[5]
時刻は夜の十時。
眠い。すごく眠い。
参考資料と睨めっこしていると、だんだん頭がクラクラしてくる。怒涛なまでの文字の羅列、古代文字のような数式が隊列を組んで攻め込んでくる。これは一種の暴力だ。文字の暴力。
つまるところ勉強は苦手だった。
「あんた、そんなんで明日の試験だいじょうぶなの?」
特徴的な赤毛をハーフアップに結ったミサキが、テーブル越しにこちらを覗き込んだ。
「ダメかもしんねー」
「落ちるわよ、あんた」
「お、予知能力」
「ふざけてないでよ」
ミサキは溜息を吐くと、俺の額にペン先を突きつけた。
「あんた、パイロットになりたかったんじゃないの?」
「分からない」
「夢だって言ってたじゃない…」
「昔は、ね。でもミサキとは違って、俺は凡人だし」
「そりぁあ、ハイエンターなのと、そうじゃないのとじゃ差があるかもしれないけどさ、わたしは、あんたがパイロットになりたいって言うから……」
それっきりミサキは強気な口を噤んで静かになってしまう。何だよ。黙ってないで言ってくれよ。日差しが少し眩しかった。居心地の悪い沈黙を埋めるためにも、俺は自分の内心を言葉にする他なかった。
「…俺は、まだよくわかんねーんだ。パイロットになりたいのか、なりたくないのか」
「今更、やめるの? パイロット?」
「そういうわけじゃない、ただ…」
「ただ…?」
「…わかんねーのさ。この選択が正しいのかどうか」
夜の青空には飛行機雲が線を引いている。俺は迷っているフリをして逃げているだけなんじゃないだろうかと、言葉にすることで気が付いた。気が付いたからってそう簡単に変わらないこともある。
「まぁやるさ。せっかくミサキが勉強会開いてくれたのに、無下にはできないだろ? できるところまでやるつもりだ」
「うん、」
じゃあ、とミサキが笑みを作る。
「あと、応用問題三十問ねっ!徹夜は覚悟しなさいっ、みっちり鍛えてあげるんだからっ!」
「かんべんしてください!」
長い夜になりそうだ。