第一話 シゲルの目覚め
突然だがみんなに聞いてほしい。
『おれは特異体質だ』
さて。
みんなはこの言葉を聞いてどう思っただろうか?
はいはい、チートね。
とか。
もったいなぶんないで早く言え。
とか。
自分で特異体質とか雑魚キャラの厨二だなww
とか。
おそらく、誰もが取るに足らない事だと思っているだろう。
でも……
もしも、あなたの周りにこんな事を言い出すヤツがいたとしたら?
そしてそいつが、本当に何かしらの特異体質だったとしたら?
あなたはそいつをどう思う?
そもそも特殊体質ってなんだろう。
漫画や映画、ゲームなんかの中では特異体質なんていうヤツは腐るほどいる。
体の表面が岩のように固かったり。
コンクリートも簡単に叩き割る怪力だったり。
生まれつき他人の考えてる事がわかってしまったり。
目を凝らす事によって、なんでも見えてしまったり。
例えをあげるときりがないが、みんなが考えてる特異体質ってのは、大体こんな感じだろうか。
それでは、もう一度言わせてもらおう。
おれは特異体質だ。
どうだ?
少しくどかったか。
でも、その通りなのだから仕方がないじゃないか。
おれは特殊体質なのだから。
どういう風に特殊なのかって?
ああ。
教えるが、その前に一つ。
チートとか、めっちゃ強い系の能力を期待してしまった人には本当に申し訳ない。
あんなに引っ張って自分でハードルを高くしてしまったのに、本当に大した事ないんだ。
期待しないで聞いてほしい。
おれの特異性。
他の人間と違う点。
それは、『一度寝たら起きない』こと。
…………
……ほら?
言っただろ?
たいした事ないって。
かっこいい特異体質じゃなくて悪かったな。
おれだってかっこいい方が良いさ!
おれの体質について「そんなのおれだって寝たら起きないぞ」とか思ってる諸君もいるだろうと思う。
でも、決定的に違うのは一人では起きれない事。
誰かが起こしてくれれば起きれる。
何かしらの外的刺激があれば目が覚める。
そう。
一人では起きれない。
君たちはどんなに長い間寝たって、二十四時間ぶっ続けで寝る事は出来ないと思う。
寝てる最中にトイレにも立つだろう。
だがおれは違う。
二十四時間でも三十時間でも四十八時間でも関係ない。
両親が旅行に行った時、目覚ましをし忘れて三日間眠り続けた事もある。
飲まず食わず、ずっと寝続けても全く問題ない。
試した事はないが、おそらく一週間寝続けても平気だろう。
まるでおれの中の時間が止まってしまうような感じだ。
そんな感じで、昼寝なんてしてしまったら、次の日の朝のアラームの鳴るまで起きないし。
まず自然に起きれることなんて全く無い。
だからおれは自然と目が覚める感覚がわからない。
昔は「おれ目覚まし使わねーぜ」なんて言ってるやつは嘘八百だと思ってた。
ハッ、んなの嘘に決まってら。
そんなふうに今までずっと思ってきたんだ。
−−−−−−−
さて、今の状況はというと。
おれは寝ぼけている。
その寝ぼけた状況ながら、大いに戸惑っている。
何せ目から光が勝手に入ってくるだもの。
意識が闇の中から急上昇してくる。
だけど不思議と不快感はない。
あらら?
瞼がめっちゃ軽い。
自動で開くシャッターみたいにぐわんぐわん開いていく。
目は開けられたが何もかもが真っ白。
暫く開いた目は機能しなかったが、ゆっくりと風景の輪郭が形作られ、視界は色を取り戻した。
夢のようだが、夢じゃない。
そこでおれは悟った。
これが自然と目が覚める感覚だと。
すげー!!
おれは感動した。
これが自然に起きるって感じか。
なんだかとても素晴らしいな。
今までは全く信じてなかったけど、なるほど本当にあるもんなんですね!
おれの目は視界を完全に取り戻したが、網膜に映る情報に脳が追いつかない。
目では見てるけど脳が信号を処理してない感じ?
寝起きの状況では良くある事だ。
んあ? そーいえばおれ、どうしたんだっけ?
頭がふわふわする。
全然思い出せない。
とても静かだ。
耳も機能してないのかもしれない。
「ふっ、ふっ、あー、うあー」
確認したくて、声を出した。
オッケー、聞こえる。耳はすぐに使えた。
おれが自然に目を覚まして、ここまで約十秒もたってないだろう。
ここにきて、ようやく視界からの情報を脳が認識し始めた。
そして目の前の光景に、またしても脳は置いてけぼりにされた。
「え? 何? ……え、ちょ、ま、」
混乱する。
だってそうだろ?
今おれは鏡みたいにツルツルな石のタイルの床に立っている。
横幅百メートルくらいはあるだろうか。
めちゃくちゃ広いが前方は更に果てしなかった。
くすみ一つない綺麗な床はどこまでも続いている。
そして、その左右には大の大人が10人いても抱えられないような太い真っ白い柱。
周りには人っ子一人いない。
「……はい?」
ただ広くて明るくて長い西洋寺院の回廊のような廊下。
先はどこまで続いてるかわからない。
身震いがした。
合わせ鏡のようにどこまでも続いている。
回廊は一直線に伸びて、おれの視界の先、つまり回廊の先は点になってる。
左右の柱の奥を覗くと下には雲が広がっていて、上は青空だ。
空の上にあるようだ。
……空の上だと?
おれはこんな建造物を知らない。
少なくともおれの知識の中にはない。
「なんなんだよ、ここは……」
考えてみる。
何でおれはこんな訳のわからない場所に居るんだ?
「……?」
全く思い出せない。
というより、記憶がない。
自分が誰かすら記憶がぼんやりしてる。
でも、自然に起きれないこの『体質』については覚えていた。
なんと言うか、後天的に覚えた事が抜けてしまった感じだろうか。
それでも不思議な事に、思い出せない事が全く気にならない。
まるで記憶がない事が当たり前のような感覚がある。
なんでだ?
ふと上を見上げた。
天井にはわけのわからない巨大な絵が描かれている。
うお、でっけえ……
この回廊の横幅いっぱいの幅に、さらに前方はその倍くらいの長さだ。
何の絵? なんだか宗教チック。
大昔の壁画みたいに2Dで表現されている。
てか天井めっちゃ高っ!
絵が巨大すぎて失念していたが、天井の高さも相当なものだった。
百メートルの幅の天井の絵を何となく見渡せるような高さだ。
絵は一つ一つコマで区切られているっぽい。
一つ目の絵は妊婦の絵……か?
お腹が大きい女性の絵だ。
前方には別の絵があるのが何となくわかるが、遠すぎて全く見えない。
そして違和感に気づく。
この状況はおかしい。
意味の分からない場所。
人生初の自然な目覚め。
普通ならもっと慌てる状況なはずだ。
そんなのはわかってる。
でも、今おれは冷静だ。
ここでいきなり目覚めた経緯とかが全然気にならない。
とても落ち着いているが、正直この壮大な回廊に少しばかり恐怖を感じている。
この回廊、本当にどこまでも続いているようだ。
まるで真っ青な深い深い海のような。
真っ暗で何も見えない闇のような。
どこまで行っても終わりがないような。
未知なる果てしないものへの恐怖。
本能的に感じる恐怖。
そんな感じ。
この回廊、おれの主観的な一言で表すなら『無限』。
先を意識すればするほど未知なる恐怖が強くなるのがわかる。
そして、もうひとつ。
違和感の大部分は多分ここから来てると思うんだが、
というか間違いない。
だって……
視線をあげたその先、天井の絵。
妊婦が瞬きをしたのだから。
「ははは……まさかね……」
おれはその瞬き、彼女の視線に恐怖した。
じっとおれを睨んでる。
親の仇を見るような、憎しみの目で。
その視線を確認すると、おれは本能的に視線をに床に落とした。
よし、落ち着いて整理してみよう。
さっきあれは瞬きをした。
そしてギロリと俺を睨んでる。
めっさ怖いんだけど。
生きてるみたいに瞬きしたぞ。
見間違いか?
いやでも、瞬きは見間違えだとしても、だ。
このひしひしと感じる視線。
怖いから上向けないけど、間違いない。
めっちゃ睨まれてる。
なんていうか、場違いな所に入り込んできた異物を忌々しく思ってるような感じ。
いやいや、冷静になろう。
落ち着け、おれ。
怖い時は平常心が一番。
心を穏やかに、だ。
そうそう。怖くない。
一瞬、ヘビに睨まれたカエルってこんな感じなのかな、と思った。
上を確認したいけど、ずっと視線を感じるのでもう一回天井見るのが恐ろしい。
いっその事無視して歩いていこっか。
しかし、ここがどこかもわからない状況でむやみに動くのは躊躇われる。
後ろは……壁か。
てことは前しかないか。
再び前を向きつつ、おれは天井をチラ見した。
「……ッ!」
正直ビビった。
妊婦の絵が目を閉じてる。
それどころか、慈愛に満ちた表情でお腹を摩っている。
ずっと感じてた視線がいつの間にか無くなり寒気は収まった。
「うぉ、……と」
さらに不思議な現象が起こる。
突然体が軽くなったのだ。
何だこれ。意味わからんことだらけだな。
するとまたしても突然、
本当に突然に記憶が戻ってきた。
「……あ」
思い出した。
おれの名前は山田シゲル。
今年二十四歳の会社員。
顔は可もなく不可もなし、てとこか。
まあ、普通だな。
世界でも有名な医療機器製造会社に奇跡的に入社したお茶目なナイスガイ。
めちゃくちゃ頑張って勉強して二流大学に入り、その大学を底辺で卒業した。
頭は良い方ではないな。
両親健在で姉が一人。結婚して出ていったけど仲は良い。
おれは普通の顔なのに姉貴はめっちゃモテモテだった。
どうやら、なんていうか忘れたが芸能人ににてるらしい。
趣味は……いや、今はどうでもいい。
それより、最後の記憶だ。
おれは会社にいたはず。
会社で、えーっと……
確か林常務から直々に呼び出しがかかって、新しい機器の脳波なんちゃらテストの被験者が急に熱を出したとかで、代打に行ったんだ。
なんでおれがとか思ったけど、林常務からの直々の頼みだったから断れなかった。
林常務は若くして取締役まで上り詰めたすごい人で、入社もあの人の鶴の一声だった。
当時は、なんでおれなんか贔屓にしてくれるんだと思ったけど。
おれとしては恩もあったし、嫌々ながら行ったんだ。
それで、おれよりさきに機械につながれてる人がいて。
多分一般人だと思う。
うちの会社はいつも製品開発の最終段階では一般の人からモニターを出してもらってる。
おれはまだ最終テストとか関わった事は無いけど、一応会社の花形でもある開発部にいた。
つってもただの開発用の資料整理とか機材運搬とかの雑用ね。
……まあこんなことはこの際どうでも良いか。
考えが逸れるな。
確かベッドに横になって「寝たらアラームなしで起きれないんで起こしてくださいね」なんて言ってたんだっけ。
そうだそうだ。
確かそんな感じだった。
んで、電極がいっぱい付いたヘルメットみたいなのをかぶって……
その直後、おれはここにいた。
わからん。
拉致られたか? 寝てる間に。
まさかな。
ここでの事は考えれば考えるほどわからない。
まず、ここがどこだかもわからないし、絵がハッキリと変化した事についても謎だ。
あのめっちゃ怖い視線の意味もわからないし……
そして、なんで目を閉じたかもわからない。
わからない事づくし。
考えるのやめよう。
難しい問題は後回しにしてしまえ。
どうする?
ここがどこだかわからない以上、帰る道を探すべきだろう。
拉致されたにしては、人はいない。
……てか、おれを拉致っても何もないしな。
ただの平社員だし、家だって別に普通だし。
脱出だな。
もしかしたら日本じゃないのかも。
でも、この絵の女性はとても東洋人っぽいな。
おれは英語話せないし、日本である事を祈ろう。
まあ何とかなるだろ。
おれは楽観的なのだ。
とりあえず進んでみるか。
こうして私、山田シゲルは謎の回廊にて、ようやく第一歩を踏み出したのであった。