[8]
車輪のない車が細い路地を走り抜けた。
ネクスト社製品。
民間向けに自動車や精密機器を販売し、軍事レディエスの開発にも貢献している国営企業です。シンプルで、シャープなデザイン。A-GISを組み込んだエンジンを積極的に搭載! 次世代を担う乗用車として、従来の四輪駆動ではなく、A-GISによるホバリングを可能にした新型軽自動車!
豊かな毎日と、新しい未来へ。ネクスト!
街の大型モニターにネクスト社のCMが映る。流行りのアイドルが満面の笑みを浮かべながら、いかにも楽しげに車を運転する姿があった。
俺はそれを横目に小道を抜け、騒がしい街の中心から遠ざかっていった。
目的地は、昼の廃公園で、一人で絵を描く彼女のもと。
「よぉ」
「…………」
風が彼女の黒髪を攫う。
「てか、今までスルーしてたけどよ。その黒髪、」
「?」
「染めてんの?」
「ちがう」
「かつら?」
つい、ミサキ相手の調子で冗談を織り交ぜてしまった。
「…………」
案の定、彼女の絵筆が俺を襲う。
「うわっ、ごめんっ今のはっ、今のは俺が悪かったっ」
必死に懇願すると彼女も渋々といった感じで腕を下ろした。
「ふぅ、…じゃあ地毛なんだな」
「…………」
「めずらしいなー」
「…………」
「世間の皆様の視線とか気にならないのか?」
「…………」
相変わらず返事は返ってこなかった。
でも不思議と、隣にいるだけで心地よい気がした。
まだ少し、彼女の真っ黒な瞳や黒い髪には慣れなかったが。
「ま、世間の皆様がどう感じるかは抜きにして、俺は悪くないと思うな、黒髪」
今の時代、黒髪なんてロックンロールだ。ちょっと抵抗感はあるけど、嫌いじゃない。
正直な気持ちを打ち明けてあげると、彼女の絵筆が止まった。どうしたんだろうかと、顔を覗き込もうとするや否や再び絵筆が俺を襲ってきた。
「うわっ、な、なんだっ? なんで筆攻めっ?なんか怒るような事したかっ?むしろ俺は褒めたんだぜっ?」
「………っ」
彼女が真っ赤になって怒っている。
何がそんなに気に食わないんだろうか。
いや、むしろ怒ってる訳じゃないとか? アレか。褒められ慣れてないから照れてるんだろうか。
「……ばかっ」
「え、なんだって? って、おわぁっ!」
真相を確かめるまでもなく絵筆で突かれた。