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作者: 四季 才


正直な話、自分がなんの為に生きているのかが分からなくなるときがある。


自分がなんの為に生かされているのかが分からない。


義務教育の九年間は時が経つに連れ勝手に終わったが、義務教育の基本となる勉強……特に中学の頃に習う勉強は全くと言っていいほど手をつけた覚えはない。


それでも学力は中の下くらいはあって、なんとかそのレベルに合った高校にも進学できた。


進学してからはすぐにアルバイトも始めた。


金に困ってた訳ではない。逆に何も趣味がなかったし服とかにも興味がないから、いくら金を稼いでも使い道はなかった。


貰う額も時給七百数十円なのに、高校生には少し多すぎる月々八万や九万は普通に越えていた。


今思えば、週六、七で百四十時間以上働いていた自分は凄いと、誉めてやりたいくらいだ。


後で聞いた話だが、それは労働基準法に引っ掛かるというのも知らなかった。



話を戻すが、九十人が定員に対して二百人の応募があった学校に入れたけど、結局半年足らずで辞めてしまった。


表向きの理由は担任教師と校長に暴行を加えたからだ。


本当の理由は飽きた。ただ、それだけ。


自分の都合で全治一ヶ月になってしまった彼等には悪いことをしたと思っているし、今でもそう思っている。


だけど学校を辞めてしまったが、アルバイトは続けていた。


ただ職業が学生からフリーターへなっただけの話だが……。


それからは働くことだけに熱を出していた気がする。


だけど絶対に熱は下がるもので、二年半の月日を費やしたアルバイトも辞めてしまった。


残ったのは稼いで貯めた百五十万と虚無感の様なやるせない感情。



辞めてから三ヶ月経とうとしてるが現在進行形で無職、いや、働く意欲がないからニートだ。


毎日昼過ぎや夕方、夜に起きることもザラではないし、それに伴い寝るのも朝方や昼間だ。


昔好きかもしれないという馬鹿げたことを想いもしたことのあった、小学校からの付き合いである友人――幼馴染みともいうが――にそのことを言うと大抵は、堕落した生活、なにがやりたいの?などなどボロクソに言ってくれる。


だけどそんなのは自分でも分かっている。


自分は社会的にみればクズ以下だってことを……。


それでもなにもやりたいことがない。なにかをやることも面倒だから仕方がない。


そんな自分と友人関係でいてくれる幼馴染みは偉大だと思う。


話がそれるが、自分には片手で数えるくらいの友人しかいない。


というか片手もいらない。


自分には幼馴染みと三つ上の大学生、それと一人いたが死んでしまったから実質二人しかいないと思う。


小中の友人は高校に上がるに連れ全部切ってしまったから、知り合いになれ果てたし、高校でも喋る友人はいたが、深くは仲良くなろうとは思わなくて、迫られた連絡先も絶対に教えなかった。


何故かというと、面倒だし、プライベートまで侵害されるのが一番嫌だったからだ。



閃話休題。



簡単に言うと今の自分は脱け殻のような生活を送っている訳だ。


しかもそれに満足している自分も否定できない。


だけど家の自分の部屋でぼーっとしていると、自分がなんの為に生きているか分からないときがある。


いっそのこと地球滅亡しないかな?なんて意味の分からない期待をしたこともある。


病気を患って闘病生活を送っている人や、貧しい国で必死で生きてる人には失礼だが、死のうかな?と思ったことも数えきれないくらいある。


でも実行には移さない。


なにより怖いからだ。


皮肉だがテレビや新聞でみる、義務教育中の自分より幼い子供が自殺したときくと、素直に尊敬してしまう。


自分より幼いのに良く自殺の決心がついたなって思ってしまう。



言ってしまえば死にたくもないし、生きたくもない。他の人が言えば臆病者なんだろうな……。


そんな状態なのに、変化やなにかを期待している自分がいて、でも変わろうと努力もしない人間がなにかをできるなんてのは、絶対に不可能だ。


だけど本来なら変わる切っ掛けなんていくらでもある。


だけど変化が怖いから目を背ける。


自分がなにをしたいか全然わからない。


こうしてる今だって携帯電話片手に何やってるんだろう?って思ってる。




自分が伝えたいのは、歯車に組み込まれた生活も悪くはないってこと。


自分はもう歯車になる気はないけど、自分みたいにクソな人生を送るならそっちの方が断然幸せ。


たかが十七歳のガキがなにを言ってんだ?と思うけど、幸せって結構転がってるんですよ。


ただ自分はその幸せを放棄しただけですから。


ちなみに今の自分の幸せは、庭にあるベンチに座りながら、少しタールの高い煙草を吸って肺にその重さがくると、俺は生きてる。って感じがして、そのときが一番幸せです。


そんな下らないことで幸せになる人間がいるなら、些細なことでも幸せはあるってことです。



だから学校で嫌なことがあって自殺とか考えている人に観て欲しいなってのがあります。


今は辛いかもしれないけど、その先に幸せはいくらでもあるんです。


まだ若いならいくらでも取り返しはつきますから、逃げてもいいんですよ。



自分が何を言いたいかと言うと、自分の変わりに幸せになって下さい。ってことです。



以上です。

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