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不確定異世界トリップ  作者: 提灯鮟鱇
第一章 目覚めと謎の回廊
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第二話 天井の絵と白い部屋

 

 歩いているとこの空間の異常さが改めてわかった。


 何せこんなに歩いてるのに全く景色が変わらない。

 当たり前かのように人の気配もないし、動く影もない。

 体感で大体三時間くらい歩いているだろうか。

 結構疲れた。


 左右にずらりと並んだ柱、どこまで続いているのかちっとも検討がつかない。

 まさか、終わりなんて無いんじゃないだろうか?

 そんな事さえ脳裏をよぎる。


 柱が並んでいる造りから回廊なんて言ってみたが、これはおそらく一直線なんだと思われる。

 歩きながら少し左側に寄って柱の外を観察してみた。

 左右の柱から外を覗き込めば、眼下には果てしなく続く雲海。

 上は突き抜けるような青空。


 下を覗き込んでみると30メートルくらい下から雲が建物を覆っていた。


 水平方向には何も見えない。


 もしこの建物自体が先でぐるりと何かを囲むように建造されているのであるなら、もしかすると柱の間から見える外に対面した建物が見えるかもしれない。

 しかしながら何も見えないとなると、おそらくは一直線なのだろう。


 何も変化が無い道をひたすら歩くのは想像以上に疲れるが、おれは大して退屈はしてなかった。


「ふむ、これは運動会か」


 おれは天井の絵を見ながら歩いていた。

 なぜこんな建物があるのかもわからないし、

 なんで会社の医療機器のテストから目が覚めたらこんなところにいるのか全くわからない。


 だが、おれがここにいるのは事実であり現実である。

 歩く足下からは、ほぼ毎日出勤で履いている革靴のソールがコツコツを小気味のいい音をたてて滑らかな石畳を叩いている感触がある。

 緩めたネクタイとシャツが歩くリズムに合わせて擦れ合う音も聞こえる。

 頬をつねってみたが、ちゃんと痛かった。

 ここにいるのが現実ならば先に進むのが一番建設的だろう。


 ここで目を覚ました時は妙な感覚だったが、今はもう完全に普段の状態に戻った。

 しかし、あの最初の妊婦の絵はとても怖かった。

 なぜが妊婦が目を閉じた時には恐怖も焦りもなくなって「あ、おれ今ここにいるんだ」ってなった。

 うまく言い表せないけど、受け入れられたって感じ?

 この場所で目を覚ましたこと、そしてこの建物。全部取るに足らない事実で当たり前のような気さえした。


 二枚目の絵も三枚目の絵も見たが、最初の妊婦の絵のような事は起きなかった。


 そして歩く事約三時間、現在に至る。

 天井の絵を順を追って見てある事に気づいた。


「これってストーリーになってる?」


 そう、絵は簡単な物語を表しているようだった。

 最初の一枚は妊婦だったが、二枚目からはずっと妊婦が生んだ男の子が描かれている。

 内容は何の変哲もない日常のようだった。

 それこそ二十枚目くらいまではただの幼児の成長記録みたいな感じで一枚ごとに大きくなっている赤ん坊が書かれていたが、

 ハイハイもできるくらいになると絵にも多くの変化が見られ始めた。

 食事のシーンだったり、おもちゃで遊んでるシーンだったり、お母さん(最初におれにヤンキーよろしくガンつけてきた妊婦さん)とお出かけだったり。

 一枚一枚が巨大なので歩いて絵の下を通りすぎるまで五分くらいかかった。


 さらに、絵を見ていくうちにに描かれている子供が日本人だということにも気づいた。

 まず遊んでるおもちゃがウル○ラマンとか、読んでる絵本が日本語とか。

 そうすると親近感が湧いてくるから不思議だぜ。

 時代がかなり近代だし。


 でも壁画チックに描いてあるから、ちょっと間抜け。

 っていうかミスマッチ感がすごい。

 この画家は何を考えてこんな壁画っぽくしたのかね。


 しかし三時間でまだ小学生あたりか。どのくらい続くんだろ?

 まさか、よぼよぼジーサンになるまで続くとかないよね?


−−−−−−−


 休憩を入れつつさらに十時間は歩いたと思う。

 正直かなり疲れた。

 上向きっぱなしだったから首も痛いし、革靴だから足も痛くなるし。


 何となく気づいた事がある。

 というか、ここまで異様だと認めざるを得ない。


 ここは多分おれがいた世界じゃない。


 不思議な事に日が落ちることは無かった。

 ずっと同じ明るさ。

 回廊自体は日が差し込まないから、太陽がずっと真上にあんのか?


 異世界だと思うけど、この日本人の少年の絵がノーと言ってる気がする。

 だって異世界なのにウ○トラマンだしね。


 絵の少年は青年になった。


 そして成長に伴って絵が変化した。

 最初は壁画のような絵で登場人物ぐらいしか描いてなかったのに、

 だんだんとリアルな絵になってきた。

 なんだかとこにでもいそうな普通の人になったよな。

 つーかどっかで見たような面構えって気がしなくもない。

 でもまあ、どこにでもいそうな顔って、そりゃどっかで見た事あるように感じるよな。


 絵のストーリーは成人してからも何とも無いような、取るに足らない日常が続いた。


 正直飽きてきた。

 てか苛ついてきた。

 だってこんなでっかい絵なんだぞ?

 普通はもっとなんかあるだろ。

 こう、突然災害が起こって、それでも負けずに復興に奮起したとかさ。

 なんでこんなにも日常生活ばっかなわけ?


 でもね、ぶっちゃけ何も無いですわ。この絵。

 もうね、僕もね、飽きましたわ!

 まず、この男ね、地下鉄乗ってどこ行くんですか? えぇ?

 もうかなりリアルになって来てるから詳細がわかるんですよ。


 山手線ね! はいはい!

 いつものように出勤ですか! えらいねぇ!

 おれは東京出身じゃないけど山手線くらい知ってますよ!


「ん?」


 新幹線乗り場?


 今更ながらこの男の絵の描かれている間隔が短くなってるのに気づく。


 おやおや、本日はお日柄も良く新幹線で一人旅決め込むにはいい日だわな。

 さーて、どこに行くのかな?とっととどこにでも行っちまえ。


「……」


 こいつ…。

 おれの地元に来やがった…。


 そして次の絵が見えるとこまで歩いてきて

 おれは言葉を失った。


「うちの社用車……」


 知らず知らずおれは走っていた。

 次の絵が見たい。

 その一心で歩き疲れた足で強く地面を蹴った。


 頭に無数の電極をつけた男はベッドに横になっていた。


 傍らに立っている男と談笑しているようだ。

 ベッドの横で笑みを浮かべてるのは林常務。


 これって……


 走った。全速力で。


 結構速かったと思う。

 でも次の絵が見える位置まで時間がとても遅く感じられた。

 一刻も早く次の絵を見ねば。

 焦っていた。

 さっきまで全く気にならなかったことが気になりだす。


 おれはここになぜいる?



 隣のベッドに上着を脱いでネクタイを緩めた男が頭に電極をつけられていた。


「……あ、おれだ」


 隣のベッドに寝転んだ男はおれだった。


 なぜ?

 ついにおれはこの男の素性がわかった。

 この男、あの時の隣で寝てた男だ。

 つまり外部からの被験者って事になる。

 でも、おれはこの男を知らない。


 あの時顔を合わせただけだ。

 言葉だって交わしてない。名前すら知らないのだ。


 またおれは走った。


 この絵はこの男が生まれるところから始まっていた。

 ということは、この男の人生そのもの。


 長かった。

 くだらなかった。


 そして次の絵がてくる。

 絵の中の時間経過の間隔がさらに短くなる。


 直感した。


 多分……終わりが近い。

 おそらく、この男の人生の終わりが……


−−−−−−−


 それから何枚かの絵を見た。


 男のテストは無事に終了して林常務を何か話してから帰ったようである。

 林常務の知り合いか何かかもしれない。

 正確な歳はわからないが、おそらく三十歳くらいだろうか。


 その後、駅に向かう社用車に林常務と乗り込む。


 早く次の絵を……次の絵を……


「ハァ……ハァ……」


 おれは走り過ぎて完全にバテてしまっていた。


 しかしおれの目の前、まだ遥かに遠いがこの回廊の終着点を見つけた。

 前方に目覚めた場所の後ろにあった壁と同じような壁が小さく見えたからだ。


 遠目からは何となく扉っぽいのがあるのも見える。


 絵はあと二枚。


 次の絵はまだ社用車の中にいる。

 場面はあまり変わってない。


 あと一枚。


 ドタドタと情けなく走った。

 足がもつれて転んだが、四つん這いで這っていく。


 最後の絵は



 社用車に真横から大型トレーラーが突っ込んでた。

 車はぺちゃんこになってる。




 多分、この男はこうして死んだ。

 名前も知らないが、とにかく死んだ。

 おれはこの男の人生を知らないが、この絵を通して知った。

 生まれてから死ぬまで。

 嬉しかった事も悲しかったことも。

 だからこいつが死んで悲しかった。



 それで、おれはどうなった?


 目の前には扉がある。

 家の玄関より少し大きいくらいの大きさの扉だ。


 この先に行けば何かわかる気がする。


 おれのこと。

 なぜここにいるのか。

 先に進む以外、選択肢は残っていない。


 頭がふらふらする。

 正直、最後のラストスパートのせいで今にもぶっ倒れそうだ。


 後ろを振り返る。

 長かった回廊が最初と同じように見える。


 この回廊は絵の男の人生。

 この扉は外へと繋がる扉だろう。


 外には何がある? おれは帰れるのか?


 そしておれはゆっくりと扉に手をかけた。

 これからおれは真実を手に入れる。




−−−−−−−


 その後、扉に手をかけたおれは、内開きとは知らずにしばらく必死に押しまくってたのはご愛嬌という事にしてもらおう。


 そしてようやく扉を開く。

 中から強烈な光が射してきた。


 光の勢いは凄まじく扉から差し込む光が謎の回廊を真っ白に染上げていた。


 おれは目を開ける事も出来ない。

 光だけの筈なのに体を押し返すような力があった。

 もしかしたら強風が吹いてるんじゃないかっていうくらい。

 腕で目元を覆いながら、若干体勢を前のめりになって扉の中に入っていった。


 内側まで入ると後ろの扉が音を立てて閉まった。


 扉が閉まると、さっきまでの光の濁流はなりを潜め、体が感じていた風のようなものはすぐに無くなった。

 少しだけ目が慣れてきた。

 恐る恐る腕を目からどけて、目の前の光景に驚く。


 ただ真っ白の空間。


 奥行きも、地面も、天井もわからない。

 確かに自分の足で立ってはいるが、自分の全周囲が真っ白なので平衡感覚がおかしくなりそうだ。


 この空間を一言で表すとすれば「無」だろう。

 ただ、すぐ後ろにはさっき入ってきた扉が立っていた。


 どこで○ドアみたいな感じだ。

 前には似たような扉が一つ。


 とすぐ後ろで何かが砕ける音がした。


「うお、と」


 振り返ると、さっき入ってきた扉が崩れていた。

 崩れたというより粉々になっていた。

 よくわからないが、おれがこの空間に入った瞬間こうなることが決まっていたようなタイミングだ。


 おれは退路を断たれたわけだが、それほど焦ってはいない。

 あそこにはもう何もないとわかっているからか。

 先に進まなければ何も始まらないと思ったからか。

 

 さっきの回廊で焦りに耐性ができたのかも。


 いやー、しかし……

 こうなるともう一択だな。


 前方にぽつんと寂しく立ってる扉。

 おれはそこに向かう前にもう一度崩れた扉を確認する。


 奇妙だな。さっきまであの回廊は確かにこの扉とつながっていた。

 でも、扉が立っていた後ろ。理論上さっきの回廊があった空間は何もない。


 本当にどこでも○アに入ったみたいだ。

 崩れた扉の奥はどこまで続いているかわからない無の世界に……


「あれ?」


 崩れた扉の奥にもう一つ扉を見つけた。

 またしても似たような扉があったのだ。


 空間自体が全部真っ白なので距離感がつかみづらいが、崩れた扉の後方約5メートルくらいに位置している。

 二択になったぜ!

 

 よし、一旦この状況を整理しよう。

 まずはこの空間には回廊と繋がってた最初の扉に入ることでやってきた。

 そして、ここには更に二つの扉がある。

 入ってきた方向から見ると、前と後ろに一つずつ。


 前方の扉まで進んでみる。


 この扉はさっきの扉とそっくりだがボロボロである。

 時間経過によるものじゃなくて、誰かが意図して壊そうとしたような……


 うぇ、よく見るとあちこちにどす黒く変色した血がついてる。

 キモいな。

 気味わりーよ、これは……

 誰が争った見たいな感じか。


 でもまあ、特に何もないな。


 そしてこの扉の取手だが、完全に破壊されていた。

 まるでここだけを徹底的に狙った感じだ。

 もちろん開けようにも全く開かなかった。


 裏側に回ってみる。


 すると全く同じ場所に全く同じ傷が付いている。

 鏡を見ているようだった。


 力を入れて蹴ってみたがビクともしない。

 岩を蹴ったみたいな感触が返ってくる。

 これはおそらく、どの方向からどんな方法を使ったとしても開かないだろう。

 ここは……よし、無理。


 次は後方の扉だ。

 ていうかもうここが開かなかったらここから出られないんじゃ……

 

 なんて焦ったけど、ひとまずここは大丈夫そうだ。

 こっちの扉は完全な状態を保っている。

 一応裏側に回ってみたが大丈夫だった。


 さて、もうここしか無い訳だが……

 この先はどこに繋がっているのだろう。


 もしかしたら、またさっきの回廊に逆戻り?

 もしくは、実はこれは夢で、この扉を出たとたん「お疲れさまー」とか言われて会社で目を覚ますとか。

 いや、それは無いか。


 今までいろんな事がありすぎて失念してたけど、ここは多分現世とは別世界っぽいし。

 とはいえ先ほどまでおれは警戒心ゼロだった。もうすこし気をつけた方が良いのかもしれない。

 無いとは思うけど、扉を開けた途端に矢がピュンピュン飛んでくるとか、毒ガスが噴射してくるとかそういう系のトラップがあってもおかしくないよな。


 ……いやいや、マジでそれは無いよね? ちょっと想像したらめちゃくちゃ怖くなったわ。


−−−−−−−


 それから暫く念入りに扉を調べてみたが、特にこれといった発見はなかった。

 まあ、普通の人生を平和な国で送ってきたおれには、もし何か仕掛けてあったとしてもわかる筈がないか。

 おれはシーフじゃない。


「…よしっ!」


 意を決して扉の取手に手をかけた。

  取手を握る手に力を入れる。

 ぐっとゆっくりと手前側に引っ張って見たがビクともしなかった。

 手に伝わる感覚からすると押すやつだろうか?


 押してみると軽く扉が動いた。


「……」


 さっき罠とか考えていた事が脳裏を過り、手に力を入れるのが躊躇われる。

 何も無い何も無い何も無い……多分。

 こんなところで躊躇ってても前には進めない。帰れないぞ。


 もしかしたら時間が経ちすぎるとさっきの扉みたいに崩れるかもしれない。

 そう考えると自然と扉を開ける勇気が出てきた。


 再び取手を握る手に力を……


「っと、うわぁ!」



 扉を少し開いた瞬間、おれは凄まじい力で扉の中に吸い込まれた。


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※本作品は全編改稿を経て『死んでないおれの不確定な死亡説(仮)』になりました。

今までのご愛顧、心より御礼申し上げます!
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