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ハエオトコ

作者: オムラ

少し汚い言葉が出てくるので注意してください。


「好きだよ、愛している。」


恋人が私の耳元で囁く。甘い言葉、甘い声……なのだが。


「うざい。」

「ぐぇ」


顔のすぐ近くにあった彼の顔を、腕で思い切り退かした。顎を摩りながら痛いと訴えてくる私の恋人、彼は所謂ハエ人間だ。


私が生まれるずっとずっとずーっと昔。地球に居た人類は複数ではなかった。しかしある時地球全体規模で突然変異が生じ(この突然変異については謎が多くて、現在も研究が進められている)、人類には種類が生まれた。突然変異以前からある混じりけのない人間(私がそうだ)、他の動物との混合種である沢山の種。たくさんある種の中の一つがハエ人間であり、それが私の恋人なのである。



彼を初めて見たのはグラウンド。陸上部の練習場所を偶々通りかかった時、棒高跳びの練習をしていた彼の姿に見惚れてしまったのだ。重力を感じさせない飛び上がり、まるでホバリングしているのかと疑ってしまうほど長い間頂点に留まって、綺麗に降りていくその姿。その姿にうっかり惚れ込んでしまった私は、その後積極的にアタックし続け、なんやかんやと恋人となった。


彼がハエ人間であると知ったのは彼を知ってすぐのことだった(ちなみに混合種の見た目は種族がわかる人もいれば全く分からない人もいる。彼は見た目では全くわからないタイプだった。)知ったところで何も変わりはしなかったが。しかし、それを今後悔している。


「耳元で喋らないでって言っているでしょ!なんか体がゾワゾワするんだってばっ」

「……それは単純に感じでう゛」


思い切り顎にアッパーをお見舞いして黙らせてやった。

彼が耳元で囁くと、それがさっきみたいな甘い言葉であったとしても、体がゾワゾワする。彼が言うような感じでは一切なくて、嫌な感触が侵食するのだ。それはまるで、ハエが顔の周辺を飛んでいるときに聞こえる音。ハエ人間である彼だからこその、それだった。

彼の声は普段はいたって普通だ。普通の人間の声であるはずなのに、耳元で囁くときにいつも通りの人間の声であるはずなのにゾワゾワしてしまう。甘さを掻き消す、不快な音が支配するのだ。どうゆう原理なのかはさっぱりわからないのだが、とにかく不快であることに変わりはない。

それなのに、私が嫌がっているのを分かっていながら彼は同じことを繰り返してくる。私が嫌がる姿を見て喜んでいる節もある。ものすごく性格が悪い。


「……うん○食べるくせに。」

「なっそれは違う!俺は生まれてこの方一切口にしたことないからな!」

「あんたの仲間は食べてるんでしょ?」

「う、まあ仲間と言うか遠い遠い親戚のようなものだけれど、」

「もし、食べるものがうん○しかないって状況だったらあんたそれ食べるでしょ?」

「……純血種とか他の種と比べたら抵抗はないかもしれないけれど、」

「害虫。」

「ひどい!差別だ!」


嫌がらせするほうが悪いのだ。……確かに、ちょっと言い過ぎたかもしれないけど。

俯いてちょっと反省していたら、肩を掴まれ強引に後ろへと引かれた。すぐにぶつかったのは布越しにも伝わる仄かな温もりと固い感触。抗議の声を上げる間もなく、私の唇を塞いだのは恋人のそれだった。


「……うん「食べてない。」


ニッコリとそう言う彼の顔を見ると、うっかりとときめいてしまう。色々と不満はあるものの、やっぱり好きなことには変わりはない。思わず膨らませた頬を突かれ、間抜けな音が出た。


「前にも言ったろ?ハエのエネルギー源は花の蜜で十分だって。」


さっきよりも長い口づけはとても甘い。


「普通のハエの多くが、お前の言うアレを食べるのは繁殖のためであって、俺らハエ人間がそれの代わりに摂取するのは人間の涙と唾液。」


より長く、より深い。甘い甘い口づけに溺れてしまう。思うように息が出来ない苦しさに生理的な涙が出る。それも彼にとって、好物だと言う。わからないようで、わかるような。

甘い、甘い。




「お前の全てが俺を捕えてくる。そうだ、お前は俺にとって……ハエ取り紙だ。」


粘着力の高い、黄色くて太いゴムのような細長いシート。ハエを始めとする小動物を捕えるのに役立つ。


「ふんっ」

「ぎゃあ!いたい、なにこれ、うわっもしかして本物か!?」


私は以前から懐に忍ばせていたハエ取り紙を思い切り目の前の恋人の顔へと投げつけた。思いっきり顔に引っ付いているソレを必死に取ろうとしているが、粘着力の高さに抗えず悲鳴を上げている。何とも滑稽な姿だ。大変いい気味だ。最後に一言だけ言ったら、助けてやっても良い。



「バカハエオトコ!」







我が家に侵入したハエとの死闘を10分繰り広げた結果敗北した悔しい気持ちを昇華すべく投稿した。



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