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SFファンタジーです
「ねぇ、何描いてんの?」
季節は、肌を刺すような寒風吹き荒れる冬を過ぎ、日を1日1日経るごとに暖かい春の季節を迎えようとしていた。
彼女は、黒髪の小さな女の子だった。
その時の俺は、高校生という不安定でアンバランスで思考も行動も青っぽくて甘ちゃんな生き物を卒業してしまって、時間だけはたっぷりと持て余した大層な御身分だった。
高校を卒業しても持ち前の直情径行気味な性格だけは抜けなくて、夕日を見るだけのために高層ビルに昇ったり、潮風を感じるだけのために海まで自転車を走らせたりと、青春期という儚くも美しい時期を謳歌していた。
いつもは通らないような路地裏に足を運ぶことに抵抗はなかった。
民家が犇く路地を抜けると寂れた自然公園の景色が姿を現す。公園というよりは雑木林みたいだ。鬱蒼としている。管理人がいないのだろう…。そんな廃公園を前に、俺は宝探しをする子供のように高揚していた。誰もいない公園が、自分だけの特別な場所に思える。なんて。男の子って時々こーなるだろ?
木陰で絵を描く彼女の姿を見つけた時は、まるで本当に宝物を発見したかのような達成感と幸福感で満たされた。だから彼女に話し掛けたのも、その延長線上。「楽しそうだから」という短直な思いからに過ぎなかった。
「ねぇ、何描いてんの?」
少女は黒髪の小さな女の子だった。
「…………」
返事はない。
代わりに彼女の絵筆が白いキャンバスの上を走る。
「君に聞いてるんだけど……」
「…………」
「えっと、もしかして邪魔だった?」
「……夜…」
一言だけ呟いて、スッと、俺の方に視線を向ける。
黒い瞳。
その時漠然と俺を支配したのは恐怖だったと思う。怖い、と反射的にそう思った。
彼女の黒い双眸に射抜かれて思わず言葉を失った。身体が強張る、とはこういうことを言う。胸の内にあった好奇心とか、冒険心とか、そんな子供っぽい感情は、全て彼女の真っ黒な瞳に塗りつぶされてしまった。
物語上の悪魔が目の前に現れたら、おそらく同じ経験をすると思う。その姿は甘美だが触れたら猛毒だ。
だが、目の前にいる小さな悪魔は俺を一瞥すると、興味なさげに視線を下げた。「話しかけるな」と声に出さずに言われてる気がした。
「…へー、面白いじゃん」
「…………」
「でも、あんまり夜とか言わないほうが良いんじゃない?」
「…………」
「最近そういうの厳しいし」
「邪魔…、あっち行って…」
「なんだよ、そういう態度はないだろ?」
「…………」
「人が好意的に話そうとしてるのに、少しくらいは」
俺がしつこく少女の背中に言葉を投げかけていると、彼女の持つ絵筆が動いた。キャンバスではない。標的は俺のワイシャツだ。
「うっわ、あぶねっ、ちょっと本気ですか?」
言ってる最中にも、少女は身を乗り出しながらベタベタと黒い絵の具が染み込んだ絵筆で攻撃してきた。抵抗も虚しく、ワイシャツはシミだらけになっていく。
「絵の具っ、それ絵の具だよねっ? 俺、見て!白いワイシャツ! 汚れが、汚れ、うわあっ!!!」
汚された。
「…………」
「わ、わるかったっ、おれが、俺が悪かったからっ!」
「…………」
「まだ怒ってる?」
「怒ってる」
「即答かよ!」
これが始まり。