モノクロワールド
私のいる世界は、モノクロだ。
あの日あの時あの場所で、全て捨ててきたんだ。
もう誰も信じない
誰にも頼らない
そう、決意したんだ
三年前の夏
「ねぇ、話ってなぁに?」
「単刀直入でいえば、別れたい」
「え。…そっかぁ。うん、じゃあ」
「あぁ、じゃあな」
高校に入学してすぐに、潤から告白をうけた。正直、私も潤に一目惚れだった。かなり目立っていた潤。彼とは二年続いた。結婚話も出た。
でも、終わりはあっけなかった。
ある日を境に連絡が途絶えた。それから数日後、近くの公園に呼ばれた。なんとなく、予想は出来た。
「よぉ、亜季」
「潤、久しぶりぃ」
ウザいって思われたくなかったから、素っ気なく別れた。本当はイヤだってせがれば良かった。
潤がいなくなった瞬間、ぽっかりと空いた穴を感じた。もうその時から、カラフルな世界はなくなっていた。
泣いた。周りから冷たい目で見られても、気にしなかった。父が死んだ時でさえ、こんなに泣かなかったのに。
家に帰っても、母はいなかった。あぁ、また男遊びかな。一人ぼっちも慣れるものだ、きっといつか潤に彼女が出来たら、おめでとうって言える日がきっとくる。そう思ってた。
時間がたてば、の話だけど。
次の日、商店街をぶらぶらしてると、見慣れたカップルが歩いてた。いや、見慣れてるのは片方の、男の方だ。美形の女性の隣にいたのは、昨日まで付き合ってた潤、だった。
気付くと足が勝手に動いてた。
「ッ潤‼」
「亜季」
「なんでっこの女誰ッ!?」
「潤~なんか怒ってるよ?誰?」
「遊び相手になってもらっただけ」
ヘラヘラと笑う潤。遊び?ウソだ、だって…
「潤、二年も付き合ってたんだよ?それが遊び?二年も遊びだったの⁈」
「そうだけど?つかお前以外にも、女いたし、今さら彼女ヅラすんの、やめてくんね?本命がコイツ。お前より前から本命。もうお前、飽きた」
その言葉が最後だった。私は家に駆け込んだ。騙された。裏切られた。
そんな気持ちばかりだった。でも、それでも憎めなかった、忘れられなかった。好きだよって私はまだ、言える自信があったんだ。
それから、思い出も何も無い。ただ、一つあるのは、母は家に帰って来なくなった事。きっとちょうどいい男が見つかったのかもしれない。お金は毎月振り込まれるから、困る事はなかった。
高校卒業して、何も考えなくなった。
あの日から、泣く事も、なくなった。
気まましに、久しぶりに商店街にでもいってみようかな。この時間は人が少ない。暇つぶしにはちょうどいい距離だった。散歩程度に行く。別に欲しいものがあるわけでも無い。本当に暇つぶし。意味がない、といったら私の生きてる意味もなくなる。人生全てが暇つぶし。どうでもいいものだ。
商店街に行くとあの事を思い出す、訳じゃない。人ごみがキライだから、あまり行かない。
「ねぇちゃん一人?俺たちと遊ばねぇ?」
「イイだろ~可愛いんだからさぁ」
「遊び相手になってよ~なぁ?」
三人組は断られるとすぐ違う女に駆け寄った。暇なんだな、と思った。
これもあまり商店街に行かない理由の一つ。皆見かけで寄ってくるから。
「君、大丈夫?」
不意に話しかけられた。
「何がですか」
「一人…か」
あぁ、なんだ、ナンパか。
「遊び相手になるつもりはないんで」
「は?やっぱり君、大丈夫⁇」
「何がですか」
やっぱりナンパじゃん。
「断られてるの、気づいてます?」
「いや、誘ってないし。誘って欲しいなら、そうするけど?」
「はぁ、何なんですか?」
「あ、俺?」
「他に誰がいんですか」
「俺は、ナンパ」
………
「さよなら」
「いやいやいや、待って、嘘だって!俺は、精神科医‼」
精神科医……
「さよなら」
「いや、嘘、じゃない本当なんだ……って待てよ~
亜季」
「え……?」
今、なんて…
「亜季、俺を信じてついて来い‼心、たまには休ませてやれよ」
「あんた、何者…」
「匠、大野匠。よろしく」
「で?何の用?」
ナゼか近所の公園に連れてこられた。抵抗虚しく…
「用って言うか、守りたいんだ。お前を。ずっと前から」
「言ってる意味がよくわかんないんですけど。て言うか、あんたがなんで名前知ってるわけ?」
急に現れて、意味わかんない事語り出して、一体なんなの?
「え、だって亜季、親父の病院に一回、来たろ?」
「精神科…行ったかもしれないけど」
別れて、あまりに虚ろな目で学校行ってたから、強制的に行かされた事はある。
「俺、あの日からずっと、思ってた。お前を守りたい、って。心が空っぽなら、俺で埋めればいい。俺を使ってくれても構わない。役に立ちたい」
ドクンッ
「あ、あっそ。勝手にすれば?別に私の知った事じゃない」
「あぁ、いいよ。亜季の心、絶対に開かせてやる。信じさせてやるから」
「何でそこまでッ」
「好きだから、それだけ。初めてなんだ、こんなに純粋に人と向き合いたいって思ったの。わけわかんないよな。でも…俺もわかんねぇんだよ。精神科医とか言って、自分がわかんねぇんだ」
「勝手にして…私は、あんたを信じない。絶対誰も信じないって決めたの!」
わかんない。全部、わかんない。だから信じないのが一番楽なんだ。
「フッ」
匠は口元を緩ませた。不意に目が合う。整った顔は、私を優しく見つめていて…
「何?」
「別に?でもほら、亜季にもちゃんと、気持ちあるじゃん。亜季ってさ、なんか無表情ってか、不安になる。何も考えないようにしてる様にも見えるしさ」
「…っ…もう様無いなら帰るから」
匠といると、何かが壊れていく気がして怖い。こんな数分で入り込んでこようなんて、そんな簡単にはいかないから…。そう思ってるけど…
「待って、亜季」
はぁー
「おっ邪魔しまーす」
陽気に家に入る匠。馴れ馴れしいにもほどがある。
こうなったのも私の説得力の無さから。匠は明日暇で、親と喧嘩したから泊めてくれ、との事。反論はした。その結果、負けたわけだ。悔しくはない。もういいやって、なげやりになる。
「じゃあ、改めてよろしくな、亜季」
はぁ…
これ以上一緒にいちゃいけない。私が壊れて行く。でも、動けないのはナゼだろう。
「亜季~夕食楽しみだなぁ」
そうニヤリと笑った匠
「冗談じゃない、勝手に食べて」
「んじゃ俺が作るから、亜季も食べて。あ、ご両親は?挨拶しなきゃ」
「……いないから」
「え…あ、ごめん。…辛い事思い出させちゃったな…」
「別に。どうでもいいから、親なんて。生活費だしてくれるだけで、十分」
「そっか」
それ以上は聞いてこなかった。
ドクン…
「っ…」
怖い。油断も隙もない。なんで話したんだろう。もう…やだ…
「もう、寝る」
「は?まだ夕方だぞ?」
「調子悪いから。部屋、奥の使っていいから。じゃあ」
「そっか、じゃあ早く寝た方がいいな。夕食は?」
「いい。勝手に食べてて」
「りょーかい」
ガチャ……
バフッ。
部屋に入るなり、ベッドに倒れこんだ。
もう…ムリ…
怖いんだ、崩壊するのが。
絶対、誰にも頼らない
絶対、誰も信じない
でも、いつかは信じられたらって、矛盾した気持ちが出る。
でも、もし、信じて…裏切られたら?
きっと、私は…消えてしまう
そっと、体を起こした。
キィと言うベッドを見つめた。
「ッ…」
不意に浮かぶアイツの顔。ボヤけるベッド。
気づいた時にはもう、一筋の涙が流れていた。
ギュッ…
「ひゃっ‼」
「なんで泣いてんの?」
「匠っ…」
「あ、やっと名前呼んでくれた」
「っ…そうじゃなくて」
「脅かそうとこっそり来たのに、逆に驚いた。ねぇ、なんで泣いてんの?」
「ッ…あんたに関係…ない」
「関係…あるよ…」
えっ…
ガチャガチャ…
「自分が一番分かってるはずだよ」
やだ…
「いい加減、休ませてやれよ」
ドクンッ
「心。もう、十分だろ?」
だめ…ダメ…
「亜季…」
イヤッ…
「俺は、信じてる」
ガチャ…
「だから、信じて…?」
ダメ…ダメ…
「好きだよ…亜季…」
カチッ…
鍵が……
「ッ…ヒック」
外れた……
「…あぁ、ヒック…うわぁん」
「お疲れ様」
「うんっ…匠ぃ…」
それから一時間位、泣き続けた。家の事も話した。全部、聞いてくれた。
その時、新しい気持ちが現れた。
「夕日…綺麗だよ」
「えっ…ヒック」
そっと、窓を見た。
「あっ……」
そこから見えたのは、真っ赤な夕日だった。
私の世界は、三年の時を過ぎて、やっと色を取り戻したんだ…
「ねぇ…匠、聞いて?」
「うん。いいよ」
「私ね、匠の事…」
「うん」
「匠の事…好きだよ…」
「俺もだよ、亜季。俺は、大好き、だから」
いつか、全てを受け入れることが出来る日が来るのかもって、
信じる日が来るのかもって、
今日、大きく確信に近づいた気がした。