第四話 出会い
夕方、デパートのエスカレーターを地下に下って行くと、とてつもなくおいしそうな香りが鼻孔をくすぐる。
賑やかな人ごみが狭い通路を行き交い、売り子の活気のある声が聞こえてくる。
やはりデパ地下ともなると、スーパーの総菜コーナーなんかと比べようの無いほど、華やかな料理が並んでいる。
そのどれもが、まるで一流のコックによって魔法をかけられたかのような仕上がりだ。
見ているだけで腹が減ってくる。
てか、腹減ったなー。
おれは色とりどりに輝く、ショーケースの中の料理たちを眺めながら練り歩く。
洋食や中華、家庭料理のようなものから可愛いスイーツまで、数多くの種類の料理におれの目は奪われる。
よし、これは何かしら買ってくか。
どれにしようか、と品定めをしていると、奥の方からとてもワイルドな匂いが漂ってくる。
なんと言うか、とても料理なんて上品な香りじゃない。
まるで、こう、キャンプファイヤーみたいな?
くっ、なんだこれは……!
匂いの発生源の方を見ると、マッチョな男たちが、メラメラ燃え盛る炎を使って豚を一匹焼いている。
丸焼きってやつだ!
マッチョたちもすごい風貌だ。
丸焼きに負けないくらい、小麦色でテカテカだ!
その上ブーメランパンティーだ! キモいな!
しかも、ものすごい煙があたりに充満して、周りの客たちはキャーキャーわめきながら逃げてった。
するとマッチョマンたちは何を思ったのか、突然楽器を持ち出してドンチャカやりだした。
耳を塞ぎたくなるような大音量が鳴り響く。
煙は辺りにモクモクと広がり、客たちは逃げ回る。
マッチョマンたちは踊りながら、激しく演奏をする。
うぉ、マジうるせえ……!
とてもカオスな状況だ。我慢できん……!
「うるせぇぇぇぇぇー!!」
自分の大声で目が覚めた。
ぴたりとさっきまでのドンチャン騒ぎの音がやんだ。
静かになると、たき火のパチパチという音が聞こえてきた。
たき火の明かりが周りをぼんやりと照らしている。
夜か……しばらく寝てたみたいだ。
「んお?」
たき火から、その奥へと目を移すと、変な茶髪と目が合った。
うお、何だ? 誰だ?
見た目は結構DQNっぽい。
そしてなぜかラッパを持ってる。
もしかして、さっきの夢で見たドンチャン騒ぎはこいつらのせいか?
ラッパ持ってるしな。
彼の見た目は、完全に不良少年って感じだ。
寝ぼけてたとはいえ、うるせーとか言っちゃったし、怒ったかもしれない。
ここがどこだかわからないが、とりあえずいきなりボコられたくはないぞ。
見た目弱そうだから、もしバトルになってもなんとか勝てそうだ。
こう見えても昔、空手ちょっとだけどやってたしな。
あん? やんのかコラ?
いやいや、冗談冗談。
ここは平穏にいこう。
とりあえず、さっきの事を謝って、そこからフレンドリーにコミュニケーションといこうじゃん。
おれがさて口を開こうとしたら、いきなり後ろを振り返って叫びだした。
「先輩方ー! 起きましたよー!」
先輩? まさか、不良のボスか!
「ワハハハ! 起きたな!」
変な影が小走りで駆け寄ってきた。
うお、影じゃなかった。
黒い人だ……って黒人じゃんか。
ヒップがホップな格好ではないけど、背高けえ!
てか日本語うま。
まさかボスが黒人とは思わなかった。
こいつはぶっちゃけ勝てる気がしない。
普通にめっちゃくちゃ強そうだ。
なんでこんな展開になった?
……くっそ! ボコられんのか、おれ?
「調子はどうだ? モリスが見つけなかったら、そのまま飢死にしてたかもな! ワッハハハハ!!」
彼はとてもご機嫌のようだ。
ありゃ? これは何か予想と違うな。
見つけてくれた?
そうか、おれ変な扉の中に吸い込まれたんだった。
どうなってやがる。
……てか、扉とか良くわからないけど、今までの一連の流れを考えてみると、どうやらおれは変な場所にワープしたみたいだな。
ワープとかあり得ないけど、もうどう考えてもそれしかないっぽいし。
つーか扉をくぐる方式なのか、ワープって。
なるほど、わかったぞ。
おれは会社のベッドから、何らかの力でワームホールに飛んでしまった。
そしてその中を進むと、ワープの出口に行き着いて、そんでそれがあの扉だったというわけだな。
そんでワープを出た時に気を失って、こいつらに拾ってもらったと。
なるほど、辻褄が合うな。
辻褄が合うって言っても、ワープとか俄には信じられない。
しかしまた不思議なところに来てしまったようだ。
ここはどこだ?
さっきのワープ空間は地球上ではなさそうだったけど。
何て言うか、異世界とか神々の宮殿って感じだったな。
それにあの絵。
うーん。わかんねえな。
でもここはどうやら地球っぽい。
「ワハハ! 混乱してるぜ!」
「いやー先輩、無理もないっすよ。何せまだ起きたばっかりですよ?」
なんかこいつら、やけに楽しそうだな。
まあ、ボコられるわけじゃなさそうだし、いいか。
それより色々聞かなきゃいけない事が山ほどだ。
「あのォ……、ここってどこなんですか?」
おっと、いけない。情けない声が出てしまった。
悪い事とかしてないんだから、ここは堂々とせなば。
「おう! 新入りよ、良く聞け! ここはサヤバーン地方の荒野だ! 見ての通り何もない! ハハハハーッゴホゴホッ!!」
なになに? サヤバーン地方?
聞いた事ないぞ?
えっ、なに? まさか日本じゃない?
つーか、なにがそんなに面白いんだろうな? この黒人。
「サヤバーンってどこでしょうか? それに日本語喋ってるから、てっきり日本なのかと思ってましたが、まさかここって日本じゃないんですか?」
気になる事を素直に聞いてみる事にする。
悪い人じゃなさそうだしな。
しかし、この男の返事は信じられないものだった。
「ハア? ニホン? なんだそりゃー! ワシャシャシャシャッ!!」
ツボにはまったらしい。
ちょっとムッとしたが、落ち着いてもう一度尋ねた。
「なんですか、もう。日本ですってば。ジャパンですよ。あなたも日本語喋ってるじゃないですか」
「ハハハハ! ニホンゴって何だ? おれらが喋ってるのはただの言葉だぜ!」
……馬鹿にされてんのかな?
ちょっとイラっとした。
「だから、あなたが今喋ってるのは……え?」
話してて気づいた。
おれが喋ってるのも日本語じゃない。
あれ?
……どういうこと?
まるで、元々この言語を体得しているかのように、本当に自然に口から出てた……
おれに隠された言語能力があったのか?
いや、違うな。
たき火の影の方から、また変なヤツが出てきた。
「起きたみたいね!」
今度はお嬢さまっぽい女の子が出てきた。
かなりの美少女であるが、耳がキンキンするほど声がデカい。
……またうるさそうなヤツだな。
「あ、はい。起きました」
「わかったわよ!」
「う……それで、あの、自分の状況がよくわからないんですが……」
「当然ね! 起きたばっかりでしょ!」
一々うるさいな、この子。
「起きたんですね」
またしても、少女がこっちにやってきた。
なぜかセーラー服を着てる。
背はそんなに高くなくて、ショートカットの銀髪で……って!
「茜!?」
「えっ?」
「え?」
「え?」
「フハハハ!?」
全員が驚いた。
そりゃそうだ、おれだって驚いてる。
だってこいつは……
「えーっと、もしかして、旅の方でしたか? というか何で私の名前を?」
「いや、そりゃないっすよ! おれらが見つけたときはまだ光ってましたもん」
ここで驚き硬直していたDQNが復活して口を挟んだ。
光ってただと?…いや、そんな事はどうでも良い。
それよりも……
「心配してたんだぞ! 警察まで出てきてずっと探したんだぞ! 無事な事は家には連絡したのか!?」
「あの……すみません。記憶力は良い方だと思っていたんですが……どこかでお会いしました?」
悲しい気持ちになった。
おれは忘れた事なんてなかったさ。
だって……
「……まさか、おれの事覚えてないのか?」
「えっと……」
おれは彼女を知っている。
こいつは宮本茜。
おれの幼なじみだ。
おれもこいつとは仲が良くて、高校まではずっと一緒の学校だった。
正直兄妹みたいな感じだった。
帰り道、一緒に公園でだべったり、コンビニでアイス買って遠回りして帰ったりもした。
高校からは別になって、しばらくしてから彼女は髪を銀色に染めた。
そのころの彼女はふさぎ込む事が多くなっていた。
きっと学校で何かあったんだろうと思った。
おれは高校で出来た新しい友達とつるんだりしているうちに、だんだんと会う機会も減っていた。
今度会ったら聞いてみようとか思ってたんだ。
高校二年の夏休み。
久しぶりに茜から連絡がきて、海に行こうと誘われた。
あいつからの連絡は久しぶりだった。
丁度いい機会だから、今回彼女に色々聞こうと思って行く事にした。
二人で電車に乗った。
電車の中では、ふさぎ込みがちだったのが嘘のように明るかった。
それから、海に着いたおれたちは、砂浜から伸びる堤防を歩いた。
いつもは何人か釣り人がいるけど、その時は誰もいなかった。
しばらく歩いてからおれは小便がしたくなってトイレのある浜辺の方に戻ろうと提案した。
茜は「そこらへんでしちゃえ」とか言ってたけど、その頃はちょっと女子に対する羞恥心があったから、おれは頑に断ってトイレに行った。
それがおれが茜を見た最後だった。
それから、茜をいくら探しても見つからず、家にも警察にも連絡して探した。
警察も本格的に動いてくれた。
捜索から一週間。
警察は誤って海に落ちてしまったのだろうと結論づけた。
彼女の両親も納得いかない様子だったが、流石に一週間も探して連絡もない。
結局、本人不在の葬儀が執り行われた。
その式には、彼女の高校の友人は全く来なかった。
何となくわかっていた。
高校でうまくいってない事、悩んでる事。
彼女は死んだ事になって、新聞の隅に小さな記事が載った。
何も解決してないのに、それでおしまいになった。
「あの、もしかして人違いではないでしょうか?」
「……は?」
そんな筈がない。
顔も声も、茜そのものだ。
もしかしたら、あの日彼女もおれみたいにワープしたのかもしれない。
「まさか、お前もワープしたのか?」
「あの……なんのことでしょう?」
「おれは変な扉を出たらここに着いたんだよ」
「あー、始まりの部屋の事でしょうか?」
「……始まりの部屋?」
意味不明な単語が出てきたが、おそらく彼女が言ってるのは、あの真っ白い部屋の事だろう。
「まあ部屋の名前なんて何でも良い。それよりめちゃくちゃ過ぎる。話が全く掴めない。
変な回廊にいたと思ったら白い部屋が現れるし、そこから出たかと思ったら、今度はここにいるし……」
おれは混乱の極地に達して頭を抑える。
しかし、茜はそんなおれを更に混乱させた。
「そりゃそうですよ。みんな始まりの部屋から、この世界に出てくるんですから」
「……はあ?」
ちょっと茜の言っている意味がわからない。
「あ、でも私はマイゲルの街に運良く出てきましたけどね」
マイゲルとかサヤバーンとか、訳のわからない事をさっきから。
一体どうなってるんだ?
話もまともに出来ないじゃないか。
「おい、お前」
後ろから声がした。
振り向くと、面倒くさそうな顔をした少年が立っていた。
「……お前、魂の記憶があるみたいだな」
何言ってんだこいつ?
さっきから、どいつもこいつもおかしな事しか言わない。
「ジェフ、何か知ってるの?」
茜がジェフと呼ばれた少年に尋ねる。
「ああ、多分だがこいつは魂の記憶を持ってる。要は、部屋から出てくる前の記憶があるってことだ。
それで、部屋から出てくる前のアカネと会った事があるってことだな」
少年は「やはり僕の理論は正しいのか……」とかボソボソ言っている。
この少年、何か色々と知っているみたいだ。
ただ態度がめちゃくちゃ偉そうだが。
しかし、今この状況を整理したい。
「一体どういうことなんだよ? 教えてくれ!」
おれはこの知的な雰囲気の少年、ジェフの話を聞くことにした。