後編
だいぶ遅れて申し訳ないです。後編です。
「道を開けてくれーーー」
ストレッチャーで運ばれている美夜は手術室に入れられた。手術室のランプが赤く光る。
「坂倉さん…」
俺は座って両指を交差して握り、意識が戻る事を祈るしかなかった。
廊下から医師だろうか。白衣とマスクを付けた人が藤樹に近づき、目の前で止まる。
「君だね。発見者は」
「はい、そうですけど…」
「患者は現在凄い悪化している。患者の病知ってるか?」
「はい、くも膜下出血…ですよね?」
「そうだ。患者は一ヶ月前にもここにくも膜下出血で緊急搬送されたんだよ。その時はかなり悪化してたよ。もう少しで死だったからね」
「えっ…死……ですか?」
突然の言葉に驚く。
「そう。その時は私が担当して、なんとか死まではいかなかったよ。でも重い後遺症が残るって思ったんだ。でもその事は…両親には言えなかった」
医師は少し間を置く。
「しかし患者は凄かった。後遺症どころか普段の生活に戻れるくらいの猛スピードで回復していった。正直私も驚いたよ。あんだけ重症でここまで回復するとは思わなかったからね。そして一週間前に退院した。あの時は正直心配だった。けど報告が無かったから安心した。しかし今日患者は再び入院。やっぱりそう簡単にはいかなかったみたいだ」
医師は床に座りこむ。
「すいません。今回は何故坂倉さんの手術をしなかったんですか?だって一度助けた…」
「助けてなんかいないさ。助けるというのは治ってから一生二度と同じ病気を患わないことを言うのさ。けど今回再び入院。私は助けられなかったのさ。だから今回は違う医師がやっているんだ」
医師の言葉に応えることが出来ない藤樹。
ウィーン
自動ドアから坂倉さんの両親が駆けつける。
「先生!美夜は…美夜は!」
母は医師に言う。すると医師は立ち上がった。
「今手術中です」
「そんなの分かってるわよ。今回はどうなんですか!」
「今回は別の場所で破裂したみたいです」
「そ…そんな」
母は座り込む。
「先生、美夜は助かるんですよね!?」
父が言う。
「わかりません。今回破裂した場所は前回の破裂よりもかなり酷くて…助かるかどうか…」
「あなたそれでも医者ですか!」
坂倉の父は医師の服を掴む。
「お、落ち着いて下さいお父様。今は意識が戻る事を祈るべきなのではありませんか?」
「クッ…」
坂倉の父は服を離す。
「大丈夫です。私たちを信じてください。そうすればきっと神様が助けてくれます」
坂倉の父は両手をギュっと握り、顔を下に向けた。俺はそれをただ見ることしか出来なかった。
十時間後、午前三時。
眠気が襲う中、俺と反対側にいる坂倉さんの両親は座って待っていた。
「坂倉さん大丈夫かなぁ~」
脳裏にそう思っていると。
プシュー
手術室の扉が開いた。開くと同時に全員立ち上がる。
中から医師が出てくる。
「手術は無事成功いたしました。しかし…」
「何ですの?」
坂倉の母が心配しながら言う。
「美夜さんは……重い後遺症が残る可能性が極めて高いです」
「後遺症って…例えば」
坂倉の父が尋ねる。
「一番高いのは正常圧水頭症という病気です。これは出血後一ヶ月位に起こり、脳室という脳内にある液体の循環する部屋があるのですが、その中に液体が貯まり、脳室が拡大してしまい、精神機能障害や歩行障害が進行する恐れがある病気です。しかし後遺症よりもまだ死という可能性も考えられます。何せ二ヶ所目なので、更にまた別の場所でも起これば死という可能性もございます」
医師は解かりやすく説明した。
「死…ですか」
しかし坂倉の父は後遺症よりも死の方にしか頭に残っていなかった。まだ十八歳の娘が死か生の選択肢の中にいるのだから…
「はい、なのでまた一ヶ月間様子を見て、後遺症が無ければ二週間自宅での生活を行い、そして最終検査で問題無ければ登校許可を出します」
「そうですか」
坂倉の父に元気は無かった。俺はその様子を見て口を開く。
「諦めちゃ駄目です!元気出してください。坂倉さんだってまだ生きようと頑張っているんです。お父さんお母さん達がへこんでどうするんですか!まだ生きる希望は残ってるんです。坂倉さんの奮闘を無駄にしてどうするんですか。ちゃんと応えるじゃないんですか?」
俺は精一杯今言える事を言った。すると坂倉の母が涙を拭きながら立ち上がる。
「そうね。あなたの言う通り。ここで泣いてたら折角頑張っている美夜が可哀相だわ。ありがとね」
続けて坂倉の父も口を開く。
「そうだな。おまえの言う通りだ。ありがとう」
「いえ、僕はただ坂倉さんがまた元気に来て欲しいだけですから」
俺の顔は少し笑顔になった。
「そうです。君の言う通り。一日でも早く回復する事を我々は祈りましょう。今日はもう遅いのでご帰宅ください」
もう一人の医師の言う通り、俺と坂倉さんの両親は病院を出た。外は真っ暗で、風が冷たく吹いていた。
「君、名前は何て言うんだ?」
坂倉の父が言う。
「藤樹 後と言います」
「後くんか。家まで送ろうか」
「いいんですか?」
「あぁ構わないよ」
「すみません。お願いします」
俺は坂倉さん家の車に乗った。
「ここです」
俺の家の前で車は止まった。まだ灯りが点いている。
「すみません。ありがとうございました」
車のドアを閉め、車は去っていった。
「きっと怒られるだろうなぁ」
家の方を見て、俺は思う。
ガチャ
「ただいま~」
「後!あんた何時まで病院にいたの!」
母は玄関にいた。
「知ってたの?」
「先生から電話で知ったわよ。それで、坂倉さんは大丈夫なの?」
「あぁなんとかね。でもまだ危ないかもね」
「そう…あなた明日学校なんだから早く寝なさい」
なんだ…俺の事はあまり心配してないのね。
そんな事を思いながら俺は二階へと上がり、布団の中に入って寝る。
数日後の放課後。面接試験二日前。俺は職員室で先生と練習していた。
「どうして我が校を受験しようとしたのですか?」
先生は紙を見ながら言う。紙には俺が書いた質問が書いてある。
「はい、私は小学生の時から音楽が好きです。私はボーカリストになりたくて、貴校は特にボーカルに力を入れてるという事で、私もボーカリストになって人々に感動を与えられるような人になりたいのでここを志望しました」
「う~ん。この学校はボーカルに力を入れてるのか?」
「はい、インターネットやパンフレットに書いてありました」
「そうか。じゃあ好きなボーカリストを教えて下さい」
「はい、私はこの学校第24期生のポルノグラウンドの外賀さんが好きです。外賀さんの歌詞には毎回感動を受け、8枚目のシングル『風のように』ではなかなか告れない男が、風のようにさらっと近づき、彼女に告白したいという恋愛物語を書いた歌詞で、私はその歌詞に感動しました。その他も感銘受ける曲ばかりなので私は外賀さんが好きです」
その後も質疑応答が続き、担任に一応OKの許可がおりた。
そして翌日金曜日。俺は授業を半日受け、午後は荷物を持って、高速バスで東京へ行った。
夜、宿泊予約しておいたビジネスホテルに行き、カードキーを貰う。エレベーターで上がり、カードキーを差しこむと鍵は解除され、部屋に入る。長い廊下を歩くと、ベッドとテレビが置いてある10帖程の部屋だった。もう一度廊下を歩くとユニットバスへと入るドアがあり、反対側は洗面台が置いてあった。
「いよいよ明日か」
ベッドに仰向けになりながら言う。
「坂倉さんにメールでもしてみようかな?」
ピピピピ
俺は携帯を開き、坂倉さんに送るメール文を作成する。流石に返信はないと思うけど取りあえず。
「よし、これでいいか」
カチャ
送信ボタンを押して携帯を閉じ、布団の中に入った。因みに内容は「今東京にいます。明日は面接試験です。受かるよう頑張ります!」
面接当日。会場である専門学校に着く。6階建てのビルで、結構真新しい。
中に入るとホテルのロビーみたいに広い部屋で、その中には多くの人が集っていた。同い年もいれば、明らか年上もいる。まぁ専門学校なんてこんなもんか…。
そう思いながら、受付に行く。
「面接カードをお見せください」
俺はカバンから面接カードを取り出す。
「A-062……藤樹さんですね」
「はい」
「試験会場は4階のB室です。あちらのエレベーターでお上がりください」
「分かりました」
俺は面接カードをしまい、奥のエレベーターの列に並ぶ。暫くして入るが、ぎゅうぎゅう詰めで一番奥まで押された。4階に到着し、強引に退かしながら降りる。廊下を歩くと一人の先生らしき人が入り口で立っていた。
「こちらが控え室になります。同じ番号が書いてある席にお座り下さい」
中に入ると多くの人が座っていた。1つの長テーブルに二人座っている。全体を見るとおよそ25人くらいはいる。
「A-062、A-062…あった」
長テーブルが3つ横に。縦に10個置いてある。俺は真ん中の長テーブルの6番目の通路側にA-062を書いてある紙を見つけ、荷物を置いて座る。隣はちょび髭を生やした人が座っていた。
暫く待機していると、
「それでは皆様…」
顔を前に向けると、若い先生が教壇の上に立っていた。
「本日は我が専門学校へ来ていただき有難うございます。さて、早速ですが面接方法を説明します。面接時間は5分間で、一対一で行います。番号が呼ばれましたら、必ず荷物を持って退出して下さい。試験終了後は速やかに控え室に戻る事無くエレベーター又階段がある方へ向かって下さい。ただし、トイレの場合は私たちに言ってから退出して下さい。荷物は背負ったまま面接室へお入り下さい。では10分後から面接を始めます。順番はこのような形で行います」
すると先生はホワイトボードに紙を貼り出した。俺は三つの部屋の真ん中の二番部屋で8番目だった。
面接が始まり、次々と呼ばれ、人が控え室から消えていく。
そして、
「次、B-061、A-062、U-063番の方」
受験番号が呼ばれ、俺はカバンを持って席を立つ。
「B-061番の松田さんは1番のお部屋、A-062番の藤樹さんは2番のお部屋、U-063番の柳平さんは3番のお部屋になります」
廊下を歩いていると、ドアの前には番号と椅子が置いてあった。俺は2番と書いてある紙のドアの近くの椅子に座った。
緊張するぅ~。
近づいていくにつれ、心臓がバックバクになる。
ガラガラ
「失礼しました」
前の人が出てきた。
いよいよ来たかぁ。
緊張がMAXになりながらも俺は席を立ち、ドアの前に止まる。
スゥ~、ハァ~
一回深呼吸をした。
コンコン
「どうぞ」
向こうで女の人の声が聞こえた。
ガラガラ
「失礼します」
一礼し、ドアを閉める。目の前には女の人とおじさんが座っている。
「受験番号A-062、藤樹 後です。よろしくお願いします」
「どうぞ、お座りください」
「失礼します」
俺は椅子に座る。やべぇ心臓が張り裂けそうだ。
「それでは面接を始めます佐々原君。あまり緊張しなくていいからね。じゃあまずどうして我が校を志望なさったのかしら」
「はい、私は小学生の時から音楽が好きです。私は色んなアーティストさんを見て、貴校は特にボーカルに力を入れてるという事で、私もボーカリストになって人々に感動を伝えれるようにな人になりたいのでここを志望しました」
「なるほどねぇ、じゃあここを卒業した有名なボーカリストが我が校には多々いるの。三人程あげてくれないかしら」
「はい、ポルノグラウンドの外賀さん、オレンジ魂の井上さん、元SKY BLUEの福内さん、渡邊さんです」
「SKY BLUEの福内さん、渡邊さん…懐かしいわね。彼たちは確か第5期生よね。田ノ上さん?」
「そうですね。君良く知ってるね」
「はい。大好きですので」
SKY BLUE。ボーカルの福内さん、渡邊さん、ギターの池間さん、ベースの新宮さん、ドラムの島原さんによる国民的バンド。1983年デビューでこれまでに多くのヒットソングを歌ってきた。しかしグループは2008年解散した。
「そうですか。じゃあ君はボーカルを目指すと」
「はい」
「目指す人は誰ですか?」
「多くいますが、ポルノグラウンドの外賀さんみたいに歌詞と歌声で皆さんを感動させたいと思います」
「分かりました。ちょうど時間ですね。これで終わります」
「ありがとうございました」
俺は席を立ち、ドアをスライドさせ、
「失礼しました」
と言い、ドアを両手でゆっくり閉めた。
「ハァ~、やっと終わった…」
そんなことを思いながらエレベーターへと歩く。
外へと出て、俺は深呼吸した。
「なんかあっという間だったなぁ。結果を待つしかないか」
俺は新宿のバスターミナルへ歩いた。
二日後。校舎内
「うぃーす」
「おはー藤樹」
教室に入ると志原が片腕を挙げて挨拶をする。志原は片耳にイヤホン、そしてゲームを片手に持っている。まぁどうせ例のアレだろう…
「それ何のゲーム?」
分かりきった感じの声で問う。
「これ?昨日発売したゲームだぜ。藤木もやってみっか?」
画面を見ると、男と女の会話シーンが流れていた。
ハハハ…(やっぱりか…)
「俺いいわ」
俺は遠慮気味に言う。
「んな事言うなって、ほらイヤホン着けて聞いてみ?マジやべぇから」
イヤホン渡され、仕方なく付ける。場面は屋上。
(女)「ねぇ、あなたは私のこと…どう思ってるのよ」
照れながら女は言う。
(主人公)「ど、どうって言われてもなぁ…」
主人公らしき男は手を頭の後ろにあてながら言う。
(女)「……答えて欲しいの。あたし…」
(主人公)「…」
(女)「…あたし…」
女は顔を下に向ける。
ドクドクドク
向けたと同時に女の心拍数の音が聞こえる。
(女)「あなたのことが……」
(主人公)「……」
(女)「す……す…」
ブチッ
俺はイヤホンを外した。
「どうした佐々原?」
「おまえ、よくこんなゲームをしてられるな?」
「そう?こんなの普通だけど…」
「……」
俺は志原の言葉に愕然とした。
「普通…か。じゃあ俺荷物置いてくわ」
おまえなんか一生おかされてろ、この二次元野郎!
俺は心の中でそう叫んだ。
夜、手術を終えた美夜は酸素マスクを付けて寝ていた。
そして別部屋で、両親は医師から宣告される。
「坂倉さん、誠に申し訳ないのですが美夜さんの病状が急に悪化しました。今私たちは出来る限りの事をしました。しかし…」
医師は突然話を止める。そしてなかなかその後を言わない。
「大丈夫です。私たちは覚悟してますので」
父親がそう言うと、医師は口を開く。
「お父様お母様、これから大事な事を言うので心して聞いてください。美夜さんは……」
医師は唾を飲み込んだ。そして、
「……余命…二週間です」
医師はそう告げた。
「に、二週間!?」
坂倉の母親は口を震わせながら言う。父も目を全開させる。
「はい」
「そんな…そんな…」
思わぬ言葉に母親は両手を顔に当て、泣きだした。父親も思わず涙を流す。
「他に…治療法はないんですか!」
父は顔を上げて言う。
「私どもや世界の医師達とインターネットを通じて聞いたんですか。無理だと…」
「そんな…」
父は愕然とする。
翌朝、美夜はゆっくりと目を開ける。
目を開けると、両親の姿が映っていた。
「美夜、起きたか」
「急にどうしたの…あれ?」
美夜は掠れ声で言う。そして自分が酸素マスクをしている事に気付く。
「美夜、突然ですまないんだがおまえに伝えなければならない事がある」
「何?」
「心して聞け。おまえは――――」
「まさか、余命?」
「あ…」
美夜のお驚くべき言葉に口が開いたまま止まる父親。
「あなた…」
母親は父親に言う。
「やっぱりそうなんだ…お父さん…あと何ヶ月なの?大丈夫…あたし、覚悟してるから」
「そうか。おまえは……」
父親はその続きの言葉が出てこない。それを見た母親は口を開く。
「美夜、あなたは余命二週間よ」
「おまえ…」
「…そう。あたし、余命二週間なんだ」
美夜は笑顔で応えた。
「大丈夫だよ。もう大体こういう事言われるって分かってたから」
「そ、そう…じゃあお母さん達、仕事に行くね」
「うん、行ってらっしゃい」
両親は部屋を出た。
「あと…二週間なんだ」
美夜の目から涙が零れる。
数日後、藤木はと言うと…
「ハァハァハァ」
朝からチャリを漕いでいた。
「坂倉さんに…坂倉さんに伝えなきゃ」
俺は病院へと向かった。
「着いた」
自転車を止め、俺は息が切れながらも病院へ入っていった。同時に坂倉さんの両親も病院を出て行った。すれちがったが何も話す事無く俺は受付へ向かった。
「すいません。佐々原なんですが、坂倉 美夜さんと面会したいのですが」
「誠に申し訳ないのですが坂倉さんは現在…」
「どうしても会いたいんです。お願いします!」
俺は一礼をした。
「分かりました。ご本人と連絡してみます。少々お待ちください」
受付の人は席を立ち、病棟へ行った。
俺は長椅子に座る。
数分後。
「藤木様」
看護婦さんが帰ってきた。
「特別に3分だけ面会を許可します。着いて来て下さい」
「は、はい」
俺は立ち、後を着いていく。
廊下を暫く歩いていると、
「こちらが坂倉さんの部屋です」
「あれ?7階から移動したんですか?」
「はい、今日退院の予定だったもんですから」
「そうだったんですか」
「では面会を始めますよ」
ガラガラ
中に入ると、坂倉さんが酸素マスクをしていた。
「坂倉さん」
「ふ、藤木君」
「ごめん、連絡無しにこんな朝早く来ちゃって」
「いいよ。でもどうして…」
「実はさ、坂倉さんにどうしても言いたい事があるんだ」
「な…何?」
「実はさ…俺…ずっと―――――」
俺は一呼吸をし、そして、
「―――――好きでした!」
「えっ」
坂倉さんは急に赤くなった。
「ごめん急に。でもこれだけは伝えたかったんだ。何日か前に行こうとしたんだけど手術直後だから迷惑かなって。今日も迷ったんだ。でも…なんかもう会う機会ないかなぁって思って…もう…面会が出来なくなっちゃうのかなっ思って。だから…」
俺は全ての事を伝えようとするが、なかなかその先が言えない。ヤバイ頭が段々真っ白になってきた。
「だから!退院したら一緒に色んな所を巡ったりしたい。だ、だから…つ、付き合ってください!」
俺は坂倉さんに伝えた。
「…」
暫く間が空く。そして坂倉さんが口を開ける。
「あ、ありがとう。でもあたし達は無理だよ。だってあたし余命一週間なんだよ」
「え?」
坂倉さんの言葉に衝撃を受けた。
「前に両親に言われたの。だから…無理だよ」
坂倉さんは涙を流す。
「そんな、そんな事はないよ。例え余命一週間だろうと生きる道を捨てちゃいけないよ!一日でも、一分一秒長く生きられるような心を持たなきゃ」
「無理だよ…あたしはあともうすぐでこの世からいなくなるんだよ。まずあと一週間じゃ…」
「バカ!」
俺は叫んだ。
「えっ」
「何弱気になってんだよ!わりぃが今の坂倉さんは俺のタイプじゃねぇ。俺、こんな人を好きになってたのかよ。なんか損したぜ。俺はもっと心の強い坂倉さんが好きだったよ!」
俺はそう言って部屋を去ろうとする。
「藤木君!」
坂倉さんの声に俺はドアノブを触った状態で止まった。
「坂倉さん…俺、待ってるから。ぜってぇ死ぬんじゃねぇぞ」
ガラガラ
俺は部屋を出て、走っていった。
「藤木さん!」
待っていた看護婦さんが呼び止める。
「すいません。俺帰ります」
俺は再び走った。
クソ…涙が出ちまいそうだ。
俺は拭いながら病院を出て、自転車に乗り、漕いだ。
「うぃ~す」
「よぉ藤樹。あれ、おまえ目どうした?」
「ちょっと朝から痛くてな。別に問題ねぇから」
俺は席に着く。
「そうか。藤樹~これ読むか?」
志原が月刊誌を見せる。
「おぅ、貸してくれ」
俺は席を立ち、雑誌を借りる。表紙を見ると新連載の絵が載っていた。
「新連載!自宅警備員から医師になる…か。ちょっと読んでみっか」
新連載のページを読む。
物語は主人公、小池 健一は大学受験に失敗し、引き篭り(この人達の事を自宅警備員という)。そんな彼には好きな人がいる。しかし彼女はある日謎の病にかかってしまう。その事を知り、彼は彼女の病気を治す為、医師の道へと進むという物語。
読んでいくうちに何だか今の自分に近いような気がして来た。
俺も医師になって坂倉さんが病気を起こす度に傍にいてすぐ治せるような人になりたい。でも医師って難しいしなぁ。
読み終わり、俺はそんなことを思った。
その頃、病院。
美夜はあれから微動だにせず天井を見ていた。
藤樹君に…藤樹君に振られちゃった。
あたしどうしよう…そんな事を思っていると涙がまた出てくる。
あたし…もう会えずに死んじゃうのかな…
その時、頭にあの(・・)言葉が過ぎる。
「バカ!」
「何弱気になってんだよ!わりぃが今の坂倉さんは俺のタイプじゃねぇ。俺、こんな人を好きになってたのかよ。なんか損したぜ。俺はもっと心が強かった坂倉さんが好きだったよ!」
そうだ…藤樹君の為に…そしてお父さんお母さんの為に、少しでも長く生きなきゃ。こんな病気なんかに負けてられない!絶対退院して藤樹君に言うの―――――
―――――好きだって。
美夜は涙を拭いて誓った。
あれから二週間後。自宅に専門学校から通知が届いた。
俺は中身を取り出すと…
「藤樹 後様。合格」
やったぁぁぁぁぁぁ!!!
俺は喜んだ。
しかしあまり素直には喜べない…何故なら前回の面会で俺は坂倉さんを傷つけるような言葉を言ったから。あれから俺は謝りに行こうと何度も病院に行って面会の申請をしたり、メールを送った。しかし面会は断念られ、メールは返ってこない。
「坂倉さん大丈夫かなぁ」
俺は段々心配になってきた。
更にあれから一週間後、昼休み。
プルルルル
「はい、尾淵ですが」
「尾淵先生ですか?私坂倉美夜の母です」
「お母様ですか。坂倉さんの体長はどうですか」
「実は…美夜は今朝亡くなりました」
カランカラン
掴んでいた箸が落ちる。
「ほ、本当ですか…」
「はい、本日午前5時38分に」
「そうですか」
「なので先生、この件に関して先生から生徒の皆さんにそうお伝え下さい」
「分かりました」
ガチャ
HR。
「じゃあ明後日までには提出な」
皆はわいわいしていた。
「…ったく」
先生はやれやれというような顔をしていた。
「よし、じゃあ最後にだ…皆、よ~く聞いてくれ」
突然先生は深刻な顔になった。
それに応えるかのように皆静かになった。一体何が話されるんだろう…
「皆に……皆に大事なお知らせがあります」
先生は躊躇いながらも言う。
「え~、病気を闘っている坂倉 美夜さん……今朝――――
―――――亡くなりました」
「「「え!?」」」
クラス全員が驚いた。勿論俺も驚いた。
嘘だ…。坂倉さんが…坂倉さんが……亡くなるなんて……。
俺は心の中で何度も何度もそう叫んだ。
「昼休みに坂倉さんのお母さんから電話で伝えてくれました。皆、突然の事で申し訳ないのだが、坂倉さんは長い間病気と闘っていた。一刻も早い退院を私たちは望んでいましたが、坂倉さんは残念ながらあの世へ逝ってしまいました。皆さんで坂倉さんへのご冥福をお祈りをしましょう……それでは今日のホームルームを終わります」
先生は教室を去った。
本来なら皆ワイワイはしゃいでる筈なのに今日は皆席から立とうとしなかった。やっと一人目が立ったのは終わってから10分後だった。
徐々にクラスメートは教室を去る。
「藤樹、俺帰るわ」
「お、おぅ…じゃあな」
志原は席を立ち、荷物を背負って帰る。
30分後、職員室。
「すみません」
お母さんが突如入ってきた。
「どちらさまですか?」
「私、美夜の母親何ですが。尾淵先生を」
「尾淵先生!」
「はい」
声に反応して、尾淵先生がきた。
「美夜さんのお母様」
「突然で申し訳ありません」
「いえいえ、こちらこそ」
「あの~美夜からですね、これを藤樹君に届けて欲しいんですが」
一通の手紙が渡された。
「藤樹に…ですか?」
「はい。では宜しくお願いします」
そう言って美夜のお母さんは帰っていった。
数分後。教室には俺だけになった。
外は綺麗な夕日が眩しく照らしていた。
「あっ」
先生が教室を見る。
「藤樹」
「は、はい」
「ちょっと職員室に来い」
俺は席を立ち、職員室へ行く。
「藤樹、坂倉のお母さんからおまえに手紙を渡してくれと言って来たぞ」
「手紙…ですか?」
「そうだ。家に帰ってしっかり読んでおけ」
「わ、分かりました」
俺は職員室を出る。
一体何だろう。そんなことを気にしながら俺はカバンの中に入れた。
「ただいま~」
「おかえり」
何時ものように帰宅し、俺は二階の自室に入る。
そして手紙を取り出し、中身を見ると一枚の紙が入っていた。
「坂倉さんだ!」
何十行も書いてある文字の下には「坂倉 美夜」と書いてあった。
「藤樹くんへ。
先日はお見舞に来てくれてありがとう。とても嬉しかったよ。
前のお見舞の時に佐々原くんは私に「バカ!」とか「何弱気になってんだよ!」とか「俺はもっと心の強い坂倉さんが好きだったよ!」とか言ってくれたよね。私あの時、嬉しかった。あの時言ってくれなかったら私ずっと元気が無くて、ただ詰まらない余命生活を送ってたかもしれない。けど佐々原くんが言ってくれたおかげで、生きる事の大切さを知った。早く治して、早く退院して佐々原くんと一緒にデートがしたい。今も私は病気と闘っています。けど頑張ります!一日も早く佐々原くんに会うために(*^∀^*)
またお見舞来て下さいね。 坂倉 美夜」
「坂倉さん、坂倉さん…」
俺は涙を流した。