Dive_1B あ、詰んでね?
大地を揺らしながらゴーレムは歩く。
先程までは在る程度離れていた。或いは空中に居た為に解らなかったが……斬り飛ばしたゴーレムの腕によって地面へと固定された今、良く解る。
その一歩は重い。当然だ、流石に岩石の塊なだけはある。
また一歩。
残り5本となった足を持ち上げ、フィリアへと迫る。
持ち上げた脚から、パラパラと黒と赤の破片が散る。やはり、黒剣は砕けていた。
破片が大地へと降り注ぐ様をぼうっと眺めながら、フィリアは視線をゴーレムへ向けていた。
しかしその眼は何も宿しておらず、光を映していなかった。
武器(黒剣)を奪われ、魔法は何故か発動しない。
攻撃手段を失ったフィリアは、完全に諦めていた。
いや、諦めとは少し違う。一度死んで、もう一度来よう。そう思っていた。
思っていた――――が、意識化で謎のイメージが浮かんでいた。
「ふーん、諦めるの? 抗いなよ、諦めたら君の存在価値が皆無じゃないか……そう思わない?」
「えー? よく解らないけどさ。まあ言われてみれば、そうかもね?」
――― 青と赤が嗤う。
「でしょー。だからさ、すぱーんとコレは削除しちゃって、新規構築でもしようよ。経験は全部フィードバックさせるから、完成直後からちゃんと動けるし」
だんだんと手足の感覚が無くなっていき、意識すら曖昧となっていく。
「………ごめんね、フィリア。私でも止められないんだ。だから、せめて安らかに――――」
「―――――――って、死んで堪るかァ! あぶねー!」
意識が覚醒した。
危なかった……もう少しで、何か世界の外側へと旅立ってしまう処だった気がする。
そう呟きながら、鋭い視線を目前の迫るゴーレムへと向ける。その眼には、確りとした意志を宿していた。
「あれ、何で俺が表に出てるんだ? おーい、フィリアー……って、声掛けたって返事出来ねーじゃん……どうしよう」
まあ、現状は把握してるんだけども。
”フィリア”が表に出て行動していようが、リアルタイムで内側から見ている。意識の共有といった感じだ。
単に、裏に回った人格は意志の伝達が出来ず、身体を動かす事が出来ない、ただそれだけ。先程までの自分がそうだった為に、きっとフィリアもそうなっているハズだ。
故に、現状も正しく理解している。
あの最強無敵なお姫様が、魔法を使えなかった。なら、俺も魔法が使えないだろう。
……そもそも、元から魔法使えなかったのだから関係無い。
「まあ、フィリアは諦めてたが……俺、痛いのとか嫌なんだけど」
どうにかするしかない……が、あのフィリアが諦めていたのにどうしろと。
最強武器である黒剣は無い。砕けてるから、拾いに行けたとしても逆転は出来ない。流石に破片では射程距離が短すぎる。
絶賛ピンチ継続中な現在、正常に機能しているモノはダメージを無効化してくれているドレスだけだ。
そもそも、ゴーレムの腕に巻き付かれ身動きが取れない。
「とりあえず、フィリアが魔法を使えなかった原因を考えるしか無いよな……状態異常とか?」
確か、記憶が正しければ公式サイトにはステータス確認方法が書いてあった気がする。
他人に見せる場合には魔法的な感じになるが、自分で見る分には特に何も必要無かったハズ。
とりあえず、こう……自分を見るようなイメージとかで、出たりしない?
個体名称 > フィリアレーギス・G・セアルクニーグ
年齢 > 18歳固定(96)
身体状態 > ダメージ小、身体正常、五体満足
魔力状態 > 枯渇
「あっさり出たな。出たが……突っ込みどころが……ッ!」
主に年齢とか。18歳教か、18歳教なのか?!
しかし外見はそんな感じだし、おかしくは……むしろ15、6くらいだと思うが。
それ以上に、これだけピンチなのにダメージ小って何だよ。やはりドレスは偉大だ。
………中身は男性だが、肉体が女性ならドレスを着ていたとしても、女装には入らないよな。
そもそも、あまりドレスっぽくない作りなのだが。フリルとか無いし。スカート無いし。
「で、魔力枯渇ね……魔法使えないって、ただの魔力切れじゃねーか」
いや、正確には魔力が残り少ない。
プレイヤーは精霊であり、魔力を糧に動いている……だから、魔力が完全に無くなると行動不能になる。四肢へ信号を送る事が出来ない。
…………っていう設定だったハズだ。
確か、うっかり魔法使いすぎて倒れないように、初期状態では制限が掛かっているとか何とか。一定以下になると、魔法が使えなくなる。
極端に消耗すると、身体を動かすのが億劫になったり、少し意識がぼやけたりするらしい。
しかし魔力枯渇と言ってもドレスの防御効果は発動中。効果が切れたのなら、布地の色は白くなる。
つまり、魔力を使っているって事でもある。魔鉱石は基本的に、身に着けていれば自動的に魔力供給される。
黒剣の効果は弱くなってたが。
よって、ここから導き出される答えは――――
フィリア魔力回復速度 < ドレスの魔力消費量 + 黒剣の魔力消費量
フィリア魔力回復速度 ≧ ドレスの魔力消費量
「―――なるほど、謎は全て解けた!!!」
恐らく、フィリアは今まで魔力が実質的に無限だったから混乱したのだろう。
何せ、システム運営側の存在だから、魔力が無くて行動出来ない、なんて粗末な事態は避けたいし。というか、恐らく魔力消費というモノすら無いのかもしれない。
だが、今は俺というプレイヤーが混ざっている。魔力最大値が設定されてしまったのだろう。
そんな状態で、無茶苦茶な魔法を連続して使えば……そりゃ魔力尽きるわ。
あれ、もしかしなくてもフィリアって今、魔力枯渇で気絶中なんじゃね?
「っていうかさ、現状とか把握したのは良いんだけど。ゴーレムに踏まれそうなんだよね」
俺、ぴーんち。
………なんて、冗談言ってる場合では無い。
このままでは圧死する。ゴーレムに踏まれて、ぷちっと逝く。
でも拘束されている訳で。逃げられないし、反撃も出来ない。
「あーもう、誰か助けろコラァー! 踏まれたら痛いだろー!」
ちょっと気の抜けたような声だが、必死に叫ぶ。
巨大な岩石の塊(脚)が降りてくるとか、ちょっと非現実的過ぎてあまりシリアスに成りきれないのだが。
それでも、踏まれたら痛い。痛いし、多分死ぬ。
そんな時だ。
ぎゅおんぎゅおんぎゅいーん。
「俺にまかせろー」
ドゴォ。
何やら錐揉み回転しながら、何か凄いオーラのようなモノを纏って蹴りを放つ馬鹿が現れたのは。
回転するドリル馬鹿の色々な意味で強烈な一撃を横腹(……腹?)に受けたゴーレムは。大きく傾き、俺へと落とされる寸前だったその脚も遠ざかり、ズズンと大きな音を立てて倒れた。
あまりの衝撃に砂埃が舞い上がる。前が見えない。
っていうか、目が痛い。咄嗟に目を瞑ったが、ちょっと目に砂入ったかもしれない。
「げっほ、ごほっ………おいコラ、ちょっとは考えて攻撃しろよ馬鹿ァ! 息出来ねえだろ! っごほォ」
「いや、呼吸不要だろ? 息止めても苦しく無いんだから、止めてろよ」
「……そういやそうだった。ぺっ、砂が口に入ってジャリジャリする……」
突風が吹く。おそらく、あの馬鹿が魔法か何かでも使ったのだろう。多分、砂埃が取り除かれる。目を瞑っているから判らない。
ズガンと音を立てて、俺を拘束していたゴーレムの腕が外される。
「砂だらけじゃねぇか……あ、俺の所為か。ちょっと待ってろ」
口閉じて、じっとしてろよー。
そう言われるままに口を閉じ、じっとしていると頭上から大量の水が降り注いだ。そのままグルグル回される。まさにフィリア丸洗い。
「(うぉああぁあぁぁ?!) ―――――お?」
「よし、完了。これで奇麗になったな」
言われてみれば、全身に掛かっていたであろう砂埃は全て流され、痛かった目も、口の中のジャリジャリも無くなっていた。
むしろ、さっき思わず水中で口を開けたのは正解だったかもしれない。
「まあ、何にせよ無事で良かったよ………”隊長”」
「あー、うん。色々文句は言いたいが………助かったよ、マグナ」
俺の目の前で笑うそいつは、ツンツン頭の魔法馬鹿……いや、馬鹿魔法使い。
うん、仲間のピンチ現れるとは……実に主人公っぽいじゃないか。
………あれ、だとすると、俺がヒロインポジション?
やっと帰ってきました。
『彼』こと、中の人が。名前が決まっていないアイツが!
今度のコイツは、一味違うぜ……色々と。