[3]
快晴だ。いい天気の日は俺も饒舌になる。
アデルデモス福音公国では新春の大祭り、貴族院による『首都アンデの凱旋』、まぁなんだ所謂祭日連休ってヤツが終わった。アンデから南西に位置する港都市、ここウエストダーレンもお祭りムードがすっかり抜けて、今や人も車もその往来で忙しない街に戻り始めている。いつもの見慣れた光景だ。
ホント退屈すぎるくらい。
町外れ。
入り組んだ路地を進み、古びた民家を幾つも抜けた先。淡い期待のようなものを心の何処かに秘めながら、俺は小走りで寂れた自然公園に辿り着いた。
木陰には黒い髪の少女。彼女の姿を見つけた時、少しホッとした。
何故だか。
「よぉ」
「………」
昨日の別れ際、ミサキが「明日はテストの結果報告なんだからねっ、遅刻しないでよっ!」とか言っていたが、そんなことお構いなしに、気がつけば俺は彼女の隣に座っていた。
「…夜とか、黒とか。そういうのが好きなのか?」
返事はなかった。彼女は絵を描くことに熱中していて、俺のことなんか視界にも映らないようだった。
しばらくして、彼女の目が俺を捉える。
今日は落ち着いてその瞳を見つめることが出来た。黒だ。反射的に身体が強張ってしまうのは仕方ないと思う。返事に相当する言葉は無かったが、「邪魔」だとか「どっか行って」とか言われているのは何と無く雰囲気で分かった。
それでも俺が隣を離れないものだから、諦めたのか再び絵を描き始めた。
「…どうして?」
キャンバスに向かって彼女が小さく呟いた。
これは俺に対しての言葉か…。言葉なのか…?
「だって、夜を描いてるんだろ? だから、好きなのかなって…」
「………」
「あ、別に覗き見てるってわけじゃないぜ? たまたま絵が視界に入っただけでさ、俺はその」
「どうして、そんなこと聞くの?」
絵筆の動きが止まった。
少女の、身体こそ小さいのに、そこから漂う雰囲気に気圧されて俺は咄嗟に返す言葉が見つからなかった。「どうして、そんなこと聞くの?」か…。
「どうしてって、そりゃあ…」
焦り交じりに言葉を探す。
少し考えて諦めた。
…分からない。
たぶん好奇心とか、単なる興味本位で話しかけてみたとか、そんなしょうもない理由なんだろうけど。それだけの言葉で片付けるには些か早計過ぎる気がしたんだ。俺は諦めて肩をすくめた。
「わっかんね」
「…………」
黒い髪と黒い瞳を持つ少女は、黙ったままキャンパスを見つめていた。変な奴だと思われただろうか。それとも早く立ち去って欲しいと思っているんだろうか。そうだとしたら寂しいけど。
やがて、黙りかねた彼女の筆が俺を襲った。
「うわっ、やめろって! この前だって洗うの大変でっ! またワイシャツが汚れrっ、ぐはあ」