない良いヤツだ。
「さー、しゅっぱーつ!」
セレシアの号令とともに走り出す馬車。
おれはそいつに乗り込んだ。